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先輩と私の出会いは突然だった。

転校してきたばかりの私は、クラスメイトの山梨さんに校舎の案内を受けていた。一通り校舎を回り終え、部活は何にするかという雑談をしていた時のことだ。

山梨さんの友達、長谷部君が声をかけてきた。


「山梨、部活探してんの? お前将棋部じゃなかった?」

「違うよ、転入生の黒澤さん。うちの学校どんな部活あるかって話してたの」

「始めまして、黒澤ですー。えーと」

「あ、俺長谷部卓哉。地学部の部員です」

「地学部? どんな部活ですか」

「あ、興味持っちゃう? 持っちゃった? ちょっと見学してかないオネーサン」

「ちょっと黒澤さん引いてるから」

「いやいやいや!まじちょっとだけ!先っちょだけだから」

「だからやめてよ下ネタ!」

「下ネタなんですか?今の」

「え⋯⋯」


どういった意味だろうと考えていると、二人はにやにやしたりもじもじしたりしていた。


「先っちょ⋯⋯」

「いやそれはいいから、ちょっとマジで見てってくんない? いっそ名前だけでいいから入部して欲しいんだけど」


何でも、とある事情で地学部は廃部寸前に追い込まれているらしい。

これも人助けと思い長谷部君について行ってみると、そこにいたのはスマホの画面から抜け出して三次元に降臨した龍人くんだった。


龍人くんは、鰐淵綾平と名乗った。

この学校の二年生で、地学部の部長らしい。

龍人くんが粛々と地学の面白さを説いている間、私は気絶するかと思った。


「あ、あの⋯⋯」

「なんだ、質問か?」

「か、神田龍人くんに!似てるって言われませんかっ⁉」

「⋯⋯あ゛?」

あの時の、「こいつ馬鹿なんじゃないか」という顔は一生忘れない。あと実際馬鹿にされた。


そうして私は、気がつけば入部届を提出していた。

三次元に降臨した推しという現実を受け止めきれないまま一週間が過ぎ、ようやくここで我に返り、今度は先輩に課金をする日々を始めたのだった。






私の歩く道の先を行く鰐淵先輩は、空を仰ぎながらぼそりとつぶやいた。


「さっきの話」

「え? スチプリについてですか?」

「スチプリ⋯⋯? 違う、さっきの怪談」

「ああ、あれは友達の友達が⋯⋯」

「お前の実体験じゃないの」

「え」

「違うなら良い」


そう言って先輩はさっさと歩き始めた。

私は数秒歩みを止めた後、慌てて先輩を追いかける。


「何でですか?」

「部室にくるなり話しかけてきたのがおかしい。挙動も不審だし、適当にカマかけた」

「え、え、先輩もしかして私のこと好き?」

「なんでそうなる」


私は制服の袖口を小さくつまんだ。


「なんで分かっちゃうんですか?」

「⋯⋯本当か」

「ちょっと脚色したんですけどねー」







最初は妙な違和感に気付いただけだった。

引っ越して一週間も経っていない頃のことだ。

深夜の、家族が寝静まった静かな時間。

私は一階のリビングでゲームを楽しんでいた。

ある時「ミシ、パキ」という物音が聞こえた。

家鳴りかと思ったが、それにしては規則的だ。

少しだけ気になったが、あの時はそれよりもゲームを優先したのだった。


音が定期的に発生すると気づいたのには一月もかからなかった。

家鳴りとは違う、定期的なリズム。

それが誰かの足音だと気付いた時、全身が総毛だった。


「うちの家族、寝付きは良い方なんです。一度寝たら朝まで起きることなんて殆どなくて」


家族以外の「誰か」の足音は、気にすれば気にするだけ耳に残った。

父や母に訴えても、どうせ勘違いだろうと聞く耳を持ってもらえなかった。


「昨夜のことだったんです」


そろそろ寝ようかと私は自室に向かった。

部屋は階段を登ってすぐ左のドアにある。

スマートフォンの灯りを頼りに階段を登り、部屋のドアノブに光を当てようと光源を一瞬動かしたとき、目の端に人の足が見えた。


「え、お母さん起きたの?」


そう問うが返事はなかった。

階段の電気をつけるが、周囲には誰もいなかった。

私は背筋が寒くなったが、何かの見間違いだと言い訳をして電気を消す。

ドアノブに手を触れると、それは何かで濡れていた。それが────⋯⋯



「何だったと思います⁉」

「血?」

「大正解!すごい!そうなんですよ、べっちょり血がついててぎゃーって叫んだらお母さん起きてきて、泣きながら手を見せたらお母さんもぎゃーって‼」

「うるせぇ家族だな」

「誰でもそうなりますって!で、騒がしかったからお父さんも起きてきて、私とお母さんでお父さんに手を見せたら⋯⋯」

「何もついてなかったのか」

「⁉ 先輩⋯⋯心読まないでください」

「ドン引きしてんじゃねえ。話の流れを推測したんだ」

「すごーい!よくそんなこと出来ますねえ」

「褒められても嬉しくねぇな」


先輩は首を傾げ、少し考える動作をした。あ、それ可愛い。


「その話、いつのだ」

「昨日ですよ、さっきも言いましたよう」


私がそう言うと、先輩は少しく瞠目した。

私は手をひらひらさせて横に振った。


「変な話をしてすいません!私、今日お母さんと弟いないから夕飯作らなきゃいけないんですよね。スーパー寄りたいんで、こっちから帰りますねー」


そう言って先輩に背を向けると、背中から呼び止める声が聞こえた。


「黒澤、今日父親は何時に帰る」

「うーんと⋯⋯飲み会あるから十時は過ぎますねえ」

「その間ひとりか」

「そうです⋯⋯あ!もしかして先輩、心配してくれてます? わーい嬉しい!じゃあじゃあ、もういっそウチに来ちゃいます?」

「⋯⋯いや」

「ですよねー!あはは、大丈夫ですよ。お父さんが帰り遅いのも、弟やお母さんがいないのも慣れてますから!」

「⋯⋯何かあったら連絡しろよ、俺じゃなくて、誰でもいいから。最悪逃げろ」

「え? ⋯⋯ハイ」


先輩はそう言うと改札口へ向かっていった。





さいあく、にげろ


最後の言葉がやけに頭に残る。

意味深な発言だ。

でもまあ察するに、先輩はオカルト否定派じゃないらしい。それだけは分かった。

ほら見たことか!地学部の筆頭がオカルト肯定派だったので、私は心の中で円先生に舌を出した。

言い訳しておきますと、筆者の地学的知識はタモリさんがぶらぶらするテレビ番組の一視聴者レベルです。

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