第5話 誤解
「秋ちゃんは将来何になりたい?」
バイト中、彼がポツリと聞いてきたことがあった。
「ん〜ま、普通にOLかな。」
夢は特に無かった。
しいていえば、お嫁さん?
「オレはお婿さんになりたいな。」
ぶっと思わず吹きだす。
「何言ってんの?」
「だってほんとにそう思ってんだよ。」
前に、彼の両親の仲があまりよくなくて、もしかしたら離婚するかもしれないことを聞いたことがあった。
それを思い出す。
幸せでない家庭で育った彼は、幸せな家庭を早く作りたいと願っていたのかもしれない。
その時私はそんなことを思った。
「あんたは、大丈夫だよ。」
「何が?」
「ちゃんと幸せなお婿さんになれるってこと。」
彼はすこし顔を赤くして、うれしそうに笑った。
「俊雄!」
講義の後、彼の結婚式の二次会の事を話そうと俊雄の元に駆けつける。
俊雄はどこか不満そうな顔をしていた。
「何?」
口調もなんか冷たい。
「あのさ・・・」
私が言いかけたのをさえぎり、俊雄は私の腕を引っ張った。
「オレも話したいことあるから、学食行こう。」
昼前の学食は人もまばらで閑散としていた。
一番奥の席に着く。
「秋さ、最近オレの事避けてるだろ?」
どきりと心臓が鳴る。
やっぱり避けてるのばれてたか。
「・・・別れたいわけ?」
「は?!」
俊雄の真剣な表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「秋がオレの事本気で好きで付き合いだしたわけじゃないのは、わかってた。
でも、付き合ってくうちに秋も本気になってくれるだろうと思ってたんだけどさ。」
「何、言ってんの?」
俊雄の言う通りだ。
私は、彼をあきらめるために、その時ちょうど告白してくれた俊雄と付き合いだした。
俊雄が好きと言ってくれた時、私は俊雄を好きだとは言えなかった。
でも。
今は、今は違う。
付き合うことで見えた俊雄の優しさや、自然でいさせてくれる包容力に私は惚れた。
そんな気持ちをどう伝えていいのかわからず、口をパクパクしていると、
「・・・オレ、次の講義、行くから。」
すっと立ち上がり、俊雄は足早に去っていった。
私は金魚のように口をパクパクさせたまま、呆然とそれを見ていた。
なぜ、こんなことに?
理由はただひとつだ。
私の気持ちがおかしな方向を向いてる。
定まらない気持ちの揺らぎが俊雄に伝わってしまった。
はっきりさせなければ。
けじめをつけなければ。
私は再び、彼の働くお店に来ていた。
真由は言った。
過去の後悔は、今後悔しないように行動するためにあるのだと。
私の後悔。
何度決意し、何度挫折したことだろう。
壊れるのが怖くて逃げてきた。
けれど、逃げて逃げてその先にあったのはただの後悔。
過去の思いに囚われるのは、もう終わりにする。
俊雄と向き合うために。
私自身の未来のために。
彼の働く姿が目に映る。
「また来ちゃった。」
彼の前に躍り出ると彼は驚いて後ろにのけぞった。
「秋ちゃん!」
「あんたの結婚式の二次会の服、買いに来たんだ。
なんかいいのある?」
彼は「あるよ〜」と言いつつ、迷うように店内をぐるりと見渡した。
「ああ、これ。秋ちゃんに似合うよ。」
彼が引っ張り出してきたのは淡いピンクのシフォン素材のワンピ。
「ええ?かわいすぎない?」
「秋ちゃん、なにげ目ぱっちり系だから、こういう淡い色似合うんだよ。」
そう言われて悪い気はしない。
試着してみると、けっこういい感じだ。
「ん。これにする。」
「決断早いね〜」
レジに行き、清算する。
「今日は休憩行った?」
「あと1時間後位かな。」
「じゃあ、待ってるから。ちょっと話したいことあるんだよね。」
彼の顔が見れない。
こうすることが本当に私にとっていいことなのだろうか?
俊雄を誤解させている今の私の行動は、果たして正しいと言えるのだろうか?
「わかった。休憩入る時、電話する。」
私は「じゃ、あとでね。」と、彼の顔も見ずに、お店を出た。
顔がほてっている。
熱くなっている自分の顔を押さえて、これはばればれに赤い顔だとがっくりする。
私は・・・未だに彼が好きなのだろうか?
それとも俊雄だけをちゃんと好き?
自分の気持ちがわからない。