第3話 勇気
「オリオン座はっけ〜ん!」
原チャで送ってあげたある日、彼はうれしそうに夜空を指差した。
「あんた、バカ?」
彼がさした方向は見当違い。
「オリオン座はあれだよ。真ん中に三ツ星があるやつ。」
「え?本当?秋ちゃんあたまいいねえ!」
「そんなの常識だよ。」
あきれる私を尻目に彼は「あれは?なんていう星座?」
と適当に夜空を指差す。
「知らないよ。詳しくないもん。」
「ふうん。じゃああれは秋ちゃん座だな。」
「意味わかんない!」
思わず吹きだす。
彼はいつもそうだった。
明るくてお調子者。
変なことばかり言っていて。
でも、そんなところがなぜか好きだった。
いつの間にやら来ていた彼の働く駅ビル。
こんな行動を取ってしまっている私は一体どうしてしまったのだろう。
俊雄という彼氏がいる。
いるのに、昔好きだった男を追いかけてる。
「ごめん俊雄・・・」
彼の働くショップを覗くと彼はいなかった。
休みだったのか。
なんとなく安心して帰ろうとした時、彼がニヤニヤと笑いながら横にいた。
「ビックリしたぁ・・・」
「秋ちゃん気付かないんだもん。」
「声かけてよ!」
「いつになったら気付くかなあと思って。」
ニヤニヤ笑いがさらに増す。
この顔に私はいつも弱かった。
「で?お買い物?」
そう聞かれて、私はここに来た目的が何だったのか、考えてもいなかったことに気付いた。
後悔しないように動かなければ。
そう思って来たけど、何をするつもりだったんだろう。
・・・そう、会いに来た。
会いに来たんだ。
でも、それを正直に言えるわけがない。
「あ、ええと・・・これ、このキャミ、昨日買い忘れてさあ。」
適当にその辺にあったキャミソールをつかみ、彼に手渡す。
「昨日?これ、今日入荷したやつだよ。」
「え?!じゃ、じゃあ似たようなやつがあったはずなんだけどなあ!あはは」
自分でも何言ってるのかよくわからない。
彼も不思議そうに首をかしげながら、
「じゃあ、これ買うの?キャミだけど、ちょっと高いよ?」
値札を見ると結構なお値段だった。
「・・・考える。」
彼の手からキャミを奪うと、陳列棚に戻した。
私はバカだ。
何がしたいのか自分でも全くわからない。
「秋ちゃん。時間あいてる?」
「え?なんで?」
「これから休憩だから、ゴハンつきあってよ。」
他愛ない会話を交わしながら、食事をする。
彼はうれしそうに結婚することになった経緯を語る。
16歳からずっと付き合ってきた彼女。
20歳を過ぎたら結婚したいとずっと思っていたこと。
早く子供が欲しくて仕方なかったこと。
彼の気持ちがずっと彼女に向いていたことが伝わってきた。
私に付け入る隙はずっとなかったのだと少し落ち込む。
「秋ちゃんは?彼氏は?」
迷った。
いると言うことが、なぜか言いづらかった。
「秋ちゃんかわいいのに彼氏つくんないから心配してたんだよ。」
「ほんとお?」
かわいいと言われて顔が緩む。
「もしかしたらレズなんじゃないかと思って。」
「彼氏いるから!」
彼の思わぬ言葉に思わず彼氏の存在をばらしてしまった。
私って・・・バカ。
私には彼に伝えなければいけない言葉があったはずだった。
でもいつもいつもその言葉は、のどの奥に詰まってでてこなかった。
その度落ち込んで。
そんなことの繰り返しに疲れていたはずだ。
なのに彼を目の前にするとやっぱりあの言葉がでてこない。
伝えたいのに、伝えられない。
怖がっていたら前に進めないのに。
だから、動こうと決意したのに。
過去の私を清算したい。
あの時の気持ちにけりをつけたい。
・・・俊雄とのこれからのためにも。
「あのさ。」
パスタをチュルンと吸い込んで、彼が私を見た。
「あのね。」
「うん?」
口をモグモグ動かしている彼はなんだか間抜けな顔だ。
「・・・彼女さあ、怒らない?私と2人でご飯食べたなんて知ったら。」
「大丈夫大丈夫!秋ちゃんのこと信用してるから!」
信用してる?意味がわからない。
「秋ちゃんとオレがやましい関係になるなんて絶対無いじゃん!
マブダチじゃん!カノジョもその辺わかってくれてるからさ。」
・・・本気でへこむから。
結局私はまたもや何も言えなかった。