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家族が寝静まった深夜。

自室へ向かおうかと思い、リビングから階段へ足を向けた。

家族を起こさないよう電気をつけず、スマートフォンのライトで足元を照らしながら、そろそろと階段を上がる。

階段を登ってすぐ、左手の扉が目的の部屋だった。


手元の光源を移動させた拍子に、床に白い足が見えた。

両親も弟も、今は寝ている筈だ。


「⋯⋯誰?」


誰何するも答えはない。

足音も人の気配もない。

恐る恐るライトをもう一度向けるが、先ほど照らした場所にはすでに何もいなかった。


寝ぼけていたのだろうか。

そう思い、部屋の前に向き直った。




ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


自分の部屋の扉は、幼い子どもが書きなぐったような拙い文字で埋め尽くされていた。






「っていう事があったんですよね」

「そうか、何言ってんだお前」


放課後、いつものように理科準備室に居座る私は、いつものようにお菓子の袋を開けた。

目の前の男性は、何やら分厚い本をすごい速さで捲ったりノートに汚い字でメモを取るなどしている。


「えー、もっとリアクション下さいよう」

「無理だ。そもそもお前なんでここいるの?」

「部活?」

「なら手伝えアホ」

「うそうそうそ!先輩のご尊顔を参拝しにきてますー。あー今日も推し。尊みがやばいです」

「何もしないなら出て⋯⋯いや待てお前の日本語も何? 尊み?」

「とある界隈の方言というかー」


私は制服のポケットからスマホを取り出し、カメラを起動させた。


「撮るなら取るぞ」


先輩は左手の親指と人差し指で輪を作った。


「お布施なら厭いません!むしろ貢がせて下さい!」

「なら、五百円」

「分かりました!カメラ目線下さい!照れながら!はにかみ笑い!」

「この作業したいから。駄目」

「うう⋯⋯ああでもこの横顔、どこから見ても龍人くん⋯⋯素晴らしい⋯⋯」


私は撮ったばかりの先輩の顔写真を眺めた。

この角度、我ながらセンスがある。


「誰」

「スチュワード☆プリンスの神田龍人くんです!」

「芸能人?」

「(二次元の)アイドルです!」


先輩とそんな応酬をしていると、準備室の引き戸がガラリと開いた。


「わりぃ、職員会議⋯⋯黒澤また来たのか」


だらしなく伸ばした髪をひとつに束ねた白衣の中年男性が入ってきた。

先輩と私が所属する地学部の顧問、円忠明先生だ。

円先生は私をひと目見て顔をしかめた。


「先生、私だって地学部の一員ですよ」

「河岸段丘も読めねぇヤツがそれを名乗る資格はねぇ。お前なんかチガクブじゃねえ、チブだチブ」

「恥部⁉」

「ホラ帰った帰った」

「あー、やだやだ帰らないー!」

「延長ならもう五百円な」


鰐淵先輩はそう言いながら、今度は白黒の地図のコピーに色塗りを始めた。


「先輩、何してるんですか?」


私が先輩の手元を覗き込むと、円先生は頭に手を当ててため息をついた。


「この間言っただろ⋯⋯文化祭で展示する立体地図。地学部の出し物だよ」

「えー、迷路に色塗りするのが?」

「あれは等高線だ馬鹿!」


円先生曰く、私は中学からやり直さなければいけないらしい。


「お前本当に何してんの、この部で」

「はい!先輩の顔を愛でています!あと、今日は友達の友達が体験したオカルト話披露しに」

「オカルト好きならせめて人選考えろよ。そんな超科学的事象、面白がる奴らこの部にいるか? 理系しかいねぇのに」

「理系だから皆怖い話嫌いな訳じゃないと思いまーす」

「この減らず口が」

私が円先生と睨み合っていると、先輩はこちらを睨みつけた。


「二人ともうるさい」


鰐淵先輩は頭をがりがりと掻く。

背中の辺りから黒いモヤが出ている気がする。

幻覚だろうか。


「みろ、鰐淵怒ったじゃねえか」

「私だけのせいじゃないですー」


私は顔をそらして抗議した。

鰐淵先輩は首をこきこきと鳴らす。


「黒澤。なんか飲み物」

「喜んで買ってきます!」


私は笑顔で返事をした。円先生は鰐淵先輩の頭を軽く小突く。


「鰐淵、後輩パシんな。黒澤、自分の扱いに疑問を覚えろ」


私は力を込めて言った。


「推しが口にする飲料を私が買えるこの機会、いくら先生でも邪魔させませんよ!」


先生はドン引きの顔で私を見る。失礼じゃないだろうか。


「先生最近の若い子が何言ってるか分かんないなあ。⋯⋯これ加齢じゃねぇよな?」


「黒澤、早く行ってこい」

「はーい」


「⋯⋯二人が良いならいいが⋯⋯本当、何でお前ら付き合ってんの?」


円先生が肩を落としてつぶやくと、私と先輩は同時に即答した。


「金」

「顔!」


それを聞いた円先生は涙ぐんだ。

「高校生同士で援交すんなよ⋯⋯」




そんな訳で一応恋人同士である鰐淵先輩と私は、今一緒に下校している。

一応、というのは、「なんとなく成り行きで」という意味だ。

先輩のフォトショットが欲しい私とお金が欲しい先輩の利害が一致して一緒にいることが多くなったが(九割私がつきまとっているとも言う)、それが地学部の面々公認カップルの爆誕になってしまったのだ。多分、半ば揶揄も入っているけど。


最初はお互い否定していたけれど、状況をイチから説明するのが面倒くさくなった為、一週間で音を上げた。

私は別にいいのだけど、先輩はよく肯定したなあというのが正直な感想だ。

自分の好きなもの(地学)以外に無頓着な様子は、まるで学者のようだと思う。それとも理系ってこんな感じなんだろうか。

龍人くん自体もかなり真面目な性格なので、現実とリンクしているみたいで大変滾る。

ともあれ私達はとりあえず「付き合ってます」の体で一緒に帰ることが多くなった。

手も繋がないような、それだけの関係である。


もうすぐ学校最寄りの梅ヶ丘駅だ。

私達はいつもここで別れる。

先輩は梅ヶ丘駅から電車に乗り、私は駅を突っ切って西口に出る。

今日も良い写真が撮れたなあとほくほくしていると、先輩がちらりとこちらを振り向き、目が合った。

肩を並べて歩いていたはずなのに、いつの間にか先輩は先を歩いている。


いいなあ、やっぱりそっくりだなあ。

無造作に伸ばした癖の強い黒髪に、見えるか見えないかの涼しい目元。

すっきりとした鼻梁に薄くきりっと整った唇。

猫背で歩く姿も、執事育成系スマホゲーム「スチュワード☆プリンス」の龍人くんが画面から飛び出たような姿だ。

どうぞよろしくおねがいいたします⋯⋯

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