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昼休みにお弁当と共に本を取り出すと、山梨さんが一緒に食べようとやってきた。


「やっとご飯だねぇ⋯⋯おや黒ちゃん、それ何の本?」

「図書館で借りた本です!」

「おー?⋯⋯く、『串刺し草紙』?」


山梨さんは軽く引いていた。

目玉を咥えた目隠しの女性というグロテスクな表紙と相まって、書棚で際立って異彩を放っていたこの本に目を留めて借りてきたのだ。


「黒ちゃんってオカルトとか好きだったんだぁ」

「うーん、特に好きでも嫌いでもなかったんですが⋯⋯。必要に迫られてというかなんというか」

「必要に⋯⋯?」


山梨さんは頭に疑問符を浮かべていた。



午後一の授業は円先生の地学だった。

こそこそとノートや教科書でガードを作り、借りてきた怖い本を読みすすめる。

なるほど、理解した。

定説によると幽霊は、生前の因縁が元になって、縁のある場所に現れるものらしい。

それを地縛霊と言う。

幽霊話には人に付きまとうタイプの霊も多く登場するが、我が家の場合は土地か家に憑いているはず。

だって岩手から憑いてきた気配ないし。

となると解決策としては、過去の因縁を紐解くことが始まりだ。

あの家はお父さんの会社の借り上げ社宅だし、前に住んでいた人については聞き出せるかな。

あとは近所の人に聞き込み調査をするぐらいしかないけど⋯⋯

さてどうしようか、私は難しい顔でペンの頭を唇の下に当てた。


「黒澤。聞いてるか?」

「へぁ⁉」

「そんなに難しい話だったか、今の」

「ええ⋯⋯えーと」

「地学部員なら流石に答えられるだろ。圧力や温度で組織が変化した岩石はなんだ?」

「変化⋯⋯」


私は焦りながら高速で鰐淵先輩との会話を思い出した。

なんかそれっぽい事を昨日聞いたような。

マグマなんかの高い温度で、石英が再結晶化するのは⋯⋯


「へ、変成岩‼」

「おう、やるじゃん」


円先生は片眉を上げて驚いてみせた。

その仕草、ちょっとイラッとする。


「ついでに聞くが、その変成岩のうち、マグマで熱せられた変成岩は何という?」

「えー⋯⋯熱変成岩とか?」


私は適当にそれっぽい言葉を作ってみた。


「⋯⋯まあ概ねあたりだが。俺が教えたのは「接触変成岩」て言葉だけどな⋯⋯テストではどっちで解答しても大丈夫だから、覚えやすい方で覚えておけ」

「はぁい」

「ついでに、圧力や温度が広範囲にわたって影響した事で変成するのは「広域変成岩」な。これは文字通りで覚えやすいから覚えとけ。この違いは次の小テストに出すぞー」


先生がそう言うと、クラスの皆は一斉にノートにペンを走らせた。


「あー終わったぁぁ!」


私は大きく伸びをした。


「やたら開放感あふれる背伸びだな⋯」


授業で使ったものをまとめながら、円先生は私をじろりと睨んだ。


「このあとは美術ですし、そのあとは部活ですから。嫌なことは今で終わりです!」

「いい加減怒るぞ」

「別に先生が嫌じゃないんですよ、地学が難しすぎるのがいけないんです」

「俺を嫌いと言ってるようなもんだろが」

「先生は地学を愛し地学に愛された孤独な先生なんですね⋯⋯」

「おい、なんだ孤独って」

「あれ、先生独身ですよね」

「いるわ!妻も娘もいる」

「そ、そんな心の闇を抱えて⋯⋯!」

「妄想呼ばわりすんな。ちゃんと結婚してるから」


そう円先生が言うとクラスがにわかにどよめいた。



「エンちゃん既婚? 嘘ぉ」

「だって着てる服いっつも白衣にジャージだよ、一人暮らしでしょ、絶対」

「娘さんいるんだってよ」

「マジ? え引くわ⋯⋯」


「おい誰だ今引いたやつ!」

「まあまあ、先生。私たち次は移動教室なので準備しますね」

「⋯⋯〜!このクラスだけ小テスト難しくしてやるからな⋯⋯」


円先生は恨み言を言い残して教室を出ていった。

彼はそういうリアクションをするからいじられるのだ。





あっという間に放課後になった。

部活に行く前に図書館に寄ると、見慣れた後ろ姿の二人を見かけた。


「進捗はどうですかな」

「⋯⋯まあまあだ」


高野先輩と鰐淵先輩だ。


「稜平がそう言うのなら、進度は良いのでしょうな。やれやれ、黒澤女史には迷惑をかける。僕の趣味の分も手伝ってくれているのに、肝心の僕があまり参加出来ないとは。心苦しい」

「お前は生徒会があるだろ。そっちをやらないとそもそも文化祭が開催できねぇ」

「とはいえ、かなりの量を彼女に任せましたからな」

「安心しろ、今日で終わりそうだ」

「まさか⁉」

「本当だ。黒澤に刃物持たせると怖いぞ」


「そんな、人を危険人物みたいに!あ、あと先輩たちの仲良しツーショット頂きました!」


私は先輩たちを写真におさめてから声をかけた。


「千円な」


間髪入れずに先輩は返事をする。

この所私たちには、写真撮影は事後承諾の後言い値で支払うという暗黙の了解が出来ていた。


「うぉ⁉ 黒澤女史!」

「高野先輩、お疲れ様です!次期生徒会長は大変ですねえ」

「い、いや⋯⋯僕としては地学部にもう少し顔を出したいのですが⋯⋯申し訳ない」

「大丈夫ですよ!お城部分も頑張れば今日で終わりそうですから。伊勢君も着々と進めてますし、肉付けも眼前です!」

「そう⋯⋯ですか。いやはやすごい技術者が来たものですな」

「でも、さすがに肩こりすごいですよ。手首も痛いし。⋯⋯あ、もう鰐淵先輩と長谷部君担当は終わりですよね?」

「あぁ。今日から俺も伊勢と同じ作業をする」

「僕は今日も生徒会の役割がありますから、少々遅れますが──」

「高野さん!ちょっと聞きたいことが」


後ろから男子生徒が声をかけてきた。


「む、失礼。席を外します」


高野先輩はそう言って踵を返した。


「忙しそうですねえ」

「実際忙しい。文化祭が終われば生徒会役員選挙だ」

「うわぁ。あれ、でも対抗馬はいないのでは?」


聞いた話ではあるが、ほぼ生徒会役員のメンバーは立候補者一枠一人の信任投票らしい。

余程の事がなければ不信任にならないと思う。


「それでもやる事は多いだろう。ところで黒澤、何しに来た?」

「それは勿論、借りた本を返しに」


私は手に持っていた文庫本を先輩に見せた。


「⋯⋯おう」


何か先輩引いてる。ちょっと悲しい。


「いいじゃないですかー。怪談の傾向と対策です! 除霊の準備を進めるんです!」

「まだ諦めてなかったのか」

「当たり前ですよ、一つの手段が駄目だったぐらいでは諦めません、他の方法を探ればいいんです。⋯⋯そうでもしないと私の復讐は達成出来ませんからね!」

「真っ当な研究者みたいな文脈で何言ってんだ?」


先輩は呆れた顔で図書室を出ていった。

私は慌てて本を返却し、先輩の後を追う。


「どうせ部室行くなら、一緒に行きましょうー!」

「⋯⋯」


返事はない、肯定のようだ。

私は先輩の横と斜め後ろからあおる角度で写真をおさめた。

一枚千円だった。


「⋯⋯失敗したのか」


先輩は歩きながらぼそりとつぶやいた。

それは小さな低い声だったので、聞き流してしまいそうなほどだった。


「写真は上手く撮れましたよ!見ますか?」

「違う。お前の「復讐」だよ」

「あー、さっきの話ですね!いやもう大失敗ですよ。盛り塩は効かないし、金縛りに遭うし変な夢見るし」

「夢?」

「うーん⋯⋯あんまり覚えてないんですけど、重いものがのしかかってきて、それが滅茶苦茶嫌で「殺してー!」って叫ぶ夢のような」


先輩はぎょっとした顔で私を見つめた。


「さらっと言うけどお前のメンタルどうなってんの」

「何でですか?」

「怖いとか」

「えー、夢は夢ですし⋯⋯どちらかと言えば、夢見悪くて床に転がって腰を痛めた方が辛いです」


先輩は新種の芋虫でも見つけたような顔をした。

それもえぐい色の虫を。


「⋯⋯怖がらない奴と霊の相性は悪いと聞くが⋯⋯間違いか」

「そうなんですか⁉ 初耳です、怖がらなければ復讐になりますかねぇ。私としては除霊してこの世から消し去ってやりたいんですが」

「⋯⋯いや、まあ頑張れ」

「頑張りますよ!次はあの家にまつわる因縁を探します!定番はお隣さんへの聞き込み調査ですよね!」


私は張り切って右腕を掲げた。

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