84:張り切るのは知らぬ者(1年)のみ
後半の文面がほぼグダグダです、ごめんなさい(謝)
火照った体を冷やしている最中である。門司(後輩)の用意してくれた冷やしタオル(水で濡らしただけ)で汗を拭っている最中に始まった【借り物競争】3年生の部。応援団席の裏にいる俺にはグラウンド内の様子は伺えないが、アナウンス(実況)や周りの声援を耳にすれば、それがまた白熱した状態だと感じられる。
まぁ自分の出番が終わったので関係ないから、とTシャツを脱いで冷やしタオルで背中を拭いている最中、それは突然に訪れた。
「あっいざっわくぅ~ん!!……っと、ずいぶんと”刺激的”な格好だね、あははは!」
「うぉっ!?な、なんすか京都先輩!」
黄団の【参謀】と名高く”生徒会長”を務める長束京都先輩のご登場である。ただ、俺の格好が格好(半裸)なだけに、突然の来訪は困る!あたふたと慌てながらも急いでTシャツを着なおし、上体を京都先輩へと向き直した。
「敵陣に乗り込むなんていい度胸ですね?」
「あははっ!まぁ私の引いたカードの条件に見合うのは、相澤くんしかいないからねぇ」
そう笑いながら京都先輩の提示した”カード”には―――
”目つきの悪い後輩(男女問わず)”
「誰が目つき悪いって!?いや、まぁ否定できねぇけど……」
絶対、京都先輩って面白半分に俺に声かけたよね!大体この”条件”なら俺以外にも候補はいくらでもいるだろうし(河南とか門司とか)。つか、否定できないのが悲しいぜ……
「いやぁ私って人見知りが激しいんだよ~。それに目つきの悪い人って、なんか怖くない?」
”目つきの悪い人が怖い”というのはわからなくもないが、「人見知りが激しい」という点には同意しかねる……というより胡散臭ぇ!!
正直、もう人前に出る(自分が出場する競技以外)のはイヤなんだよな……あのアナウンス係に何か言われる可能性が高いし……などと考えている最中である―――
「こら京都!私のユキをたぶらかすな!!」
出た……美雪さんだ。いや、この場合は助かったといったほうが良いのかもしれない。「私のユキ」という言葉は全力で否定させてもらうが、ここで美雪さんが京都先輩を追い払ってくれれば、俺は再びグラウンドに出なくて済―――
「ユキ、お前にピッタリの条件が書かれたカードを引いてきたぞ!”将来結婚するならこの人がいい!”だ!!」
どっちも行きづらい!!何その俺に有益のない条件は!!!!
→
”究極の2択”から俺を救ってくれたのは、競技終了を告げるピストルの乾いた音と、アナウンスの≪競技終了で~す!!≫の声。京都先輩は「あっちゃぁ終わったかぁ……」と呟き、美雪さんは俺に「ユキのせいで最下位じゃないか!!」と説教をした後で、それぞれが競技場所へと帰って行った。
この場合、臆病者と言われるほうがまだマシだ。
「由希はチキンだなぁ!俺だったらべぺふぁ!?」
ただ、健一にチキン呼ばわりされるのは癪に障るので”適正な処置”を施しておいた。
そんな【借り物競争】も終了し、グラウンドでは”ある意味目玉競技”である【綱引き合戦】の準備が行われている。綱引き合戦は団体競技なので得点も高く、ここ嶺桜高校体育祭では前半戦で一番の見せ場だと言っても過言じゃない。
この【綱引き合戦】だが、俺は小・中と勝ち残り方式で順位ごとに点数が入るものだったので、この高校でも同じようなものだとばかり思っていたのだが、ここ(嶺桜)では少しルールが違うので、ちょっと説明しておこう。
まずは対戦方式と人数である。対戦方式は全7団(赤・橙・黄・緑・青・白・紫団)が2つに分かれての対戦(例:赤・橙・黄・緑vs青・白・紫)になり、参加団数の少ないほうに、臨時の【教員チーム】が参加しての4対4の対戦となる。
対戦回数は先に2勝したほうが勝ちとなり、最大で3回戦まで。そして参加人数は各団の学年ごとに選抜を10名づつ(必ず男5人:女5人)の、1団につき30名。これが全団(教員チーム込み)合計240名となり、120対120のなかなか迫力のある競技になる。
そして配点だが、1勝ごとに勝利チームにそれぞれ30点が入る。だから2連勝すれば60点が一気に自分の団に入る可能性もあるのだが、裏を返せば2連敗すれば1点も入らずに他の団から大きく突き放される恐れもあるのだ。
「俺、綱引きのメンバーなんす!絶対負けないっす!!」
気合充分の門司が意気揚々と応援団席から飛びだそうとしたので、まずはそんな門司に……いや、門司ばかりではなく綱引きに参加する1年生に、俺は先輩としてちょっとした”言葉”をかけておかねば。
「門司、気合充分なのはよくわかるが……綱引きは”絶対に負けない”からあんまり気負う必要はないぞ」
「えぇ!?必勝法とかあるんすか??」
「……そんなものは存在しないが、相澤の言うとおり”絶対に負けない”から、とりあえず怪我だけには気をつけろよ」
俺と門司の会話に割って入った河南も、俺とまったく同じような言葉を口にする。そればかりではない、俺ら二人以外にも門司たち1年生の先輩にあたる2・3年生は、競技に参加する1年生に同じように”絶対に負けない”という言葉を掛け、怪我だけはしないようにと念を押している。去年から嶺桜の体育祭に参加している同輩・先輩たちも、俺たちの言っている意味を理解しているので、気合充分!!というようなヤツはいない。
「??」
「まぁ参加すりゃわかる……ほら、集合かかってるし、行ってこい!」
「は、はいっす!」
どうしても腑に落ちないといわんばかりの表情をする門司たち参加選手や1年生だが、これは口に出して楽しむものではなく”参加して意味を知る”ものだ。選手達を送り出した後で、俺や河南、それに綱引きの選手でもない同輩・先輩たちは、それぞれに準備運動を開始。
「おい、とりあえず体を温めとけよ!」
「みんな動ける準備をしておいてね!」
3年リーダーの九翁先輩(男)、2年リーダーの長安さん(女)に促され、1年生は困惑しながらも準備運動に取り掛かる。まぁ俺も1年生の時には同じように困惑してたっけ……
いよいよ【綱引き合戦】の幕開けである。全ての準備が整い、グラウンドを分断するよう長い”綱”が置かれ、各団の選手が入場。それと同時に”選手でない各団員”も、応援団席での準備運動を止め、グラウンドの選手達の姿を静観……不気味なほどに静まり返った中、アナウンス係の準備・用意・セットアップの声だけがスピーカーから聞こえている。
≪位置に付いて!≫
複数団(教員込み)が綱を手にする
≪用意!≫
握った綱に力を込める……
パアァン!!
静寂を破って乾いたピストルの音が競技開始の合図を告げる。綱の中心の赤いテープ(目印)から二つに分かれた両軍の力比べが始まった!それぞれが自軍の方へ綱を引き寄せようと力を込めて引っ張る!引っ張る!!引っ張る!!!!
両軍共に負けまいと腰を低く落とし、重心を掛けて綱を引く。一進一退の攻防の状態から1分が経過した時、その均衡に変化が現れた。
青・白・紫・教の混合団が、徐々に自軍の方へと赤いテープが巻かれた綱の中心を引き寄せ始めた!赤・黄・緑・橙の混合団も負けまいと必死に抵抗を見せるものの、綱の中心は少しづつ、けれど確実に動いていく……このままだと確実に【青・白・紫・教員チーム】が勝利を収める……はずだが―――
「黄団突撃いぃっ!!」
「緑団も続けえぇっ!!」
「赤団いくぞおぉっっ!!」
「橙団出撃いぃっっ!!」
このままでは負けると思った【黄・緑・赤・橙】の応援団席から、突如として参加外の選手が乱入し、味方の方の綱を持って援護に回る。……これで形勢逆転!!……とはいかないのが、この【綱引き合戦】の面白さとでも言うべきか―――
「紫団、全軍突撃いぃっ!!!!」
「紫団に続くぞ!いくぞ青団の力を見せてやれえぇっっ!!!!」
「白団行くぞおぉ!!意地見せろおおぉぉっっ!!!!」
「生徒に負けるな!行くぞぉっ!!!!」
両陣営から入り混じっての大混戦である。こうなれば綱はおろか人数が多すぎてどちらが自軍の陣地なのかどちらが勝っているのかなんてわかりはしない。砂埃は舞うし人間は多すぎるし中には保護者だって参加している。やりたい放題である。
パアァン!!パアァン!!!!
あまりの混雑によりピストルが鳴らされた回数も2回と多い。ようやく落ち着いたグラウンドでは、両陣営の選手ともども、泥や埃で汚れきっている。
≪綱引き合戦、両陣営ともに参加外の選手が加担しましたので、この勝負は”引き分け”となります!またグラウンドの整備により2・3回戦は中止とさせていただきます!両陣営の皆様、ならびに参加くださった先生・保護者・関係者の皆様”お疲れ様”でした!!≫
「ひ、引き分けっ!?」
「門司、だから言っただろ?”絶対に負けない”って」
「裏を返せば”絶対に勝てない”とも言うんだがな……」
この幕引きを予想できたのは、2・3年生の”経験者”のみで、呆然とする1年生の気持ちもわからなくもない……なんせ俺ら2年や3年生も、1年の頃に同じような気分になったからな。
経験済みの俺や河南たちは、想定内の幕引きにグラウンドから出た。
かつて、【綱引き】はこの嶺桜高校体育祭の最後を締める団体競技であり、配点も高いことから逆転に賭ける団も多かったとか。そんな中で、現在とは違うトーナメント方式の競技だった【綱引き】の決勝戦に勝ち残ったのが、青団と黄団。1回戦を黄団、2回戦を青団が勝ち、最後の3回戦で勝ったほうが優勝という大事な場面で、”それ”は起きた。
両団1勝づつで迎えた3回戦……均衡する力と力のぶつかり合いの中で、優勝に王手をかけたのが青団だった。黄団も必死に頑張るものの、その綱は徐々に青団側へと引っ張られて行く……もう優勝目前という時に、黄団のリーダーが団席から乱入し、負けそうな自分の団に加担。それを見ていた青団の選手の一部も自団の援護に回り、堰を切ったように両団の選手がグラウンドに乱入し、今日のような事態となった……らしい。
俺も詳しくは知らないが、その光景を見ていた当時の理事長が、黄団・青団の双方を”失格”ではなく”引き分け”として称えたらしく、以来、この【綱引き】は【綱引き合戦】という名に変えて、現在まで引き分けが続いている……と、新任の国語教師である沢木真穂先生(通称:まほちゃん)が言っていた(嶺桜女子高卒)。
かくして午前中の最大の団体戦の綱引きも終わり、この後は学年対抗リレー。その後はようやくの昼食である。
またしても俺の参加種目だが、これも配点が高いので、気は抜けない……頑張らねば!