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文化祭に向けての取り決めがひとしきり終わり、明日から本格作業に入るという所で今日の部活は終わった。
校庭ではまだ運動部が汗を流しているが、ゆるい文化部の活動時間などこんなもんだ。
伊勢君は早々にジャージに着替えて河原に向かい、先生と高野先輩は地形がどうという話に花を咲かせている。
ちなみに長谷部君は部活終了前に姿をくらました。解せない。
私も散らかった机の上を片付けてさあ帰ろうという所で、まだ作業をしていくつもりの鰐淵先輩と目が合った。
⋯⋯こわ。
何か怒ってる?
少なくとも上機嫌ではない。
「そ、それじゃあ私は帰りますー。お疲れ様でーす!」
「⋯⋯黒澤」
やばいやばい、声が怖い。
やっぱり今朝のアレか。流石に先輩に対して失礼過ぎたか。
「もう帰るのか⋯⋯え、何お前」
私は先輩の怒りを鎮めるべく、速やかに土下座を敢行した。
「お鎮まり下さい⋯⋯肉まんでいいですか」
「ちょっと何言ってるか分からない」
いつもの帰路には、何故か先輩がついてきた。
私がついていくんじゃなく、先輩が。
何か怖いから肉まんと飲み物を献上すると、困惑した先輩がそれを受け取った。
なにこの顔貴重。写真におさめたい。
あ、スマホないんだった。
いつもの癖でポケットに手を伸ばしかけて、私は落胆した。
「⋯⋯昨夜、何かあったか?」
「昨日ですか⋯⋯ええもう、惨憺たる出来事がありましたよ。リビングいきなり暗くなるし、変な奴が出てくるし、スマホは壊れて使いものにならなくなるし」
私は昨日の出来事を包み隠さず先輩に話した。
変な停電や肩にかかる吐息、そしてその後に訪れた惨劇を。
「先輩、オカルトな現象があるとスマホが使えなくなったりします?」
先輩は首肯した。
「霊と電子機器は相性が悪いとは聞く」
考えてみれば、この不幸はあの怪現象が起こったからだ。
もしかして、あの幽霊が原因でスマホが故障したということか。
何あの幽霊、私に何か恨みあるの?何の為に私のオタライフを邪魔したの?
私は悲しみよりも怒りがふつふつと沸き上がってきた。
「⋯⋯それじゃあ私のスマホと龍人くんは、幽霊に殺されたという事ですね⋯⋯許すまじ‼
こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・かっ⋯⋯‼」
「殺されたのスマホだけだろ」
「課金までしたデータがなくなってたら、私の龍人くんも殺されたようなもんです‼」
先輩は呆れた顔をして私を見つめた。
「⋯⋯お前、怖くねぇの?」
「怖いとか怖くないじゃないですよ‼殺るか殺られるかです。ていうかあの霊一度ぶっ飛ばしてやりますよ、女の恨みは怖いんですからね」
「ぶっ飛ばせるのか」
「比喩です比喩!こうなったら追っ払ってやりますよ、あの家から。差し当たり今夜は塩とお酒を準備します。ふふふふふ、スマホがなくなった今、放課後の予定はがら空きです。何の霊だか妖怪だか知りせんけど、一週間以内にこの世から消し去ってみせます────あれ何で微妙な顔をするんですか先輩」
先輩は微妙な顔をしたまま鞄から何かを取り出した。
「とりあえず持っておけ」
「? なんですかこれ」
それは丁寧に箱に梱包された、握りこぶし大の石だった。先輩は石の位置を変えて、ある部分を指差す。
「わぁ!綺麗」
ごつごつした石からは、半透明に透き通った柱状物がちんまりと生えている。2センチぐらいだろうか。
箱ごと持たされたそれを光に当て傾けると、透き通った柱状物は鈍くきらめいて、チカチカと瞬いた。少し上に掲げると、先輩の顔が歪んで見え、私達はその半透明の硬い物体越しに目を合わせた。
「水晶だ」
「水晶って、あの占い師さんが持ってそうな丸くて透明な硝子ですか?」
「いや、水晶は硝子じゃない」
「そうなんですか?だってあんなに硝子っぽいのに」
「占い師が持ってる奴がどうかは知らないが、水晶と硝子は結晶構造が違う別物だ」
「ケッショーコーゾー?」
「⋯⋯あー⋯⋯ケイ素と、いや、アモルファス⋯⋯あー⋯⋯⋯⋯水晶と硝子は硬さが違う。あと熱伝導率も違う」
「そうなんですね!」
先輩は、多分分かりやすく説明しようとして何かを諦めた。
諦めた何かなど分かるはずもないので、適当に返事をしておいた。
「でも、どうしてこれを?」
「古来から水晶は魔除けとして使われてきた鉱物だ。これをおかしな現象が起こりやすい場所に置いておけ」
「わかった、パワーストーン的な事ですね」
先輩は首を横に振った。
「⋯⋯その言い方は好きじゃない」
家に帰った私は、早速その水晶を置く場所を探した。
いつも音がするのは階段の辺りだけど、昨日はリビングにも出てきた。
うーん、踏まれると困るからキッチンのカウンターにでも置いておこうか。
折角先輩がくれたものだ。程よく適当な場所を見つけた私は、畳んだハンカチを台座に水晶を箱ごと鎮座させた。
「あら、なあにそれ」
キッチンから母がひょこっと顔を出した。
「魔除けだって。先輩に貰った」
「へえ?⋯⋯まあ、気休めにはなるか」
私と一緒に怪現象に遭遇した母には、なんの為の魔除けかと説明しなくても通じた。
「あるある。ご利益ある!」
「あるといいけどねえ」
母は鼻を鳴らした。
「ところでお母さん、この家ってお父さんの会社の持ち物って言ってたっけ?」
「そう、借り上げ社宅」
「じゃあ前に住んでた人もお父さんの会社の人?」
「そうじゃない? 後でお父さんに聞いてみれば」
「うん、そうする。でも新しい家だよねえここ」
「まあねえ。築十五年だったかな、岩手の家とは大違いね。お母さんこっちの家の方が使いやすくていいわ、食洗機までついてるんだもん」
相当なことがない限り出ていかないわよ、と母は不敵に笑った。
怪現象を目の当たりにしてブレない母は凄いと思う。
筆者の鉱物学的知識はウィキペディア程度です。