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闇に抱かれて眠れ、月の子よ…

ようやく冒頭のシーンの続きがここで登場です。

「そうですね、ではもう一度最初からあなたが遺体を発見した時の状況を…………」


「……………………………」


今日で何度目かになる刑事からの状況確認に隆文はうんざりという顔で頬杖をついた。


「別にただ普通に仕事をしていて、その最中にちょっとだけ海の方を見ていただけっすよ。そしたらユラユラって何かが漂ってるなって気付いて、何かなって覗き込んだらそれが人間だったんです」


真冬の東京湾に漂着した水死体は独特な損壊状態から、今巷で頻発している連続怪死事件との関連が深いとされ、警察は更に詳しく捜査を始めた。

今日は朝から遺体の第一発見者である隆文と会社の関係者たちへの状況確認の為の取り調べが行われた。

特に第一発見者である隆文には念入りな調書が取られた。

長時間の拘束で疲れもあり、ついつい受け答えも雑になってしまう。


「あの、刑事さん。ちょっと外の空気吸ってきてもいいですか」

ついにその重い尋問の空気に耐えかねて、隆文は目の前に座る刑事にそう切り出してみた。

まだ年若い刑事は人の良さそうな顔を緩ませてそれを承諾してくれた。

「ああ、済みません。長い時間拘束しちゃって……。そうですね。うん。少し休憩しましょう」

そう言って刑事も一緒に席を立った。


ここは事件のあった東京湾にある事務所兼倉庫の一室だ。

社長が尋問にと空けた部屋なのだが、普段は在庫の荷物を保管しておく為の部屋なので籠もると黴くさい。

刑事は部屋の中央に持ってきたダルマストーブに手を翳した。


「うーっ、今日も冷えるね」

「………………………」

隆文はそれには応えず、黙って部屋を後にした。

部屋を出ると二人程、出入り口を塞ぐように警官が立っていたので軽く頭を下げて細い通路を出口へと歩き出す。

警官の姿が見えなくなると開放感に包まれたが、細く狭い廊下はもっと冷えていて息を吐くと白く濁った。


「あっ、真木さんっ!」


その時だった。

奥の通路から繋ぎの作業着の上に派手なオレンジ色のジャケットを羽織った後輩の上田知久がパタパタと走ってきた。

やはり冷えるのか頬や鼻の頭が真っ赤だった。

上田は白い息を吐きながら隆文の前までやって来た。

「尋問、終わりましたか?」

「いいや。まだだ、今はただの休憩。他の皆は?」

上田は隆文の尋問がまだ終わってないと知ると、少し寂しそうな顔をして首を振った。

「皆はもう普通に作業してます。現場検証も終わって鑑識の人たちも昼前には帰って行きましたし」

「マジかよ……。そんじゃ残ったのは俺だけって事か。まさか俺を疑ってんじゃないだろうな……。畜生、何だって俺が第一発見者になっちまったんだよ」

「本当っすよね。真木さんは絶対に違うって俺っちは知ってますよ。何かあったら俺っちが証言してやりますよ」

「知久……」

隆文は後輩の言葉に鼻の奥がツンとした。それを隠すように少しうつむく。

「でも遺体は海に投げ込まれる前に殺されていたって話ですよ。それも今度は骨盤を抜かれて…。だから警察も完全にアリバイのある真木さんを犯人としては疑ってないと思います」

「何だよ、骨盤って……」

「背筋の寒くなる話ですよね」

上田は身震いするように肩をさする。実際この廊下は寒いのだが……。

そう突っ込みたいところだが、そろそろ尋問を再開するべく例の年若い刑事が背後の廊下から顔を覗かせていた。

「それじゃあ、俺行かないと……」

「あっ、済みません。何だか引き留めてしまって」

「いいよ。お陰で気分転換出来た。皆にも宜しくな」

「はい。真木さんも頑張って下さい」

そう言って心配げな顔で上田は持ち場に戻って行った。

残された隆文は軽く首を回すと、また先ほどの部屋に戻る。


連続怪死事件とは、今から三ヶ月前に井の頭公園の片隅で二十代の女性が無惨な遺体で発見された事に

端を発する。

彼女は池の畔で俯せに倒れていた。

それを早朝、廃品回収を生業にしている路上生活者の男性が発見した。

その後の司法解剖の結果、彼女はこの近くに住むネイリストで、死因は失血死とされた。

だが遺体の状態が酷く、彼女は頸骨から下、肋骨を失っていた。

支えを失った遺体は背骨のみでウナギか蛇のようにぐねぐねと池を漂って畔に漂着したようだ。


それからだ。東京のあちらこちらの池や川、沼等の水場で身体の一部を抜き取られた遺体が発見されるようになったのは。

マスコミやオカルト誌はそれに飛びつき、連日のように特集を組んで騒ぎ立てた。

それは明治大正期に一時期流行った猟奇的オカルトブームの再来のような盛り上がり方だった。

警察は危険とされる海や水辺へ近付く事を禁じ、市民プールも閉鎖させた。

特に川と隣接した小学校や中学校等は集団登校をさせ、それに保護者も同伴させる徹底ぶりだったが、事件は一向に終息へと向かない。

この不安な状態は三ヶ月経過した現在でも続いている。

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