第9話 前進
恋をして、愛を知る。
それが恋愛というなら、私はまだまだ恋愛の初心者だ。
でも、恋も愛も、未熟ながらに学んできたはず。
踏み出せなかった一歩も、踏み出した一歩も、
私を大きく前進させる大事な道をつくってゆく。
何度も、後ろを振り返り、何度も、前を見据えた。
歩こう。
私の道を。
ビンゴ大会やら、じゃんけん大会やら、一通り終えて、会場は歓談の雰囲気だ。
いまいち盛り上がれない私と俊雄は、隅っこのテーブルに座って、ちびちびとお酒を飲んでいた。
「トイレ行ってくる。」
俊雄がトイレに行ってしまったのと入れ替わりで、彼がやって来た。
「秋ちゃん、楽しんでる?」
「うん。もちろん。」
ぎこちない笑顔で答えると、彼はふうとため息をついた。
「カレシとうまくいってないんでしょ?
全然カレシとしゃべってないの、ばればれ。」
意外とするどい。
私は肯定もせず、否定もせず、口をつぐんだ。
「あきちゃん、素直じゃないからね〜。」
俊雄の方をちらりと見ると、トイレが混んでいるのか、トイレのところに立ったままだ。
「ケンカしてるの。どうすればいいかわかんなくて。」
彼はにっこりと微笑んだ。
「素直になればいいだけだよ。伝えたいこと、伝えればいいだけ。
これ、オレの得意技。」
得意満面の笑顔だ。
そうだね。
あんたとカノジョ、しょっちゅうケンカして別れたのに、また付き合ってた。
それは素直になって、伝えたいこと伝えたからなんだ。
「一言でいいんだよ。」
「うん。そうだね。」
彼は、胸ポケットにささっていた白い百合の花を取って、私に手渡してきた。
「あげる。」
私は厳かな気持ちでそれを受け取った。
ウエディングブーケみたいだったから。
彼もそのつもりだったんだろう。
「ブーケは、カノジョがカノジョの友達にあげたから、オレのは、オレの大事なお友達にあげようと思ってさ。」
キザな事をする。
私は笑いながら、泣いていた。
「次に幸せになるのが、秋ちゃんでありますように。」
「ありがとう。」
白い百合の花の香りを嗅ぐ。
洗練された心洗われる香り。
彼の幸せを、分けてもらおう。
「ありがとね。」
彼から、私はいろんなものをもらった。
恋する気持ち。
素直になる心。
幸せの笑顔。
彼が、世界一の幸せを手に入れたこの日。
私は彼から、幸せのかけらをもらった。
「幸せに、なってね。」
私がそう言うと、彼は、「うん!」と言って、世界一の笑顔を見せてくれた。
帰り道。
無言で前を歩く俊雄に並ぼうと駆ける。
街灯の少ない路地裏は、とても寂しげな雰囲気だ。
「俊雄!」
追いついても、歩くのが早い俊雄とはすぐ距離が出来てしまう。
「待ってよ!」
ぴたりと止まって、ふり返る俊雄。
けれど、すぐ正面を見て、今度はゆっくり歩き出した。
怒ってるけど、優しい俊雄。
私は俊雄の横にたどり着き、俊雄の手を取った。
彼からもらった百合の花を反対の手で握り締める。
たった一言でいいんだ。
伝えたいことを伝えよう。
たった一言。
それだけでいいんだ。
覚悟を決めて、私は言った。
「・・・・・・好き。」
俊雄の目が泳いで、私をとらえる。
初めてだった。
今まで、こんなにはっきり俊雄に気持ちを伝えたことはなかったのだ。
「何?もう一回言って。」
恥ずかしいのに!
私はほっぺを膨らませながら、もう一度言った。
「好き。」
俊雄は「はあああ」と言いながら、しゃがみこんでしまった。
「ちょ、ちょっと。」
私もしゃがみこんで俊雄の肩に触れる。
「秋。」
「ん?」
腕の間にうずめた顔を起こし、俊雄は私を見据える。
「結婚しよっか。俺たちも。」
私は、道路にお尻をついて、笑ってしまった。
「俺は本気だぞ。」
俊雄は真顔でふてくされる。
「やだ。」
「なんで?!」
「就職して3年は働きたいもん。」
立ち上がろうとしながら言うと、俊雄は手を貸してくれた。
「でも。」
俊雄の手をつかんだまま、もう片方の手を取る。
「3年したら、結婚してもいいよ。」
俊雄が顔を真っ赤にして、笑う。
私も笑う。
お互い向き合って、手を取り合い、笑いあう。
たった一言だけど、とても重要な言葉。
伝えて、伝わって、気持ちはつながる。
彼が教えてくれたことが恋なら、
俊雄が教えてくれたのは、恋愛なのかな。
これからも一緒にいたいと思わせてくれた人。
だから。
これからも伝えていこう。
たった一言の「好き」を。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
感想、ご指摘、お待ちしております。
恋愛ものではありませんが、もうひとつ連載物を書いておりますので、そちらも読んでいただけるとうれしいです(^^)