91:後輩に〇〇をいじられる
俺が応援団で着る学ラン(獅子神さん特注)の前に、息をするのも辛いほどきつく“サラシ”を胸下から腰辺りまで巻いていた(巻かれていた)時、【騎馬戦】に参加していた河南たちが帰ってきた。
獅子神さんと会話したり、現状としてサラシをきつく巻かれて観戦どころの話ではなかったが、2位という上々の結果だったという。男子が終わった時点で順位の変動は無く、女子の結果をふまえたうえでも、やはり最後の【応援団演舞・団対抗マスゲーム】で、優勝の如何が決まるようだ。
「よし、じゃあ気合入れんとな!」
「あぁ。……ところで大川(健一)はどこだ?」
ん?河南に指摘されて気付いたが、そういや健一はどこに行ったんだ?
「お、おまだぜぇ……」
「うぉ!?どうした健一!!」
噂をすれば影……というわけではないが、仮設(更衣用)テントにやって来た健一は、なんつーか……ボロボロ状態である。うん、ボロボロ……。体育祭用の“団シャツ”は所々擦り切れたり破れたり泥が付着していたり、顔も殴られたように腫れている。
「めっぢゃがわいぃ女の子がいだがら、なんばじようどじだら、がれじがいで、ぼっごっぼご……」
ほほぉ……要訳すると「可愛い女の子がいたからナンパしたら彼氏付きで、逆上した彼氏にボコボコにされた」ってことか……。まぁ、健一らしいといえばそれまでだが、コイツのアクティブな行動力は尊敬に値するな。ただ方向性は間違ってるけど。
「はぁ……とりあえずその“みっともない顔”をどうにかしないとな」
「まったくだ。ただでさえ“みっともない顔”だというのに……」
「ぢょっ!?びどぐない?(ちょっ!?ひどくない?)」
悪いな健一、フォローも出来ねぇ。河南の言うことはいちいち尤もだしな。それに―――
「(如月も苦労するな)」
「(同感だ。なんだってコイツなんだろうか?如月なら引く手数多だろうに)」
アイコンタクトで意思が通じたらしい。俺と河南は同時に
「「ハァ……」」
ため息を吐いた。
→→→
きつく巻かれたサラシの圧迫感に耐えながら、ヘアメイクの最中である。まぁ手伝ってもらっているので椅子に座っているだけだが、他者に髪を触られたり体を触られたりするのは、どうも気持ちの良いものではない。とはいえ髪型は自分で弄ろうにも、後頭部が見えるわけでもないので、素直に紫団の大看板担当をしていた女子に任せている。
「相澤先輩は染髪します?」
「染髪?」
「はい!スプレー式の染髪剤があるんですよ。別に本当に染めるわけじゃないので、洗えば落とせるタイプなんですよ!」
はぁ~今はそんなものもあるのか……染髪なんて興味なかったからよくわからんけど、まぁなんというか……絶対この後輩、俺を染髪したがっている!なんせ既にスプレー缶を手に持ってるし!!
「う、うぅむ……」
「あ、じゃあ“付け毛”みたいな部分染めとかどうですか?」
間違いない……渋る俺だが、向こう(後輩)も諦めるつもりは無いらしい。というより、部分染めなんて出来るのか。すげぇな。
「じゃ、じゃあソレやってもらおっかな……」
「了解です!何色にします?やっぱ紫団なんで紫とか?」
うん、紫は無いな!
こうして俺は、後輩に髪の毛を散々いじられることとなる。その間、約20分……うぅ、辛ぇ……
「出来ました!!」
「えっと、どれどれ……」
ようやく完成したらしい。ずっと椅子に座りっぱなしで動くに動けない状態だったから、「う~~ん!」と一度、大きくノビをしてから手鏡を受け取り確認―――
「へぇ、すごいな!」
「似合ってますよ先輩!!」
入院していた(6月)頃から髪は切っていなかったので幾らか伸びていたのだが、後輩はソレを利用してオールバックに仕立てた。部分染めについては、額の両端の2箇所を付け毛のようにきれいに染め上げた。赤色に。
自分の顔つき上、オールバックなんかにしたら本当にチンピラに思われる可能性が大きいのだが、部分染めで緩和できてる……と思う。
なんにせよ、自分の想像よりも全然良く出来ていたことに感心。
「さあってと、河南たちはどうだろうか?」
2学年の応援団員の中では一番早く準備が終わったので、今度は同団のメンバーの様子をのぞいてみることに。まずは河南である。
「うぉ!?パツ金!!」
「まぁ多少はハメを外してみるのもいいだろうと思ってな」
河南は普段の黒髪(俺もだが)からガラっと変わって金髪。少し長い髪は後頭部で一括りにされ、なんというか“異国の侍”のような感じだ。しかしまぁよく似合ってるな……俺と同様に不良に間違われやすい顔つきだが、精悍という表現が似合っている。まさに“応援団長”に相応しい様相だ。
「由希は部分染めにしたのか。俺が言っても嬉しくはないだろうが、よく似合ってる」
「秋斗(河南)もな!すっげぇ似合ってるぜ!」
「そうか?良かった。結城たちは“別テント”にいるが、まぁ問題は無いだろう。それよりも―――」
と、言いかけた河南の視線の先には……なんだあのミイラ!?
「アレは誰だ?」
「いや、知らん」
顔面を包帯でぐるぐるに巻かれたヤツがいる。着ている団シャツの具合からして健一だが、不気味極まりない。河南も俺も健一だとわかっているうえでのやり取りだが、その事に気付かない健一は包帯により声がくぐもってはいるが―――
「俺だよ!大川だよ!!ってか前が見えない!!!!」
「健一、なぜお前はミイラみたいな格好をしてるんだ?」
「よくぞ聞いてくれた秋斗くん!」
うわぁ、「秋斗くん」だって!健一は見えてないからわかんねぇだろうが、河南はあからさまに「うぜぇ……」という表情をしている。しかもミイラから言われてるようなもんだしな……キモイことこの上ない。
「甘ったるい名前の“おじさん”から新しい“顔”でも焼いてもらったのか?」
「違ぇよ!!」
おぉ、河南のボケにマジツッコミが出た。包帯でくぐもってるが、健一のツッコミにもキレがある。
「じゃあ顔面がツギハギになっているモグリの“医者”からみっともない顔を普通の顔に直してもらったのか?」
「整形でもねぇよ!!可愛い後輩の女の子に「先輩、ちょっと顔を隠しますね」って手厚く看護してもらったんだよ!!」
健一……それたぶん違う。おそらく「見るな!キモイ!!」がその後輩の本心だよ!!