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翌日の部活前、円先生に何かの紙束を渡された。


「黒澤、これ部員分コピーしといて」

「えー」

「文句言うな地学部員」

「これ結構量あるじゃないですかー。その間高野先輩一人で作業する事になりますよ」

「いいんだよ。というかだな、お前が言い出したんだからもっと協力姿勢見せろ。立体地図に肉付けして街並みも再現すんだろ」

「はぁい。この資料は何ですか?」

「地図作る付近の航空写真と、主要な建造物のリストな」

「うわ、結構ありますねえ。学校と病院とお寺と⋯⋯お城跡も?」

「それは高野の趣味だ。お前の発案で何か興奮してたぞ、地形に基づいた築城のコツについてパネル作るとか言い始めるし」

「高野先輩はお城が好きですしねえ」

「あと伊勢も、岩石の解説パネル作りたいとか言い出してるな」

「え、伊勢君粘土を大量に持ってきてたような⋯⋯粘土で石を作るんですか?」


円先生はにやっと笑った。


「地学好きが発奮し始めてるから覚悟しろよ、忙しくなる。オタクが本気出したら怖いぞ」


私は笑顔で頷いた。


「素敵なことですね、オタ活が充実するのは」


先生は怪訝そうな顔を見せる。


「やけにしおらしいな今日は」

「オタクはオタクに優しいんです!⋯⋯あれ? そういえば鰐淵先輩って地学の中でも何が好きなんですか」

「あーあいつはなぁ。オールマイティに何でもいけるが⋯⋯まあ一番は鉱物かな」

「鉱物」

「色んな鉱物集めてるぞ。ありゃ筋金入りだ」

「おお」


なるほど。

昨日貰った魔除けの水晶は、どうやら先輩のコレクションの一つだったようだ。

貴重なコレクションを分けてもらったのだ。今日のお布施はいつもより弾もう。


そんな事を考えながら私はコピー室に向かった。円先生は薄情にも職員室に戻ってしまったため、一人で資料のコピーをしていると、一枚の航空写真に目がいった。


「もしかしてこれ、家の近くかな」

「ふむ、梅ヶ丘の辺りですな」

「ぎゃあ‼」


背後からぬうっと顔を出したのは高野先輩だった。


「高野先輩!驚きましたぁ」

「それは失礼。黒澤女史はこの近辺にお住まいなのですか」

「そうです、そうです。多分この辺り⋯⋯あれ、ここだけまだ更地だ」

「む、この写真は古いですな。恐らく二十年は前のようだ」

「他の航空写真は今のですよね。先生間違えたんですかねえ」

「その可能性は大いにありますぞ。円先生は時々どこか抜けている」

「聞こえてるぞ高野ォ!」

「ぎゃ‼」

「ぬ!」


コピー室の扉を乱暴に開けて円先生が入ってきた。

手には航空写真が印刷された紙を持っている。


「授業で使うのと間違えたんだよ、悪かったな時々抜けてて」

「はっはっは、良いのです。誰しも欠点はありますからな」

「俺、お前、苦手」

「おや、教師たるもの生徒にそういう言動は如何なものかと」

「そういうとこ、苦手」

「先生、部で使うのはそっちの写真ですかー?」

「ああ。手間増やして悪かったな。進んでるか?」

「あと残り三枚分ですー」

「結構な量をコピーしたのですな。⋯⋯おや、これは波摩城の!復元図!」

「ああ、お前好きだろそういうの」

「無論!この城を立体地図に加えて良いのですかな?」

「加えるなよ、時代考証が訳わからん。パネルに使えるかと思って持ってきたんだけど」

「残念ですな⋯⋯そうだ、昔の地形で立体地図をもう一つ作成し比較するというのはどうですか」


先生は眉根を寄せた。


「時間足りないからなぁ、面白そうだが⋯⋯まあ高野個人の制作物として作るなら止めないけどな」

「ふむ!何やらみなぎって来ましたぞ⋯⋯‼先生、黒澤女史、この雑務をささっと終えて部室に疾く戻りましょう!疾く!」

「わぁい、先輩手伝って下さるんですねー」

「僕は元々そのつもりで来たのですぞ。我々はチームですからな。互いに協力する姿勢が重要です」

「わあ嬉しい!高野先輩素敵!じゃあじゃあ、私も高野先輩のお城入り立体地図お手伝いしますね!」

「なんと有り難い‼助かりますぞ」

「はいはい、さっさとやるぞー」

「あれ、先生は何しに来たんですか?」

「俺も手伝いに来たの!何でお前ら揃って俺に辛辣なんだよ⋯⋯」


コピーを終えて人数分をまとめた私達は、部室に戻った。

中では半泣きの長谷部君がコピーした大量の地図に埋もれながら作業をしていた。


「どうしたんですか、長谷部君は」

「そいつがサボって溜まった分やらせてる」


同じく地図に埋もれている鰐淵先輩が答えた。


「ううう⋯⋯今日ラウンドスリー行く約束が⋯⋯」

「長谷部君⋯⋯流石にもうちょっと部活に来ましょうよ。部員として」

「黒サンに言われるとへこむわー」

「私は地学に興味がないだけで、出席率はいいんです!今のところ皆勤賞ですからね」

「つっても普段何してるのよ」

「主に先輩の写真を撮っています。アルバムも作成してますよ、見ます?」

「俺より駄目じゃん‼部員として駄目じゃん‼言っとくけど俺、遊びに行きたいだけで地学好きだからな。あとエンちゃんの出す地学のテスト、学年の中でも上位入ってるからな」

「そんな⋯⋯ッ裏切り者ー‼地学出来ない恥部仲間だと思ってたのに!」

「恥部仲間⁉」

「高野先輩、こんな裏切り者は怖い鰐淵先輩におまかせして、さっさと作業しましょう」

「そんなぁ、助けてよー」

「駄目ですー」

「はっはっは、黒澤女史は多方面に辛辣ですなあ。ささ、僕らはこちらで」

「はい!何をすればいいんですか?」

「綾平と長谷部が厚紙に図を書いていますな。それを番号順にハサミで切るのです」

「それだけですか?」

「厚紙を切るのは骨が折れますぞ。細かな部分もある上に量も多い」

高野先輩は、机に積み上がった厚紙を指差した。

「こ、こんなに⁉」

「うむ。⋯⋯黒澤女史、3Dプリンターで印刷物を出力する仕組みは知っておりますかな?」

「えーと、なんとなくですが⋯⋯普通のプリンターで言うインクを積み重ねて立体にするんですよね」

「そう。ちなみにインクは主に樹脂ですな。印刷したい形の断面を、下から順番に積み重ねて立体の形を作る。我々はそれを手動で行うという事です」

「なるほど!」

「ちなみに、層が細ければ細かいほど滑らかな立体になるのは分かりますな?」

「はい!滑らかな立体にするには沢山断面が必要という事ですね」

「その通り!クオリティ高い地図を作るため、ひたすら層を重ねるのです。ごちゃごちゃにならぬよう、番号を書き込んでおくのを忘れぬよう注意ですぞ。番号は色ペンで分かりやすく色分けしておくとバラバラになったときもまとめやすくて安心です」

「分かりました!じゃあ私はこっちの山を切っていきますね」

「頼みましたぞ!」




気がつけば日はとっぷりと暮れていた。

長谷部君はとっくに逃げ出し(それでも鰐淵先輩が課したノルマは達成していた)、鰐淵先輩は同じクラスの人に呼ばれていった。

私と高野先輩と伊勢君は、時折会話をしながらも基本的に黙々と作業を進める。


「のぁー、いててて」


目と手が痺れてきたので、ハサミを一旦置いて肩をぐるぐると回した。

今日だけで大分進んだような気がする。

ちらりと二人を見ると、どちらも目に疲れがあるのか作業の手が止まっていた。


「結構疲れますねえ」

「しかし予想以上に進みましたぞ。これで四分の一は終わったはず」

「まだ四分の三あるんですか⁉⋯⋯ナメてました」

「ははは、まだ二週間以上ありますゆえ、ゆっくりやっていきましょう」

「⋯⋯僕も進んだよ、ほら波摩丘陵の西側」


伊勢君が山のような厚紙を接着し、文字通り山にする事で地図は完成する。伊勢君が見せてくれたのは、町野市近辺の立体地図だ。


「うわあすごい!形になるとすごく達成感ありますねえ」

「⋯⋯うん。コレに早く石を配置してみたいな。実はミニチュアの石は家でも作ってるんだ。このへんは蛇紋岩があってね」

「じゃもんがん? すごいですねえ⋯⋯この部分が川ですね?」


私は山と山の間を通る太い筋を示した。


「ふっふっふ。黒澤女史、確かにここには川がありましたが、それは何万年も前の事ですぞ」

「ええ⁉じゃあここは一体⋯⋯」

「⋯⋯いわゆる谷戸だよ。丘陵地帯の縁辺部が侵食して出来たんだ」

「ほぉ?」


「────要するに谷だ、深く考えんな」

「はじゃっ⁉」


耳元にイケボが降り注ぎ、思わず身体を強張らせた。

先輩がご帰還なされた。


「おや綾平、クラスの件はもういいのですかな」

「もう六時過ぎてるだろ、終わった」

「ぬっ⁉いつの間に」

「もう帰って良いぞ、片付けはやっとくから」

「⋯⋯今日はもう、出歩けないかな。僕も帰ります」

「ああ、お疲れ」


高野先輩も伊勢君も、強張った身体をほぐしながら帰る準備を始めた。


「鰐淵先輩は帰らないんですか?」

「今日の分進めたいところをやってから帰る。暗くなるから、黒澤も先に帰れ」

「ストイック!そういう所も素敵だと思います‼」

「いいから帰れ」


追い出されるように部室を後にした私は、昇降口近くにある自販機を見つめてしばし考える。


「⋯⋯ふむ」


小銭を入れて缶を一本取り出した私は、今歩いてきた道を引き返した。


「せんぱーい」

「何だ、まだいたのか」

「イエ!本日の供物です‼」

「別に怒ってねぇけど⋯⋯」

「あっ間違えた。差し入れです!」


私が手にしたのはお汁粉缶だった。


「⋯⋯このチョイス何?」

「疲れた時は甘いものですからー。美味しいですよ」

「まあ⋯⋯もらっとく」


先輩は怪訝そうな顔をしている。どうやらお汁粉は苦手だったようだ。そういやいつもコーヒー飲んでるしなぁ。


「じゃ、今度こそ帰りますー。先輩さよーなら!」

「ああ」


私は理科準備室の扉を閉めて、今度こそ帰路についた。

筆者の3Dプリンターの知識はフィーリングで賄われています。

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