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化け物屋開店  作者: くる ひなた
第一章 化け物屋
13/31

どら息子

 


 ――ドサリ


 そう音を立てて、客間のテーブルの上に置かれたのは、大きく膨らんだ麻の袋だった。

 それを持ってきた本人が、頼まれもしないのに袋を縛っていた紐を解いて、中身を曝け出す。

 そこに詰まっていたものがじゃらじゃらと硬質な音を響かせて崩れ、イヴは思わずごくりと唾を飲んだ。


「これだけ用意すれば文句はないだろう。今日こそ、いい返事をきかせてもらおう」


 そう言って、ソファに偉そうにふんぞり返ったのは、まだ若い男だった。

 赤銅色の髪の、それなりに整った容姿をしているが、如何せん目付きと態度が非常に悪い。

 まるで召使いを呼びつけるように乱暴に呼び鈴を鳴らし、扉を開いて応対したイヴの許しを得ぬままにずかずかと家に上がり込み、勝手に客間に居座った図々しい客。

 彼こそが領主シュザック候のドラ息子、ハグバルドだ。

 もうすでにラムール村にもイヴの家にも通い慣れた彼は、遠慮という言葉を知らない。

 その傍若無人な振る舞いは目に余るものがあり、彼を甘やかして育ててしまったシュザック候もひどく頭を痛めているらしい。

 ハグバルドの年の離れた兄は温厚で誠実な人柄で、父親に負けない良い領主になるだろうと、領民に慕われている。

 同じく年の離れた姉達も聡明で、それぞれ王都の名のある貴族の元に嫁ぎ、辺境伯シュザックの名を国王陛下にまで知らしめた。

 優秀な兄と姉達と比べられることが、甘やかされて育ったハグバルドをますます卑屈にさせ、荒れさせた。

 そんな彼を、プライドの高い高位の魔物であるアグネが嫌うのも当然のことだろう。

 ハグバルドはもちろん、イヴの家に来る途中泉でアグネを呼んだが、彼女が姿を現すことはなかった。

 何でも金の力で従えてきたハグバルドは、人間の女のように自分に媚を売らないアグネに戸惑い、いうことを聞かない彼女に苛立っていた。

 そしてその苛立ちの矛先は、いつも人魚との仲介役をする化け物屋の主人――イヴに向けられる。

 アグネが、彼よりも年下の田舎の村娘には従い、彼には見せない優しげな笑みを見せることを、ハグバルドは知っているからだ。

 父シュザック候が、やたらと化け物屋を贔屓にすることも気に入らない。

 そして、イヴが金儲けのために魔物達を侍らせていると思い込んでいるハグバルドは、大金を積んでも困ったような顔をする彼女がますます気に入らなかった。


「ごめんなさい、ハグバルドさん。アグネはペットでも物でもないので、お売りすることはできません」

「この金額ではまだ足りないと言う気か。どこまでも貪欲で卑しい女だな」

「ですから……金額の問題じゃあないんですってば……」


 引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔にするイヴに、領主の放蕩息子は憎々しげに吐き捨てた。

 そんなハグバルドの態度にフェンリルは眉を顰めながらも、イヴに直接の危害の可能性がない限りは黙殺するつもりか、彼女の隣でふせの体勢をして大人しくしている。

 一方、ぬいぐるみに憑依して始めて人前に出るウォルスは、怒りを隠し切れない様子。

 ハグバルドのあんまりな態度の頭に血を上らせ、飛び蹴りでもくらわせてやろうかと跳ねたが、それを察したイヴが膝に抱いて止めた。

 喚こうとした口も、彼女が両手で塞いでしまい、ふがふがと言葉にならない息が漏れるだけ。

 今のウォルスは、子犬サイズの小さな魔物にしか見えない。

 ハグバルドはそんな彼をじろりと見たが、その正体については特に興味がないらしく、すぐに視線を逸らした。


「とにかく、アグネと二人きりで話がしたい」

「あの、お気持ちは分かりますけど……突然お越しになっては、彼女の方にも都合というものが……」

「泉にいるのは分かっているんだ。アグネほど法外な対価を要求する魔物、半端な金持ちではそう易々と使えまい。先月隣の領主が王都からの客をもてなす席に呼んで以降、彼女の指名はないはずだ」

「……はあ、よくご存知で」


 別にスパイに見張らせているわけではなかろうが、ハルバルドはアグネの動向についてほぼ把握しているようだ。

「彼女は遠くの町で仕事をさせているので留守だ」などと、嘘をついて誤魔化そうとも無駄だと、イヴは先手を打たれた。

 彼のアグネへの執着は、相変わらず激しい。

 しかし対するアグネの方も、嫌と言ったら嫌なのだ。

 いくらイヴが頼みこんでも、ハグバルドを毛嫌いしている彼女は、二人きりで会うなんて承知しないだろう。

 イヴは、困ったなぁどうしたもんか……と、心の中で盛大にため息を吐いた。


 ――コトン


 そんな彼女の上に、すっと影が差した。

 何かと思って顔を上げると、お茶の用意を乗せた盆を持ったシドが傍らに立っていて、洗練された手付きでテーブルの上にそれを整えた。

 ハグバルドが家に上がり込んできた時、シドは昼食の片付けに台所にこもっていたので、二人が顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 ハグバルドはシドの人外な美貌に本能的な畏怖を感じ、一瞬うっと仰け反って怯んだようだった。

 しかしすぐに気を取り直すと、今度はふんと鼻を鳴らして顔wp顰め、蔑むように彼とイヴを見比べた。


「田舎娘のくせに、上等な男を侍らせていい気なもんだな。アグネを働かせて分捕った大金にものを言わせているのだろう」


 明らかなイヴに対する侮辱に、さすがにフェンリルもふせっていた身体を起こして、ハグバルドを睨みつけた。

 イヴの膝に抱かれて一時満足げにしていたウォルスも、再びいきり立つ。

 シドは怒りこそしないものの、おかしなことを言う奴だとでも言いたげに、ハグバルドに呆れたような眼差しを向けた。

 ただ、言われた本人であるイヴはというと、彼の言動にいちいち反応を返すのは馬鹿らしいとばかりに、へらりと作り笑いを浮かべて躱した。

 さらに、『化け物屋』の主人としては、今朝仲間入りを果たしたばかりの新人の宣伝に、ぬかりはない。


「いいえ、ハグバルドさん。彼もれっきとした化け物屋の一員ですよ。こう見えても、料理が得意なのです」

「……この男も、魔物なのか?」

「はい、この赤い目が何よりの証拠にございます。ご入用の際は、いつでもお気軽にご相談下さいませ」


 そんなイヴのにっこり営業スマイルに、ハルバルドは眉を顰めて吐き捨てた。


「汚らわしい。男娼などに用はないわ」

「はあ……」


 けれど、初心な田舎娘は笑顔の下で(ダンショーってなんだろう)と疑問符を浮かべ、謂れのない侮蔑を向けられたシド自身は気にもとめなかった。


 結局その後、アグネに会わせろの一点張りのハグバルドに困ったイヴは、何度か表の池や泉に足を運んでアグネを呼んだが、彼女はやはり姿現さなかった。

 二日酔いがまだ完全に癒えていなくて、気分が良くないのかもしれない。

 人魚は、気まぐれで我が侭な魔物だ。

 それは彼女達の特性でもあり扱いにくいが、それに堪えてでも側に置きたいと人間に思わせるほど美しく魅力的だ。

 水底のどこかで不貞腐れて、それでもアグネはイヴの声を聞いていたのだろう。


「アグ姐さーん。ところで、ブラのサイズは問題なかったー?」


 イヴがそう話題を変えると、しばらくしてバブルリングが一つぷかーと浮かんできた。

 質問に対するアグネの答え。Eカップブラジャーは、彼女の豊満な胸にしっくりきたようだ。

 イヴは、無理に彼女をハグバルドの前に引っ張り出す気のない。

 本人の意に添わぬ仕事はさせないのが、化け物屋のモットーである。

 もちろん、そんなルールに納得しないハグバルドは、「つべこべ言わずにアグネを連れて来い」ととにかくしつこかった。

 


 日が傾き始めた頃、ようやくハグバルドはイヴの家を後にした。

 宣言通り勤務を終えてやってきたロキが、彼を祖父である村長の家まで連れて帰ってくれたのだ。

 ロキは昼間に見たシドの存在をイヴに問いつめるつもりだったが、今日のところは迷惑な客に困っている彼女を助けることを優先してくれたらしい。

 正式にユングリング国家治安庁に属し、領主シュザック候から腕章を与えられたロキは、正義感に溢れ何ものにも屈しない頼もしい保安官だ。

 アグネに会えないままだと渋るハグバルドも、何か心に疾しいことでもあるのか、厳めしい保安官の制服のままやってきたロキにはそれほど頑な抵抗は見せなかった。


「また明日来る。アグネに、話を通しておけ」


 彼はそう言い残し、金貨の詰まった麻の袋を掴んで引き上げていった。


 ようやく出て行ってくれた招かれざる客を見送り、イヴは疲れたように大きくため息を吐いた。

 忍耐を試されるようなハグバルドとの時間に始終付き合ったフェンリルは、やれやれとようやく床から腰を上げ、本物の魔女の使い魔のようにイヴの肩に掴まっていた黒猫ウォルスは、ビロードの眉間を器用に顰めて憎々しげに言った。


「あいつ、明日も来るって。うんざりだな、まったく」

「うんざりだねぇ」

「もういっそ、あの人魚をあいつに売ってしまいなよ、イチゴちゃん。あの様子なら、言い値で売れるよ?」

「駄目だよ、ウォルス。化け物屋はあくまでも魔物との仲介役。アグ姐さん本人が望むならまだしも、人身売買みたいな取引はしないよ」


 ウォルスはなおも不満げだったが、イヴもそこは譲れないところだ。 

 化け物屋は魔物の譲渡はしない。

 ただもしも、依頼主と魔物本人双方が望むなら、彼らが共にいることに反対もしない。

 今までも、病でそう長くない寂しい老人に請われて、気の合ったピクシーを譲ったりというケースもあった。

 しかし今回の場合はアグネは嫌がるだろうし、何よりイヴ自身、人間的に未熟すぎるハグバルドに、大切な友人を預けるなど死んでもごめんだった。

 彼が心を入れ替えて、アグネも見直すような人間になってくれないものかと、望みの薄い自らの考えに無理無理と首を振る。

 とにかく一刻も早く諦めて、ハグバルドが村から出て行ってくれることを祈るしかなかった。


 イヴ達が玄関の鍵を閉めてダイニングにやってくると、テーブルの上にはすでに夕食の用意がなされていた。

 もちろん料理をこしらえたのは、接客するイヴ達を残して奥に引っ込んでいたシドだ。

 手を洗って席に着いたイヴにフォークを差し出す魔物を見上げ、(やっぱりエプロンを買ってあげよう)と思いながら、彼女はふと思い出したことを口にした。


「ところで、結局ダンショーって何なの? シドは、本当にそれなの?」

「イっ、イチゴちゃんっ!?」


 無邪気な様子で飛び出した質問に対し、ウォルスは「そんな言葉、女の子が口にしちゃいけません!」と叫んで、猫の両手でイヴの口をはしっと塞いだ。

 一方シドはというと、ニヤリと口端を引き上げて両腕を組んで答えた。


「イヴが望むなら、お前専属のそれになってやってもいいぞ」


 とたん、ウォルスからは華麗なとび蹴りが繰り出されたが、シド難なくそれを躱した。

 けれど、同じように噛み付いてくるかと思ったフェンリルは、何故かまた視線を逸らした。

 シドは横目でそんな彼を眺めて、ふむ……と顎を撫でた。




 その夜。


 イヴが眠った気配を確かめて、シドは家の外に出た。

 ウォルスは、ぬいぐるみ代わりにイヴのベッドに侍ることを許され、有頂天で彼女について行ったので、彼の背に声を掛けるものはいない。

 十六夜の今夜は、まだ月は大きく丸い。

 闇を抑えて辺りを照らす月明かりの中、玄関を潜ったシドの視線の先に一つ、佇む人影があった。

 シドは月の光にわずかに目を細めると、その人影に向かって声を掛けた。



「お前の真意を聞こうではないか――銀狼」





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