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久々のホラー回です。ホラー詐欺ばかりしてます。

歯が無いのだと思った。


女は血のように赤い紅をべっとりと塗りたくっていた。

その口がぽっかりと開き、笑ったときにそう思った。

口の中はどこまでも深く穿たれた底のない穴のようだった。

だが、けたけたとやかましく笑う口をじっと見つめていると、それが穴ではなく塗りつぶされた黒色だと分かった。


並びの悪い歯に塗られた黒が、上下をしきりに打ち付けた。

真っ赤な唇は、いっそう大きく開く。


齧られる。


そう思ったが、身体は動かなかった。


「⋯⋯ぬしがおのこであればなあ」


目の前の女は、私を見ているようで見ていなかった。

充血し、黄色くなった白目をぎらつかせながら笑っている。

身体を奇妙にゆらゆらと揺らす度に、頭の上に乗せられた黒い輪とろうそくの炎がぐらぐらと動いた。


「かわいそうになあ」

「かわいそうになあ」

「かわいそうになあ」

「かわいそうになあ」


女はそう言いながら大きく口を開け、私の頭に歯を立てた。


「おうらみもうしますぇ」


最後に聞いたのは、頭の奥にまで焼き付くような呪いの言葉だった。




+++++





ひどい寝汗で飛び起きた私は、後頭部を撫でさすった。

まだ感触が残っている。

人の歯が頭蓋骨に食い込む音は当分頭から離れなさそうだ。


「夢ぇぇぇ!夢で良かった!」


首のあたりに汗が溜まりとても不快だったので、タオルを取ろうと起き上がろうとしたとき。


「⋯⋯え?」


カツ、と音がして部屋の扉がゆっくりと横に開いた。

扉の隙間からは、小さな白い顔がこちらを覗き込んでいる。


「誰⁉」


そう問おうとするが、上手く声が出なかった。

白い顔の子は、小学生位の女の子だろうか。じっとこちらを見つめたまま動かない。

そこで私は、ある異変に気がつく。

この部屋の扉が、引き戸だということに。


慌てて部屋を見回そうと首を振ると、先程隙間から顔を覗かせていたはずの女の子がそこにいた。


「‼」


女の子はじっと私を見ている。


「だ、誰? 何?」


どもりながらそう問うが、返事はない。

女の子は私の目を見つめ、一瞬だけその瞳を揺らしながら口を開いた。


「────して」

「⋯⋯」


声はよく聞こえなかった。

はくはくと動く唇の動きから、言葉を読み取るしかなかった。


「えっと、もう一度お願いします」


女の子はなおもはくはくと口を動かした。

もどかしい様子で、何度も何度も伝えようとする口は動きが早くなっていく。

これでは聞き取れない。

大丈夫、きちんと聞くから、もう少しゆっくりと話して。

女の子は焦れたように、目に涙を溜め始めた。

でも、私には何も聞こえなくて、何をしていいか分からない。



「ど う し て」




私が読み取れたのは、その言葉だけだった。





+++++





「っは⁉ 夢、うそ、夢の中で夢⋯⋯」


今度こそ自分の部屋で飛び起きる。

龍人くん祭壇を確認したので確実に私の部屋だ。

しかし私は頭を振った。


「待って。まだ夢から覚めたという保障はどこにも⋯⋯」


そう言っていると、ベッドの下からおおう、おおうと低い声がした。

ほら、やっぱ夢じゃんこれ。


「見るべきか、見過ごすべきか⋯⋯」


そこまで考えた私は、この現象もいわゆる霊的な現象だとしたら、今日の話のような「石の記憶」ってモノなのかなあと思い直した。

ううむ。それなら見ても見なくても影響はない?

記憶自体は危害加えたりしないって円先生が言っていたような。第一これ、夢だし。


「⋯⋯よし」


覗いちゃえ‼

気になるもん‼


私は枕元のスマホで灯りを点け、ベッド下を照らした。


「おお、おおお、おおおお、おうらみ、しますぅぅぅえぇぇ」


ベッド下でおうおうと唸っているのは、ガリガリに痩せた白いワンピースの、おじさんだった。

顔隠してるから分からないけど、髭生えてるしおじさんだろう。


「どんな記憶なの、これ⋯⋯」


おじさんは、頭に黒い輪をはめていた。

あれ、見たことある。五徳じゃない?

分かった、ちょっと変わってるけどこれは丑の刻参りだ。

頭に鉄の輪を被って、白い着物着て、深夜に藁人形に釘打ち付けるあれ。

何かに恨みでもあったのかなこの人。その為にわざわざワンピース買ったのかな。


「何でこんな格好を⋯⋯」


私がそう呟くと、それに呼応するようにおじさんは肩をびくりと震わせた。


「わ、わす⋯⋯」

「え?」

「忘らるるぅ、身はいつしかにぃ、浮草のぉ」

「へえ⁉」

「おおう、おおう、おう、らみ、もうしまぁすうぇぇぇ」


そう言っておじさんはおうおうと声を立てた。

その声は恨んでいるというより、深く悲しんでいるように聞こえた。


「⋯⋯」


記憶に残るほどの強い感情がそこにあるのだろうか。

背を丸めてすすり泣くおじさんの姿に何とも言えない気分になった私は、ちらりと時計を見た。

時計は4:44を指していて、さもありなんと思った。

テンプレ過ぎるぞ。やる気あるのか。


「もう一回寝たら、この夢覚めるかな」


夢というのは浅い眠りのときに見るのだという。

こんなに夢を見ていたら熟睡できないのではないか。

夢の中で夢の心配をするのも変な話だが、とりあえず寝よう。

何だか変な夢を見過ぎて疲れている。

私はベッドの上に戻り身体を横にして目を閉じた。




+++++



「登美香‼ 何時だと思ってるの、そろそろ起きなさい‼」


耳元で叫ぶ母の声にふがっと鼻から変な音を立てて私は起きた。


「⋯⋯よし、夢。これも夢。まだ眠い⋯⋯」

「寝ぼけないの! もう七時半よ‼」

「夢、うそうそ夢ー」

「⋯⋯とーみーか⋯⋯‼」


母の怒髪が久々に天をつき、その日私は遅刻した。

ぎりっぎり駄目でした。

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