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90:仮設テントで……

 【団体競技】がメインとなる午後の競技……とりわけ【騎馬戦】・【棒倒し】・【応援団演舞・マスゲーム】は、配点も高くて競技総合の“花形”とも言われている。

 【棒倒し】は猛者の集う青団に、黄団も紫団も戦略的に対抗したが、所詮は“力に勝るものは無し”といわんばかりに蹴散らされ、あっという間に―――


「逆転されてる……」


 元々が僅差の順位、一競技で順位の変動があったりする。【棒倒し】で青団が一躍トップに躍り出たのが、その良い例だ。

 とはいえ、やはり1~3位の点差は均衡。残された競技は【総合騎馬戦】・【アメ食い競争】・【応援団演舞・マスゲーム】なんかが、配点競技である。【アメ食い競争】と【応援団】の合間にちょっとしたグラウンド整備が入るが、その間も放送席では余興程度のクイズなんかをやったりと、保護者・関係者が飽きないようにと綿密に進行を練っているんだとか。ちなみに【グラウンド整備】中に各団の応援団は準備に取り掛かる。俺は既に【応援団演舞】以外の全ての競技が終わっているので、ちょっとした衣装部屋(仮設テント)にてお着替え中。団長である河南は、【総合騎馬戦】に選手として出場するので、まだ来ていない。


「ういっす!」

「うい~っておわっ!?な、なんすか獅子神さん!」


 テント入り口にて気軽な挨拶が男子応援団の耳に届く。んでまた相手の顔なんて一々見るでもなく気軽に挨拶を返して何気なく声の方へと振り返れば、仮設テント(更衣室)内を興味津々に覗き込んでいる獅子神さんが……。

 一応でもなく獅子神さんは“女性”であり、うちの母(奈々子)が自社CMのモデルに起用するほどの美人さん。しかも一部じゃ有名人なもんだから、俺を含めた男子の一同は、自分の格好(パンツ一枚とか)に恥ずかしさを覚え、慌てて服を着たり露出した肌を隠そうと身近にあったものを手に掴んだりと様々。


「んあ?なにやってんだお前ら」


 と、俺らの行動や格好を見てもまったく動じない獅子神さんは、頭に(?)マークを浮かべたように首を傾げた。


「と、とりあえず何しに来たんですか?」

「ん?お、おぉ悪い悪い!実は相澤にとっておきの衣装を持ってきたんだよ!!」


 俺の問いに一瞬だけ「はて?」と再び首を傾げたのは気にしないとして、何かを思い出した獅子神さんが、紙袋を差し出した。“衣装”と言ってたんだが、応援団衣装は既に俺の手元にあるんだが……はて?


 と、渡された紙袋から“衣装”を取り出す。……んだが、なんてことはない、俺が注文したとおりの衣装と前面はほぼ変わらない。何がとっておきなんだろうと背面を見て、俺は獅子神さんのいう“とっておき”の意味を理解した。


「これって―――」

「……美雪に告白すんだろ?」

「な、なんで」


 「知ってるんですか!?」と言いかけて、ここが自分と獅子神さん以外にも大勢の人間が居ることを思い出し、慌てて口をつぐんだ。そもそも、なぜ獅子神さんがその事を知ってる!?このことを知ってるのは俺を含めて(河南・如月・結城・湊)の5人のはず。健一は口が軽いから話してないのに……


「河南ってヤツがいんだろ?あいつから聞きだしたんよ」

「あ、あんにゃろ~……!」

「おいおい、河南は悪くねえよ!アタシが無理やり聞き出したようなもんだからな」


 む、無理やりて……


「まぁ、ここ最近ちぃとばかし相澤の様子がおかしかったんでな、ちとばかしこぶしちらつかせて聞いてみたんよ」

「うおぃ!?」

「はっはっは!案外素直にゲロっちまったんで拍子抜けしたけどよ。んで、アタシも相澤には世話になりっぱなしだし……な」


 俺の友達を脅したというのは引っかかるが……で、衣装これか……。気持ちは非常にありがたいんだが―――


「獅子神さん、世話になりっぱなしなのは俺のほうなのに……」


 きっかけは、暴走族の喧嘩で不意打ち喰らってボッコボコにされて地面に突っ伏してた獅子神さんを介抱したのだが、俺はそれをお世話したとは思っていない。それどころか、変態姉妹(綾館姉妹)に比べりゃはるかに常識人だし、美雪さんの暴走を止めたり、俺ら応援団の衣装の発注の手伝いや、俺ら年下なのに対等に接してくれたり……母の暴走に付き合ってくれたりと、世話になってるのは俺ばっかで……


「……あのさ、恥ずかしい話なんだけどよ……アタシ、歳の近い友達なんていねぇんだ……目つきはワリィしがさつだし、喧嘩しか能のない……誰も近寄っちゃこねぇ……けど、相澤だけは違ってたんだよな……こんなバカみたいなアタシのために命を張って守ってくれた……アタシを友達だって言ってくれた……他人からみりゃ当たり前かもしんねえけどさ……それでも、やっぱ嬉かったんだ」

「……獅子神さん……」

「だからさ、これはアタシからの気持ちだ。友達だちのために何か力になってやりたいなんて、アタシのガラじゃねえんだろうけど……」


 ヘヘッと照れくさそうに、獅子神さんは鼻っ柱をぽりぽりと掻いた。俺が獅子神さんを“友達”と言ったことに、そこまで深い意味なんて無くて……けど、誰かのために何か力になってやりたいって気持ちは、俺にだってある。今回の場合、獅子神さんにとっての“誰か”というのは、俺のことであって、そう言われると、やっぱり嬉しくなるのは当たり前で―――


「獅子神さん、ありがとうございます……!」

「いいか、ぜってぇ悔いの無い結果を残せよ!!」


 ここまで言われて、「やっぱり返す」なんてのは失礼だ。それに、こうして自分のために力を貸してくれた獅子神さんのためにも、俺はこの“衣装”を着て、本番に臨みたい……。

 獅子神さんは「頑張れ」とは言わない。けど、それがかえってありがたかった。

 がっちりと握手を交わした後、獅子神さんは「じゃな、相澤の晴れ舞台、楽しみにしてるぜ!」と言ったあと、仮設テントから出て行った。



“澤落つる 美しき雪 愛でながら 心を写す 一度ひとたびの舞”



 黒い布地に白銀の刺繍糸ではっきりと刻まれたのは、獅子神さんなりの短歌だろうか……?専門家が見れば他愛も無い内容の刺繍でも、俺は妙にその短歌が気に入った。

 獅子神さんへの礼は、【応援団演舞】の名に恥じない演舞で応えよう。そして体育祭が終わったら―――


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