非凡と平凡の狭間を漂う奇人
別次元の宇宙会話を繰り広げる自称探偵の青鬼と平凡なフリーター、隆文。二人の漫才はどこまで続くのやら…。
「あのさ………」
隆文は青鬼の方を見た。
カラーコンタクトでもしているのだろうか、彼の瞳は深い青色をしている。
それが白銀に近いライトベージュの柔らかそうな髪色に映えて綺麗だった。
助けてもらったばかりの時は気付かなかったか、よく見ると青鬼はとても整った顔立ちをしている事が分かる。
月夜に照らされた横顔は美術の彫像のように神々しくて、横に並ぶと平々凡々な自分の顔が情けなく思えてくる程だ。
だがいくら容姿が整っていてもその格好はどうなのだろうか……。
全身青一色ではないか。
何か常人には理解出来ないポリシーでもあるのだろうか。
そういえば名乗った名字にも「青」がついていたが。
「何だ、隆文」
「もう下の名前呼びかよ。馴れ馴れしいヤツだな。ま…まぁいいか。そんな事よりさっきのアレ、何だったのか聞いてもいいのか?」
「さっきのアレ?」
隆文の問いかけに青鬼は芝居がかったように首を傾げる。
「だからあのオッサンと黒い犬のような生き物だよ」
すると青鬼はわざとらしくポンと手を打った。
どうも隆文にはわざとやっているようにしか見えない。
「あれは妖怪だよ」
「はっ?今何て言った。バカにしてんのか?」
どうもこの男は虚言癖に加え、物事を歪曲して捉える性質らしい。
「バカになどしていない。事実だよ。あれは「月天」に住まう妖怪だ」
「月天」……聞き慣れない単語が出てきた。
急に黙ってしまった隆文を見て、青鬼は言葉を続ける。
「この世界の霊的な天球層のひとつさ。「星天」や「固定天」とも呼ばれる。外側の同心円のひとつである恒星天が固定天の名で示されている」
「???」
「この同心円に二十八個の星が並べられる。そしてその固定天の内側には惑星の天球層があって、土星天に始まり、月天で終わっている。その月天の下には四大元素の天球層がある。固定天の上は水晶天、および原動天があるのだよ。ちなみに原動天は全宇宙を動かす存在なのさ。分かったかな?」
「…………分かるかっ!」
いつ終わるのかと思うくらい、意味不明の言語が洪水のように青鬼の口から飛び出てきた。
隆文は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そうか。ふむ。ではもう一度最初から説明を……」
「いらねーよっ!分かるわけないだろ。つーかどこからそんな怪しい電波受信しやがった。俺はあの襲ってきた奴らの事を聞いてたんだぞ」
思わずベンチから立ち上がって怒鳴っていた。
だが青鬼の方は、今の隆文の言動こそ理解出来ないというように、きょとんとした顔でこちらを眺めている。
「な……何だよ」
「いや……、君はもしかしてプトレマイオスの宇宙図を見た事がないのか?」
「ぷとれ?……なぁ、頼むから俺にも分かる言語で話してくれ。俺は奇人に耐性がない一般人なんだよ」
すると青鬼は楽しそうに笑った。
「君は非凡な存在なのだな。普通年頃の男子ならば一度は興味を持つものだぞ」
「どこの世界にそんな特殊なもんに目覚める思春期があるんだよ!お前の非常識を俺に当てはめるなよ」
すると青鬼は急に声のトーンを落とした。
「端的に言うと、ホロスコープにはある場所と時間を基準に描かれた天空図であるのだよ。君に先ほど星座を訊ねたのも宿命たる星を知りたかっただけなのさ。まぁ、詳しくは非凡な青年Aである君に説明しても明日の朝までかかってしまうだろうから省くが、つまりは天文学とホロスコープは密接に繋がっているという事だよ」
「……もう、いいよ。理解しようと努力する事すら虚しいから。とにかくあいつらは別の世界から来た妖怪だって事なんだろ」
言いながら、何て幼稚で非現実的なんだろうと思ったが、青鬼の反応はかなり良かった。
「おや。鈍い屑のような青年だと思っていたら、意外に飲み込みが早いな」
「おいっ!………ったく。仕方ねぇな。その戯れ言にもう少し付き合ってやるよ」
そうでもしないとあの犬ともつかない獣の事も、奇妙な風体の男の事も説明がつかないのだ。
青鬼はそれを隆文が認めた事で何故か満足そうにステッキをぐるぐる回している。
そういえばあのステッキは奇妙な風体の男の肩に突き刺したものではなかったのだろうか。
それをどうやって回収したのか分からないが、ステッキも青色な事に気付いて隆文は軽くため息を吐いた。
「それにしても俺、あいつらに捕まっていたらどうなってたんだろうな……」
あの男は自分をどこかで休ませると言っていた。無論誘いに乗る気は全くないが、気にはなる。
すると青鬼はまた器用にステッキを回して、今度は隆文ののど元にその切っ先を突きつけた。
「……なっ」
「恐らくそのまま妖怪の世界へ取り込まれていただろうさ」
「妖怪の世界……月天ってヤツか?」
青鬼は満足そうに笑う。
「そうさ。君はあのまま妖怪に連れ去られ、身体を暴かれ明日の朝には冷たい死体となっていたただろうさ。いやぁ、君はツイているな。この世界探偵が帰国した日に巡り会ったのだから」
「帰国って、お前どこか海外にでもいたのか?」
「パリにいたのさ、ちょっとした依頼があってね。何しろ僕は世界を股に掛ける世界探偵だからね」
そう言って青鬼は薄い胸を反らせて笑った。
どうもこのテンションにはついていけそうもない。
「でもその話がマジなら助かったよ。つか最近の連続怪死事件ってあいつが犯人じゃねーのとか思ったぜ」
「実は僕はそれを調べに帰国したのさ」
「へ…、そうなんだ」
「それでしばらくの間、日本に滞在しようと思っている」
「へー」
「隆文、君の住まいはどこだい?」
青鬼の言葉をただの戯れ言と思っていた隆文は厭な予感に眉を顰める。
「さっき俺が襲われた場所のすぐ近くだけど……」
「ほぅほぅ。そうか。それは都合がよい」
闇夜でも輝く碧眼をきらめかせ、青鬼はステッキをバトンのように回した。
「な…何が都合がいいんだよ」
「隆文、君は察しが悪いなぁ。守ってやると言っているのさ。この世界探偵たる青鬼八京がっ!」
「こっ……断るっ!いらねえよ。男が男に守られるってキモいだけだ」
隆文は青鬼から一気に距離を取った。
「しかしいいのかな?相手はあの得体の知れない男と獣。あの獣の爪と牙は見たかい?君のその品のない顔など一瞬でぼろ雑巾のように引きちぎられるだろうさ」
「悪かったなっ!品がなくて」
そうは言ったが、言われてみると不安はある。
仕事に行く時などあそこを確実に通らなくてはならない。
特に帰りが不安だった。仕事の都合によっては今日のように夜遅くに帰る事もあるのだ。
またあの男が現れないとも限らない。
もしかするとまだ隆文を諦めていないかもしれない。
「……………うっ」
「決まりだな」
「背に腹は代えられないってか…。ん…?ちょっと待て。そういえば守るって具体的にはどうするんだよ。まさかボディガードのように四六時中つきまとってんのか」
「そこまで僕は暇ではない。ただ君が先ほどのようなピンチに陥った際には守ってやろう。君はその見返りとして僕に住まいを一時提供してくれればいい」
「つまりは行くところがない宿無しって事かい。世界探偵さんとやら……」
段々話が見えてきた。隆文は半眼で探偵を見た。
「ふはははっ。世の中、ギブアンドテークだっ!」
「おいおいおい。俺ばかりが損をするギブテだな」
隆文はガックリと肩を落とした。
「まぁ、本当に少しの間だったらいいけどよ。その前にお前、その格好はどうにかならないのか?何で全身青ずくめなんだよ。目立ってしょうがねーだろうが」
すると青鬼は自分の服を引っ張って見た。
「君は知らないのかい?この色は世界探偵たる証。正義に燃える静かな闘志の色なのだよ。ちなみに僕は下着の色もこの色で統一している。見かるね?」
「見んわっ!つか、ベルトに手をかけるな」
隆文は激しい頭痛を感じ、ベンチに再び座り込んだ。
この風変わりな自称探偵と隆文との縁はここから始まった。
この男と関わった事で、平凡だった隆文の人生は波乱の大海へと流されていく事になるとは、この時の二人はまだ知らなかった。
次のパートは連続怪死事件の「首謀者」サイドのお話になる予定です。血なまぐさいお話ばかりで、全然主人公カップルの話にならないな…。ジャンルが恋愛なのに…。