食料問題と魔王城
第1目標である、生きる事ーー。
それはとても大変なことに思えたが、城内を見て回った結果、たいして不便なく暮らしていけることがわかった。
まず、各小部屋ーいや、小部屋というより家と言える代物だ。
魔王軍の全員分以上のーーいや、100人規模でも暮らせるであろう数の部屋が用意されていた。
部屋の中にはトイレや風呂、キングサイズのベッドまでーー。
まさに王族の暮らしがどんなものかを表すようなそんな部屋が100個もあるのだ。
もちろん、魔王エルヴィンの部屋だけは他の部屋がバカバカしいくらいの高級な仕上がりだが。
食料も食料庫にあふれんばかりに詰まっていた。
そして何より驚いたのが、城中のあちらこちらにいるメイド型モンスターたちの存在だった。
通常のメイド型モンスターであれば戦闘能力こそレベル50の冒険者でも倒せるモンスターだが、評価すべき点はそこではない。
掃除・洗濯・料理など、すべての特殊技能が1級品のスキルレベル10(MAX)だ。
ただし、喋れる言葉のパターンが少なく、まともに受け答えや思考ができない、そんな一部のプレイヤーがテイムしたいと憧れるモンスターだ。
しかし、ここは魔王城…エルヴィンの刻印付与により戦闘能力はレベル170以上、掃除・洗濯・料理などの能力はスキルレベル11(OVER)だ。
通常、戦闘系スキルは何をしてもスキルレベル10までしか行かない。
しかし、特殊スキルーー料理・洗濯・掃除、発掘・工房ーーなどのスキルは使用回数や、特殊アイテムなどの条件を満たすことで11まで到達させることができる。
しかし、通常プレイにおいてそこまでレベルを上げる意味合いはない。
料理系はポーションやステータスアップ料理など特殊なアイテムを作るのに必要であったり、洗濯系スキルは武器や各アイテムの耐久力の底上げ、掃除スキルは最低限とっていないとキャラクターが汚くなってきてしまうなど、不便なことはあるが各スキル3もあれば十分すぎるくらいだ。
そんな、ほとんど使われないスキルでもレベルオーバーさせれば世界がまるで違う。
料理のスキルはすべてのステータスを24時間特大アップを付与する料理から秘薬・エリクサーの作成まで可能となっていた。
洗濯系スキルは材質変換、属性や耐性付与を可能としていた。
掃除スキルは守護や防壁と言った系統のスキルへと変化していた。
そんな最強メイド軍団が100人も居るのだ。
しかも、独立思考AI持ちなので会話や行動に自由がある。
何も知らない一般プレイヤーがいたらプレイヤーと間違えてもおかしくない。
その中でさらに特殊なーー魔王従者戦闘用メイド長ーーアリッサははっきり言っておかしい。
双剣系統、刀系統などサムライ、ニンジャ、ブシドーのスキルをすべて習得し、装備も幻刀ムラマサからなる通常プレイではまずお目にかかれない代物ばかりだ。
その上、ニンジャ系スキルなのか不明だが魔王や魔王従者の思考を読み取ったかのように先読み行動をしてくれる。
そんな、至れり尽くせりなここでの生活を送ろうと決めたのが転移1日目の午後ー。
しかし、ここで魔王軍の1人、グラシオンが疑問を持つ。
この食料庫は無限なのかとーー。
そして明日2日目は魔王軍の食料会議を行うと決定した。
軽く話し合いをしてそれぞれの部屋に入っていく。
部屋には特殊な魔法細工がされており、鍵はない。
しかし、部屋の主人の許可さえあれば誰でも入ることは可能になっていた。
エルヴィンは自分の部屋に入ると布団に寝転がる。
たしかに、至れり尽くせりな生活であるがいきなりの環境の変化についていける人間はそうそういない。
そういった精神的な疲れが溜まっていたのか、そのままベッドに吸い込まれるように眠りについた。
そして迎えた2日目ー。
会議室には全員座っている。
部屋の最奥の一番大きな椅子にはエルヴィンがー。
そこから時計回りにグラシオン、レーベル、バルザ、エルス、ロウガの順番だ。
全員が席に着いたのを確認すると、エルヴィンが声をかける。
「まずは衣食住の中でまだ不安な要素、食事に関する話し合いをしたいと思います。わかってるとは思いますが、私たちは今後食料難民になる可能性が非常に高いです。」
「え?まさか、食料を求めて旅に出るとか、バカなこと言わないわよね?」
次に声をあげたのはレーベルだ。
「じゃあ、お前はここの食料が尽きることはないと?無尽蔵に食料が溢れ出る食料庫だとでも言うのか?」
最初に疑問を持ったグラシオンが尋ねる。
その顔には呆れと不安が宿っていた。
それを見ていたロウガは、はぁ…と誰に聞こえてるでもない深いため息をつき、言葉を続けた。
「いい?この魔王軍がここまで生き延びてこれたのはなぜか?わかる?」
レーベルとグラシオンはいきなり何を言っているのかわかっていない、不思議な顔をした。
「私たちは常に先手を打って行動してきたからよ。王国に勇者クラスのキャラが生まれたとしれば出向き、恐怖を植え付け、殺す。大天使降臨イベントと聞けば、出向き、魔王降臨イベントにしてしまう、そんな先手を常に打ってきたからこそ、生きてきたの」
「ロウガさんはそこまで考えてあのイベント参加してたんですね、知りませんでした」
エルヴィンは目を輝かせた。
「そうそう、大切な仲間を失う可能性があるイベントは叩き潰すべきだって怒ってたもんな」
エルスは笑いながらロウガと話す。
それを見て諦めたのか、レーベル喋り出す。
「はいはい、分かりましたわ。私も仲間が大切ですわ。それに、私だって餓死なんてくだらない死因で死にたくないもの」
はぁ…と深いため息をつくレーベルだが、彼…いや、彼女は誰よりも仲間思いだ。
そして、仲間の輪から外れることを嫌う。
以前、レーベルの誕生日のために皆でこっそりレアアイテムを探しにいった時にはレアアイテムなんかよりも、皆との時間の方が嬉しかったと嘆いたほどだ。
そんなレーベルの言葉に一同が思いを一つにする、皆小さく頷く。
コンコンー。
会議室のドアが小さくノックされ、アリッサがゆっくりと、とても品のある歩き方で入ってきた。
「失礼いたします、エルヴィン様…先程から食料に関する心配をされているようですのてでご報告が…魔王城内での生活であれば、おおよそ問題ありません。魔王城近辺では食料を育てていますし、家畜も大量におります。」
それを聞いて全員開いた口が塞がらなかった。
全員の考えが一つにまとまっている…。
(先に言えよ!!)
しかし、城外に出ようとも考えなかった自分たちにも、負い目があるのだ。
「失礼ながら私が思うもう一つの疑問を述べてもよろしいでしょうか?」
アリッサは淡々と言い放つ。
「アリッサ、疑問って?私たちに何か関係することなの?」
エルヴィンが問いかけるとアリッサは頷き、語り始めた。
「現在、この世界には異変が起きています。魔王エルヴィン様やグラシオン様、レーベル様のように今までに感じたことのない気配を多く感じております。力こそ持たないもののエルヴィン様のような方々だと思われます。」
それを聞いた、全員の感想は「やっぱり…」である。
そもそも魔王軍だけ転送でしたなんて事があるはずがないと思っていたのだ。
「分かってはいたんだよ?私たちだけなはずがないし、何人も…下手すれば何十人、何千、何万人とこっちの世界に来てるってことになるのかな…?」
ロウガは首を傾げながら考えているようだ。
他のプレイヤーが全員が善人というわけではないことはエルヴィンも理解している。
しかし、だからと言ってこのゲーム最強の魔王ーーいや、魔王エルヴィンの軍隊ーーは最強の存在たちなのだからそんな心配をする意味は皆無だ。
「ロウガ様、残念なことに私の力では具体的な数を知ることはできませんが、少なくとも10,000人以上はこちらの世界に来ています。」
それを聞き、 また全員の空いた口が塞がらなかった。
ーー1人を除いてーー
「やはりか…いや、少ないと言うべきか。」
バルザが額に手を当てながら言う。
ロウガもそれを聞き冷静になる。
確かにバルザの言う通りだ。
「もしかしてログイン人数とか…?たしか、最高同時ログイン数は25,000人だっけ?それに比べたらたしかに半分以下だよね。」
ロウガも考えながら口にする。
「まぁ、結局俺たちは街に出て情報収集って事だな」
と言うよりも情報を集めたくてもそれ以外に方法がないのだ。
しかし、この現状に不安しか持っていないグラシオンからすれば最悪の方向に進んでいる。
「なぁ…本当に大丈夫か?仮にも俺たちは魔王軍なわけで…誰に狙われてるかわからないんだろ?」
弱気な発言をするグラシオンにレーベルが近づいた。
次の瞬間ーーバチンっーーという音が鳴り響いた。
「情けない…本当に…その力がありながら怯えるなんて愚の骨頂ですわ!貴方のレベルは飾りなんですの?」
叩かれたショックと自分の恥ずかしさにしどろもどろになりながら声を絞り出す。
「俺たちが強いことは分かってるけど死ぬ可能性だって否定できないだろ…?仮に生かえったとしても魂まで無事かどうかなんてわからないじゃないか!」
その発言を聞きあたりが静まり返る…。
しかし、すぐに声を出したのはレーベルだ。
「なら一緒ここにいればいいんじゃないかしら?いつか来るレベル255の勇者に怯えながら、限りある時間を楽しめばいいんじゃないかしらね?」
確かにここに閉じこもって生活をしていればある程度の期間生活をできるかもしれない。
しかし、いつかはわからないにしろここで行動をしておかないと、必ずここを攻め落とされる。
「アリッサ、貴方の分かる範囲でいいわ、魔王軍以外のプレイヤーの最高レベルはいくつ?」
「レベル201でございます。」
それを聞きふふんっとレーベルは笑い声をあげる。
「その程度の相手に遅れを取るつもりなのかしら?最強の剣聖サマが聞いて呆れますわ…」
グラシオンはレーベルを見つめる。
その瞳に先ほどまでの怯えはない。
「レベル201か…なら、大した事ないな。すまん、レーベル…俺らしくなかったな」
「ふ、ふん!別に私は何もしていません!師匠が情けなかったら私の評価まで下がるから…!」
レーベルは顔を赤くし恥ずかしそうに俯いている。
詳しくは知らないが、レーベルが元の世界ですこしでも生きていたいと思える理由をくれたのがグラシオンだということは魔王軍では有名な話であった。
レーベルがいうには「人生の師匠です!」との事だ。
しかし、私はなぜか、顔を赤らめるレーベルに疑問を持った…。
ロウガさんは口をもごもごさせて、まるでにやけるのを我慢しているようだった。
あとでこっそり聞いてみよう。
しかし、これで次の行動が決まった。
「食料問題は解決、次の目的が他のプレイヤー情報を集めるたびに街へ出向く…という事でいいのかな?」
「いいと思いますわ、師匠の逃げ腰も落ち着いたみたいですしね?」
レーベルが肘でグラシオンを軽く小突く。
「いや、本当にすまない…情けないところをお見せして…私も街に行くことについては異論はないよ」
ロウガとエルスも「異論ナーシ!」と2人ほぼ同時に声を出した。
そして、次の目的ーー国の中心アルダーヴァ
ーーそこで他のプレイヤーとの遭遇に期待を込めて、会議は終わった。