87:後半戦突入!~女心は怖いもの?~
おそらくタイトルどおりです。
体育祭も残り半分となった……。現在は下馬評どおり紫団が後続(2位の青団)を15点ほど引き離している状態で、暫定トップ。けど、独走状態でもない接戦……。
後半戦は個人種目から【団体戦】が主となる競技が多い。当然、競技配点も大きいので、1度の最下位で、団の順位も大きく変わってくるだろう……。
午後の最初の競技は女子の【玉入れ】。自団の色の付いた“お手玉”を、自団の籠へと投げ入れる“アレ”である。
俺は午後の競技の出番が少なく、最初のうちは男子の応援団の練習(演舞確認)のために応援団席裏で練習をしていたのだが、突然、グラウンドが騒々しくなった。
……ざわつきというよりも“怒号”、声援というよりも“罵声”が飛び交っている……
「てめぇ調子こいてんじゃねぇぞっ!!」
「うるさい負け犬風情がぁっ!!」
あまりに殺気立った声……恐る恐るスタンド席からグラウンドの方へと顔を出した瞬間―――
ビュオッ!!!!
俺の頬のスレスレを、“何か”が通り過ぎて行った。そして背後にいた健一の顔面に「ズドオォッ!!」というとてつもない衝撃音と共に、その“何か”が直撃。「ギャウッ!!」と、わけもわからん悲鳴を上げた健一は、完全KO状態で地面に伏した……。
「健一ぃっ!?どうしたっ!???」
「きゅうぅ~」
ダメだ、完全に白目むいてやがる……。気絶した健一をとりあえずは応援団席裏に引きずって行ったのだが、そこには男子連中の全てが集まって、その全員の表情が脅えきっていた。
相変わらず、グラウンドには不良顔負けの恐ろしい台詞が飛び交い、応援団席には「バシっ!バシっ!!」と、何かが飛んできている。
「な、何があったんすか!?」
「せ、戦争だ……女の戦いが勃発してんだよ!!」
先輩の口から出た言葉に、思わず「はっ?」と言いそうになった。何を冗談言ってんだか、なんて思ったのだが、先輩の目は本気である。それに他の男子連中も、茶化すようなことを言わないし、皆が口々に「怖えよぉ!」だの「あ、あぁ……」だのと脅えたままだ。
その後5分間ほど、グラウンドには女子達の【おぞましい罵声】と、男子達の【悲鳴】が木霊した……。
“グラウンドの整備”という形で中止になった【玉入れ】競技……。とりあえず参加していた如月と結城、そして湊……は相変わらずの無言状態なので、この二人から話を聞いてみた。
「女の心は怖いにゃぁ~!!」
「ことの発端は、緑団の樺島先輩と白団の高嶺先輩なんだけどさ……」
如月のいう樺島先輩と高嶺先輩というのは、嶺桜高校で年に2回(春・秋)行われる【嶺桜美少女ランキング】に毎回名を連ねる常連さんで、あまりそういったことに興味のない俺でも知っている有名人だ。
如月の話では、その二人には彼氏がいるのだが、その彼氏というのがまた厄介なことに、樺島先輩と高嶺先輩に二股をかけていたとか。そこで二人は「どちらが本気でどちらが遊びなのっ!?」と彼氏に詰め寄ったらしく、その気迫に負けた彼氏が「花(高嶺先輩)が本命の彼女だよ」と、言ってしまったんだとかで、その返答に納得のいかなかった樺島先輩が【玉入れ】競技を利用して、怨念を込めた“お手玉”を高嶺先輩に投げつけた……ということから、この惨事が起こった……らしい。
もっとも、発端はこの先輩二人だけなので他の女子には関係の無いことだったのだが、互いが投げていたお手玉が他の女子や他の団の女子に当たり、いつの間にか騒動が拡大したんだそうな……。
「浮気はだめにゃ!最低にゃ!!」
「……同意」
「ホンット、私らにとっちゃいい迷惑だわ。まぁ騒動の最中に逃げ出そうとした橙団の彼氏を引きずり出したのは、正解だったわ!」
「まったくにゃ!マイはさすがにゃ!!」
あぁ……あのグラウンドの中央でボロ雑巾と化したあの人型のような物体が、ことの【元凶】か。それにしても―――
「如月はよく高嶺先輩の彼氏のことを知ってたな?」
「あぁ、そりゃね。私も“一応”ナンパされたことがあるのよ」
「はぁ??」
如月がナンパされたのは初耳だ。まぁ一般的に“美少女”の部類に入るであろう如月がナンパされたというのは、おかしい話でもない。しかし、それとこれとがどう「高嶺先輩の彼氏」に結びつくんだ?
「“高嶺の花”を射止めた男って、わりと有名な話しだし、そもそも私がナンパされた頃には高嶺先輩とあの“ボロ雑巾”は付き合ってたしね」
ま、マジ!?俺、まったく知らねぇ……。ってか、たぶん美雪先輩との毎日の攻防で、そんなヒマすらなかったのが原因かもしれんが―――
「だいたいさぁ、私ってメンクイだけど、“アレ”はダメだわ……。私には……が……るし……」
「ん?なんか言った??」
「あ、あぁ、なんでもない!」
あ、あはは、と口を濁した如月は、早々に女子更衣室へと着替えに戻る。
「マイはずっと、健一が好きなのにゃ。だからあの“ボロ雑巾”にナンパされたときも、瞬時に断ってたのにゃ」
「……はぇ!?」
結城の思いがけない爆弾発言に、俺はお手玉が直撃して気絶した健一以上に素っ頓狂な声を上げてしまった。ってか、えぇっ!???
「ユッキ~は気付いてなかったにゃ?」
「気付くも何も、初耳だって!ってか、マジ!?」
「大マジにゃ!大体、いつもの様子を見てるとわかるにゃん!」
……いつもの様子って―――
「すまん、皆目検討もつかん。だいたい如月が健一をボッコボコにしてるイメージしか……」
「それだにゃ。アレはスキンシップのようなものにゃ!マイは照れ屋さんだからにゃ~」
そ、そうなの!?ってか照れ屋さんだからボッコボコはバイオレンス過ぎないか?
「クラスのみんなも知ってるしアッキ~(河南秋斗)も知ってるにゃ!」
「マジか!?知らなかったの俺だけ!???」
「ユッキ~は単に鈍感なだけにゃ」
うおぅ!?何気に傷付くぜ結城……
「まぁユッキ~もそのうちわかるにゃん!」
「そういうもんか?」
「そういうものにゃ!」
にゃははん!と結城は笑う。ホンット、結城は猫みたいだ。つい最近までは“眠り猫”なんてあだ名が付いていたくらいに寝てばかりの結城も、河南と付き合い始めてからは、あまり眠っている姿を見なくなった。それくらい、恋人関係が出来ると変化するもんなんだろうか?
「それにしたって……」
「にゃ?」
「如月もなかなか苦労するなこりゃ……」
「にゃ~。まぁでも、今は暖かく見守るにゃ!」
「そうだな」
思わぬことを知った俺と、前からその事を知っていた結城は、未だ気絶したままの健一を見ながら少しだけ笑う。相変わらず白目向いたままの健一だが……如月、頑張れよ!!と、更衣室へと着替えに戻った如月を、心の中で応援。
「……失恋……でも……紗姫お姉さまと……凜ちゃん……リリナお姉さま……いる……」
そんなやり取りを傍観していた百合っ子の湊が、ボソッと呟いた。
うん、妹に手を出すのは勘弁してくれ……