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化け物屋開店  作者: くる ひなた
第一章 化け物屋
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宝探し



 わんわんわんわん! ここ掘れわんわん――!



 ポチ――ならぬ銀色の毛並みの美しい狼が、吠えて知らせる土の地面。

 善良な正直爺さんに代わり、年頃の乙女が大きなスコップをざっくざっくと振り下ろし、一心不乱に掘り起こす。


「ここにすごいものがあるんだね、フェンリル。ご褒美は何がいいか、考えときな」

「……わんっ」


 明け方近くまで雨が降っていたので、土は湿りを帯びて柔らかく、実に掘りやすい。

 頬に土が飛ぼうと泥濘に足を取られようと、まったく気にしないで土をかき続ける少女を、フェンリルと呼ばれた銀狼が気遣わしげに眺めている。

 彼はいわゆる、魔物と呼ばれる生き物だ。

 昨夜は、満月だった。

 魔物が最も力を増すその夜に、銀色の獣は姿を変えて闇をゆき、精度を増した嗅覚で何かを捉えた。

 闇が去って朝日が昇ると、いつも通りのふさふさな毛並みに戻った彼は、主人を寝床から引っ張り出してその場所まで連れてきた。

 朝霧のまだ濃い中、ファンリルの主人――イヴは、ふわああと大欠伸をしながら銀狼の背中に跨がりやってくると、眠い目をごしごし擦りつつ辺りを見回した。

 そこは、何の変哲もない森の中の一角である。

 木の実や薬草を取りに何度も通ったことのある場所だが、その時も一緒にいたフェンリルは何も反応しなかった。

 しかし賢い魔物である彼は、これまでも何度かイヴに埋蔵金やお宝をもたらした功績がある。

 この日も、銀狼が前足でしきりに土を掻いて示した場所を掘り起こしながら、イヴはそこから素晴らしいものが出てくることを疑わなかった。


 ――ガツンッ……!

 

 ついに、スコップの先が何か堅いものに当たった。


「ううん、お宝の感触! 大物の予感っ!」


 一気にやる気を増したイヴは、鼻歌混じりにせっせと土を掘り返し、やがて埋っていた何かの表面があらわになった。


「……ん? これは……?」


 それは、大きな木の箱のように見えた。


「フェンリル、手伝って」


 あまりの大きさに、それを土から引っ張り出すのは無理と判断したイヴは、周りの土を丁寧にどけて、その場で蓋だけでも開けてみることにした。

 大きなスコップを放り出し、脇においていたシャベルを片手に自ら掘った穴に飛び込む。

 呼ばれたフェンリルもそれに倣い、穴に入っては両の前足で土をかいた。

 ほどなく、箱の蓋に乗っていた土はほぼすべて取り除かれ、描かれた紋様がよく見えるようになった。

 箱は、新しいものには見えないが表面の装飾は崩れた様子もなく、埋められた時からほとんど質は落ちていないのではなかろうか。

 その豪華な様子からして、中身がガラクタのはずはないだろうと期待は膨らむ。

 ただし、鍵はかかっていなかった。錠を通す部分はあるのに、その肝心の錠がないのだ。

 それが、イヴは少し引っ掛かる。 


「まさか、もう盗掘された後ってこと……ないよね?」

「わんっ!」


 彼女がそう尋ねると、前足を泥だらけにして箱の上にお座りしていた銀狼が、不満げに一つ吠えた。

 確かに彼は、愛する主人に空を掴ませるようなヘマはしないだろう。

 それよりも早く開けてみろというように、フェンリルは前足で箱の蓋をカリカリと掻いた。

「それでは、いよいよ御開帳ー」

 イヴがそう言って蓋を持ち上げようとすると、銀狼はぴょんと飛び上がって外に出て、主人の作業を見守るように穴の縁にお座りをした。

 鍵用の出っ張りに指を引っかけると、蓋は意外に軽々と開いた。

 土が落ちないように慎重に蓋を持ち上げたイヴは、半分ほど開いたところで脇からそっと中を覗き込んでみた。

 すると――


「――っ……!!」


 中身を見たイヴは驚いて息をのみ、つい手を滑らせてせっかく開きかけた蓋を落としてしまった。

 ゴン……ッ! と重い音がして蓋が閉じてしまったが、彼女はそんなことも気にせず慌てて穴から飛び出した。


「フェ、フェンリルっ! ちょっと、あれ……」

「わん」


 金銀財宝を予想してわくわくしながら覗いたイヴの目に映ったのは、期待に反してまったく別のもの。


「お宝どころか――棺桶じゃないかっ!」


 はっきりと全貌を見たわけではないが、中には明らかに人の形をしたものが横たわっていた。

 土の中に埋っていたのだ、生きている人間のわけがない。人形でなければ死体だろう。

 改めて穴の中を見下ろしたイヴは、蓋の閉まった箱をまじまじと眺める。

 これが棺桶だとするならば、大きさからして中に入っているのは大人――おそらく男性と思われる。


「やばあ、面倒くさあー! 嫌なもの掘り返しちゃったー……」


 村の共同墓地から遠く離れた場所であったので、油断した。

 イヴが住むの村の人々は皆信心深く、村人が亡くなると必ず丁重に墓地に葬られる。

 こんな適当に、森の中に埋めたりする輩はまずいないだろう。

 それならば、今イヴが掘り出してしまった棺桶は、共同墓地が整えられるよりも前のずっと大昔に埋められたのだろうか。

 しかし、それにしては外観はまったく腐食した様子もないし、ちらりとみただけだが中身の遺体も骨には見えなかった。

 もしかしたら、村人に知られないように誰かがこっそり、あるいは外部からやって来た人間が埋めた、訳ありの棺かもしれない。

 どちらにせよ、イヴが面倒なものを見つけてしまったことには変わりはない。 

 本当なら、村の保安官に届け出て、事件に巻き込まれた遺体ではないか確認してもらわなければならないだろう。

 しかし……


「アイツに知れたら、絶対に面倒なことになる……」


 イヴはげんなりとため息を吐いた。

 イヴが住むラムール村唯一の保安官は、彼女の幼馴染み。

 情熱的で正義感溢れる、保安官としてはこの上なく頼もしい青年であるが、いささか暑苦しいのが玉にキズ。

 怪しい棺桶を見つけたなどと知らせれば、現場検証から事情聴取まで、長時間拘束されるに決まっている。見知らぬ遺体の事情になどまったく興味のないイヴは、そんな無駄な時間を過ごすのはご免だった。


「――よし。見なかったことにしよう」

「わっ――わわんっ!」


 幸い、このことを知っているのはイヴとフェンリルだけだ。 

 彼女は面倒ごとを避けるために、棺桶を再び埋め直すことに決めた。

 そうと決まれば早いに超したことはことはないと、再び大きなスコップを手に取り土を戻し始めたイヴを、慌てた様子で銀狼が止めようとする。

 掘り起こすのはたいへんだが、かき出した土を穴に戻すのはわりと簡単な作業だ。

 イヴは自分の服を引っ張ってやめさせようとするフェンリルに構わず、間もなく地面を元通りの平に戻し終えた。堀ったことがばれないように、落ち葉や枯れ木を被せてカモフラージュし、完璧だ。

 さて、あとは村人に目撃されないうちに森を出て、土に汚れたスコップを抱えてさっさと家に帰らねば。


「ああ、重労働。とんだ無駄足だった。――フェンリル、君、朝ご飯抜きだからね」


 イヴはまだ背後で名残惜しげに土を掻いている銀狼にペナルティを告げると、くるりと踵を返してその場を後にしようとした。


 だが、その時――



「――まて」



 地の底から響いてくるような、重い強い声が、イヴの足をその場に縫い付けた。


「――なに……?」


 次いで、えも言われぬ感覚が足元から這い上がり、全身が総毛立つ。

 イヴが思わず後ろを振り返ったのと、埋めた穴の側からフェンリルが飛び退いたのは、同時だった。

 次の瞬間――



 ――ドンッ……!!



 イヴが先ほど被せたはずの土が、辺りの落ち葉もろとも大きく噴き上がって宙を舞った。

 それだけではない。

 閉じたはずの棺桶の蓋も、高く高く跳ね上がったのだ。


「――っ!?」


 声も出ない主人の前に、素早く駆け寄ってきた銀狼が庇うように立ち塞がった。

 イヴは目の前の柔らかな毛並みに縋るように触れ、その温かさに少しだけ安堵すると、ごくりとひとつ息をのんで前方の光景に目を凝らす。

 噴き上がった土は重力に従ってばらばらと辺りに落ち、その分ぽっかりと開いた穴の中から、すっと何かが現れた。


 ――人だ。


 それは、人の形をしていた。




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