失われた過去と未来を求めて。
ミステリが書きたいです。
しかしながら、日常にそうそう事件なんて起きません。事件が起きなきゃ、名探偵もおまんま食い上げ。迷子ねこでも探しますか?
『あっ!そこのゴミ箱はもう開けましたって!』
日常に事件が起こらないなら、あり得ない日常に身を置かれた女子高生の日常でも綴ってみますか。
主人公は女子高生の折原優歌ちゃん。
失われた右目の視力の回復の付録はドナーの記憶。
気にしなきゃいいのに、彼女はその秘密を紐解こうとします。
好奇心はねこをも殺す。
『…あっ!所長。依頼のねこちゃん、そっち逃げました!』
さぁ、どうなりますことやら…
何かから逃れるように走る。
走って走って…
目の前に遮断機の下りた踏切り。
くぐり抜ける。そこで夢は終わる。
あの日から幾度となく見続ける夢。
右目に角膜を移植したあの日から…
脳腫瘍の摘出手術を受けたのは、中学二年の秋だった。手術は成功し普通の生活を取り戻したが、右目の視力を失った。家族は病院が用意した多額の慰謝料をわたしの将来の学資にしようとわたしの名義で預金してくれていた、らしい。
目の前に置かれた通帳には、片目の視力の対価には十分すぎると思うほどの金額が印字されている。入金日時は手術直後頃のもので、そこから入出金の履歴はない。
「多少の利子はついていると思われます」
弁護士が余計なことを言う。
高校は中高一貫の有名私立大学の附属学校だった。受験もなく、学業に専念できた。退院から三年。高校二年の夏の終わり。
両親をいっぺんに失った。飲酒運転のトラックが歩道に乗り上げ、たまたまそこを歩いていた二人を轢き殺したという。
理解できなかった。
わたしを、家庭の経済状況からは不相応なほどの学校に行かせてくれた。さらに、二度もの手術費用を捻出するために本当に倹しく暮らしていた欲のない両親だった。
朝から晩まで働き、たまの休みにもわたしのことを優先するのは当たり前だと言ってくれる母親だった。
ある日洗濯物を畳んでいて、父の靴下に綻びを見つけた。お小遣いでこっそり買ってプレゼントした。高いものではなかったが、父は本当に喜んでくれた。
「お父さんたら、優歌のくれた靴下が勿体なくて履けないんですって」
やぁね、男親って。
そう言って溜め息をつく母の呆れたような笑顔がフラッシュバックして、目の前の通帳のわたしの名前に重なる。
「…馬鹿だよ。お父さんもお母さんも…。こんなお金、使ってくれて良かったのに…」
わたしは、二人の葬儀が終わってその時初めて声を上げて泣いた。一度泣き出すと止まらなかった。