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僕の傍には…  作者: 天真ぽん
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狼な彼

 大樹の幹にもたれ、心地よい風に吹かれているうちに、隣の彼は眠ってしまった。

木漏れ日の中で眠る彼は、とても穏やかな顔をしていた。


 この場所はとても居心地がいい。

現実世界とは思えないほど、静かで落ち着いていて、とても暖かい場所だ。

彼と僕以外の人の気配もない。


 少し辺りを歩いてみたくなった。


僕「…少し歩いてきますね」

 

 黙って行くのは悪いと思い、眠っている彼にそっと声をかけた。

気持ちよさそうに眠っている彼を起こさないよう、そっとその場を離れた。


 大樹の傍を離れ、僕は新緑の広がる丘を歩いた。

人の気配など全く無く、見渡す限りに緑が続いている。

大きく息を吸い込むと、緑のいい匂いがした。

ゆっくりと息を吐き出す。

心も身体も解放感で満たされた。


僕「こんな場所があったんだな…」


 ゆっくりと考えてみる。

ここは何処なんだろう?

学校の近くのはずだけど…

でも、学校の近くに丘なんてあっただろうか?

こんな大きな木があれば、絶対に気付くはずだ。

そもそも、何でここに辿り着いたんだろう?

いつもの通学路を歩いていたはずなのに…


 不思議に思うことは沢山あったけど、正直、どうでもよかった。

考えても答えは出ない気がした。

もしかしたら、本当に現実世界じゃないのかもしれない。

時空の歪み?ワームホール?

神隠しにでもあって不思議な世界に迷い込んでしまったのかもしれない。


僕「…いやいや、そんなことあるわけないか」


 そんな現実離れした思考に少しだけ笑ってしまった。


 いつもの僕なら、きっと、こんな風にはならなかったと思う。

こんな状況に陥って、冷静でいられるはずがない。

焦りと不安でパニックになっていたと安易に想像がつく。

だけど、今は違う。

不思議と怖い気持ちは1ミリも湧いてこなかった。

何も気にすることはない。

誰かを意識する必要なんてない。

だって、この世界にいるのは彼と僕だけ。

きっと僕ら二人だけなのだから──っ


 …え?


 急に目に入ってきた光景に動きと思考が停止した。

誰もいない丘を僕は一人で歩いていたはずなのに…

 

 僕の視界に人がいる!


 さっきまでは確かに誰もいなかったはずのその場所に、今は明らかに人がいるのだ。

大樹の傍で寝ている彼とは違う。

別の誰かが僕の目の前、3m先に寝ているのだ。


 さっきまで穏やかだった思考が一気に吹き飛んで、頭が混乱した。


 えっ、どういうことっ!?

どうして急に人が現れたんだっ!?

僕が気が付いてかなかっただけ?

いや、そんなはずはないっ。

絶対に人なんていなかった。

第一、こんな何もない場所に人が寝ていたら、いくら僕でも気付くはず……

 

 誰っ!この人誰っ!?


 もう訳が分からなくて、内心めちゃくちゃパニックになった。


 大丈夫だ、落ち着けっ!


 必死に自分に言い聞かせた。

なるべく冷静に思考を巡らせる。


 すぐ目の前に人が寝ているものの、幸いにも僕とこの彼との間にはまだ距離がある。

しかも、相手は寝ているわけだ。

きっと、僕には気付いていない。

そっと離れれば、きっと大丈夫。

きっと、何事も起こらないはずだ。


 冷静に冷静に…


 自分に言い聞かせながら、ゆっくりと後ろに下がり始めた。


「…おい」


──っ!


僕「ひゃい!」


 しまった!声が裏返った!


 寝ていると思っていた人の急な呼びかけに、思わず焦りと動揺が声に出てしまった。


僕「す、すみませんっ!」


 反射的に謝ってしまった。

彼は目を瞑って寝転んだまま微動だにしない。

そのまま僕に話しかけてきた。


「何で謝るんだよ。…別に何もしてないだろ」


 彼の言葉に一瞬ドキッとした。


 彼の言うことは正しい。

僕は謝る癖がついてしまっているのだろう。

自分は何も悪いことをしていなくても、悪いと思っていなくても、取り敢えず、『ごめんなさい』『すみません』と口にしておけば全てが丸く収まる。

そんな風に思っているから、咄嗟に謝ってしまうのだと思う。


僕「あの、えっと、その……す、すみません…」


 なんて言えばいいのか分からず、結局また謝ってしまった。

 

「………」


僕「………」


 沈黙が重苦しい。

どうすればいいのだろう?

何を話せばいいのだろう?

何も浮かんでこない。

考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になっていく。


「…なぁ、こっち座れよ」


 会話の糸口を必死になって探している間に、彼の方が先に話しかけてきた。

彼はいつの間にか体を起こし座っていた。


僕「えっ…あ、えっと……は、はい」


 急に座れと言われて一瞬戸惑ったけど、僕はその場に静かに腰を下ろした。

戸惑っている僕とは違い、彼は何とも思っていない様子だった。


「…警戒しすぎだろ」


 そう呟いた彼と目が合った。


「もっとこっち来いよ」


僕「え?」


「…そこじゃ遠すぎるだろ」


 そう言われて、改めて彼との距離を確認してみる。

その距離、3.5m。

無意識だった。

会話のことで頭がいっぱいで、距離のことなど考える余裕なんて無かった。


僕「す、すみませんっ!」


 勢いよく謝った僕を彼はジッと見つめている。


 …苦手だな、この人。


 見た目?雰囲気?

怖そうだし、近寄り難い。

自分からは絶対に関わらないであろうタイプの人だ。


 目が泳ぐ僕とは違い、真っ直ぐに僕を見つめる鋭い眼差し。

心の中を見透かされるような感覚に思わず目を逸らした。


 どうしよう…


 何か気に触るようなことでもしてしまったのだろうか?

もしかして、昼寝の邪魔しちゃったとか?!

だとしたら……最悪だ。

他に僕を呼び止める理由が思いつかないし…


 これ以上一人であれこれ考えてても埒が明かない気がする。僕は覚悟を決めて口を開いた。


僕「あ、あのっ…邪魔してしまいましたよね?」


「は?」


 鋭い眼差しで僕を見ていた彼が、今度はキョトンとした顔で僕を見つめていた。


僕「邪魔をするつもりはなかったんですっ。誰もいないと思っていて…その、気付かなかった僕が悪いんですけど……あ、あのっ、起こしてしまってすみませんでしたっ」


 なんとか言い切った。

ちゃんと伝わったかな…?


「お前っ…なんか勘違いしてるだろ?」


僕「へ?」


 彼の言葉に今度は僕がキョトンとした。


「別に怒ってないし、そんなつもりで座れって言ったんじゃねぇーよ。だから、謝らなくていい」


 予想外の展開だった。

じゃあ、どうして呼び止められたんだろう?

本当に怒られると思っていたから、他に理由が見つからない。

困って黙り込んでいる僕に彼は話を続けた。


「…いや、よくここに辿り着けたなと思って。ちょっと話してみたかっただけだよ、…お前と」


 そう言った彼の表情はとても柔らかかった。


 僕はハッとした。


 見た目で人を判断するのは良くないことだと思いながら、実際、僕は見た目で人を判断している。

見た目や雰囲気が怖い人は中身も怖い。

怖い人は苦手。

関わりたくない。

そんな風に決めつけて、僕は距離をとってしまった。

彼に対する罪悪感。


 僕は何も言えなかった。


「だから…もっとこっちに来て隣に座れよ」


 彼は自分の隣をトントンっと叩いた。


僕「あ、ありがとうございます」


 僕は彼に対して、始めて謝罪以外の言葉を口にした。

そしてゆっくりと彼に歩み寄り、その隣に少し遠慮がちに座った。


 何を喋ったらいいのか分からず俯く僕に、彼の方が話しかけてくれた。


「どうやってここまで辿り着いたんだ?」


僕「えっと、いや、正直よく分かんないんです。学校に行くはずだったのに、気付いたらここにいた…みたいな感じで…」


 そうとしか言いようがなかった。

ここに来ようと思って来たわけじゃないし、どうやって辿り着いたかと聞かれても、他に答える(すべ)がなかった。


「…そうか」


 彼はそれ以上は聞いてこなかった。

その代わりに…


「なぁ…俺のこと怖くて苦手だって思ってただろ?」


 ───っ!


 焦った。

僕の心を読み取ったような彼の言葉。

僕がさっきまで思っていたことを彼は見抜いていた。

僕を見つめる彼の鋭い視線に冷や汗が止まらなかった。


僕「いやっ、あ、あのっ、そんなことはっ…」


 言葉が続かない。


僕「……す、すみません」


 結局、僕は謝ることしかできない。

人を見た目で判断し、勝手に距離をとり壁を作って拒絶する。

僕は今までそうやって生きてきてしまったんだ。

自分からは決して歩み寄ろうとしない。

人と関わろうとしないくせに一人が寂しいなんて、そんなの矛盾している。


 また黙り込んでしまう。

色々考え出すと負のスパイラルに入ってしまうのも僕の悪い癖だ。

そんな僕に彼が言った。


「…別に気にしてねぇーから、んな暗い顔で考え込むなって。俺、目つき悪いし態度もあんまよくねぇーから、周りから見たら怖そうな奴に見えるんだろな。脅かして悪かった。」


 そんな風に彼が言うから…


僕「全然悪くないですっ!むしろ謝るのは僕の方です…」


 頭の中で考えていたことをゆっくりと言葉にしていく。


僕「あなた自身がそんな風に思ってても、やっぱり人を外見だけで判断するのは良くないです。外見だけ見て中身を知ろうともしない。知るチャンスを自ら無くしてる。悪いのはあなたじゃなくて僕みたいな人間なんですよ…」


 本当に情けない。

人として恥ずかしい。

自分の惨めさに涙が溢れてくるのを必死に堪える。


「…ありがとな」


 彼が柔らかな笑顔で言った。


「お前も悪くねぇーよ。人間みんな最初は見た目から判断するもんだろ。その先を知ろうとするかしないかはそいつ次第だろ。それに片方だけが歩み寄っても意味が無い。お互いがそこに気づけるかが大事なんだよ。お前は自分を責めてるけど、大事なことに気づけてる。だから大丈夫だ」


 そう言って、堪えきれず流れてしまった僕の涙を、彼の手が少し乱暴に拭っていった。

一見、狼に見える彼の心は優しさで溢れていた。


僕「ありがとうございます」


 自然と笑顔になれた。


「やっと笑ったな。それに謝られるより、お礼言われた方が気分がいい」


 そう言った彼もまた、とても柔らかな笑顔だった。


 そんな僕たちの周りを爽やかな風が吹き抜けていった。

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