83-2:借り物競争・後編
【借り物競争】1年の部が終了し、残りは2・3年生の部である。前述どおり、借り物競争で重要視されるのは脚力でも体力でもなく”指定カード”と”とっさの機転”である。いくら難しい【借り物】であったとしても、その”難点”さえ克服できれば、脚力や体力があろうとなかろうと関係ない。
逆にその【借り物】に手間取り、自分の頭脳や”ひらめき”が働かなければ、どんなに足が速かろうとビリに終わってしまう可能性だってある。先ほどの「教頭のカツラ」というワードで暫定1位だった1年男子が何も出来なくて結果、ビリになってしまったのが良い例だ。
まぁ誰であれ学校の”禁忌”といわれている【教頭のカツラ】を上手く解決できるとは思わないが……。
そんな話もそこそこに、いよいよ俺ら2年の出番である。この場合、いかに”難しいワードを引かない”かが最重要視されるが、こればかりは誰にもわからない……要は”運次第”なのだ。
そんな”運次第”な【借り物競争】の準備が始められている中、明らかに”おかしなモノ”が混じっていることに気がついた。
参加人数分よりはるかに多く用意されている借り物競争用指定カードの入った”真っ白い封筒”の中に、”ピンクとオレンジ色の封筒”が、1枚づつ混じっている……。
≪え~これより【借り物競争】2年生の部を始めますが、ここでお知らせです!お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、2年・3年生の部の借り物競争には”チャンスカード”が混じっています!!内容は秘密ですが、このカードを引いた方には文字通り”チャンス”が待っている…………かもしれないので、参加選手の皆さんは頑張ってくださ~い!!≫
放送席から”お知らせ”が入る……そういえば、さっき(1年生の部)は「借り物競争に参加しなくてはいけない」と言ってたリリナさんや、特攻服姿で参加する気満々だった獅子神さんに関わるような”借り物”は出なかった。
となると―――
「おい、あのピンクとオレンジ色の封筒が、放送で言ってた”ソレ”だよな……」
「なぁ、もしかしてその”チャンス”って……」
「”メイド姿”のリリナ先輩とか、あの”特攻服を着てる”めっちゃ美人のお姉さん……とか?」
俺と同じく競技に参加する選手(同輩)が、小声でそんな事を言っている。まぁ可能性としては”アリ”だろう。実際にリリナさんは応援団席でニコニコと笑顔を振りまいているし、獅子神さんは、なぜかそれとなく準備運動をしてるし……。
ただ、最初に選手(男)の一人が口にした「ピンクとオレンジ色の封筒」という言葉が、どうも引っかかる。白い封筒だらけの中にピンクとオレンジの封筒は、確かに他のどの封筒よりも目立つ……が、その”派手な封筒”がチャンスカードの入っている封筒とは限らない。なんせ「今年の借り物競争は派手にやりたい」と言ってたのは、他ならぬ生徒会長の京都先輩である。その京都先輩が、そんな簡単な”指定内容”のカードを用意しているとは思わない。
それに、そもそもリリナさんと獅子神さんが”参加する”とも”チャンス”とも言ったわけではないし……。
そんな俺の思考(考えすぎかもしれない)とは裏腹に、参加選手の男どもは健一を筆頭に、一気にテンションを高めている。そんな男子とは対照的に冷ややかな女子たちも、一部では「あの化粧品のCMに出演てた人だったらいいな!」と、小声で話していた。
≪それでは位置について!≫
場内アナウンスの声で皆がスタート位置につき、数瞬の後に”パアァン!”というスタート・ピストルが、競技開始の合図を告げた。
先頭をきって指定カード(チャンス有り)へと走り出したのは、やはり男子達である。健一もスタートで出遅れたものの「美人お姉さまとお近づき!!」と、根拠のない己の欲望に足を速める。俺はなんとなく”嫌な予感”がしたので、1年の部で様子を伺いながら走り出した門司のように、先頭集団(男子だらけ)より少し後ろの位置を走っていた。
先頭集団は、やはり”チャンスカード”の入っている可能性の高いピンクやオレンジの封筒を狙っているようで、先頭集団の中でも真っ先に抜け出した青団の男は、わき目も振らずにピンク色の封筒を取る。
「……メイドさんキタァーー!!」
大方の予想通り、やはり”色つきの封筒”の中は、リリナさんや獅子神さんらしい。ただ、それが”チャンス”とは限らないだろうが、探す手間が省ける分(リリナさんや獅子神さんの格好は目立つ)、ある意味”チャンス”ではあるのかもしれない……てか青団の男、その台詞はどうかと思うぞ……。
これで大方の確信(色つきの封筒は美人さん)を得た先頭集団の野郎(男)どもは、こぞって残りのオレンジ色の封筒めがけて突っ込む。一歩遅れて到着した健一は、つまらなさそうに足元の白い封筒を拾い上げ、中身を確認し……あ、なんか急に青ざめてやがる。
「っと、これでいっか」
俺も封筒がばら撒かれた場所に到着し、一番近い位置にあった封筒を拾い上げる。中身は……
”ハズレ!”
「”ハズレ!”ってなんだバカ野郎!!」
異常に多い封筒には、やはり対象外も混じっているらしい。思わずイラっとして声を出してしまった。と、とりあえず気を取り直して次の封筒は……
”今日来ている【お客様・関係者・保護者】の中で、”一番美人・もしくはかっこいい”と思う女性か男性”
ある意味難しいっ!!落ち着け俺……ここで身内なんぞ連れていって「自分の身内が自分の中では一番かっこいいと思う!」なんて言えばクリアかもしれないが、周りからは失笑だろう……かといって放送を使って「自分が一番かっこいい・もしくは美人だと思う生徒以外の方」なんて言えば、門司の時以上に人は集まらないだろう(母は例外)。
どうしたものかと思っているうちに、メイド枠の条件を引いた青団の男はゴールしているんじゃないだろうか……………って、あれ?
さて、意外なこともあるようで、既にゴールしたと思われていた青団の男とリリナさんが、なぜかまだゴールしていない。それに”オレンジの封筒”をゲットしたと思われる選手や獅子神さん、それに白い封筒を拾った選手の誰もが、まだゴールしていない。健一は……依然として青ざめたままだ。
いや、そんなことよりまずは自分の引いたカードに見合う人物を探さなくては……。
とりあえず俺の引いたカードの条件に見合う人を探そうと色々と回りながら、獅子神さんの居る(俺の両親も居る)テント前に到着。あ、やはり獅子神さんも”借り物競争の条件”とやらに当てはまっている人物らしく、緑団の男子の選手から「一緒に走ってください!!」とお願いされている。やっぱ白い封筒を持ってる……ん?白い封筒??
やはり見間違いではない。その手に握られている封筒は”白”だ。となると”オレンジの封筒”は一体なんだったんだろう?……って、今はそんな事を考えてる場合じゃない!!自分の事を考えねば!!
「あぁん?イヤだね。アタシは面倒臭いのは嫌いなんだ」
「で、でも、条件には”ヤンキーの格好をした女の人”って……」
「テメェ……アタシがヤンキーだっつってんのか?あぁっ!?」
保護者席用のテントから離れようとした時である。緑団の男子と獅子神さんの会話が耳に入ってきたのだが、緑団の男子の言葉に、獅子神さんが少しばかり不機嫌になっていることに気付いた。
本来ならそれこそ競技中なので無視する内容の会話なのだが、そこで自分の引いたカードの”条件”に当てはまる人物を見つけたのだ。
「ちょっと失礼~」
「え、な、なん!?」
「おう相澤!この男、すっげぇ失礼だぜ!!初対面のアタシに「ヤンキーの格好をしてるから一緒に来てくれ」っていうんだよ!!」
「だ、だって……」
う~ん……間違ってはいないと思うが、そんなこと言ったら俺までとばっちりが……って、そうじゃなくって!
「獅子神さん、一緒に来てもらえます?」
「あん?」
「ちょっ!?横取りは……」
抗議するような表情をする緑団の男(以下:緑男)だが、俺はそんな事にもお構いなしに、獅子神さんに”カード”を提示した。
「……おいおい、こりゃアタシじゃなくて”生意気女(美雪さん)”とか”メイド(リリナさん)”のほうがいいんじゃね~のか?」
「あの二人は”生徒”なんですよ。この条件を満たしているのは、獅子神さんだけなんですよね」
何か言いたそうな緑男はさておき、俺は獅子神さんに話を持ちかける。獅子神さんなら、おそらく誰が見ても条件に当てはまる人物だと思うだろうし、敢えてカードを提示しただけで言葉に出さなかったのは、近く(というかほぼ横)に居る両親(特に母)が出しゃばらないようにするためである。
「う~~~~ん」としばらく考えていた獅子神さんだったが、
「しゃ~ねぇ、他ならぬ相澤の頼みだし!」
と、ニッと笑って条件を引き受けてくれた。うぅむ、やっぱ姉御は頼りになる!
「ちょ、ちょっと待って!じゃぁ俺はどうすりゃいいんだよ!!」
緑男は歯噛みして抗議している。まぁ後で「あいつが横取りした!」とか言いそうなんで、とりあえずアドバイスしとくか。
「少し考え方を変えろよ。その条件は【ヤンキーの格好をした女性】だろ?なら”自分が思うヤンキーの格好をした女性”を見つけりゃいい。それに条件は口にしないほうがいい。ただ「一緒に来てもらえませんか?」とだけ言ってれば、獅子神さんのように断られなかったんじゃないか?」
「……あ!」
明らかに「しまった!」という顔をした緑男。納得してくれたようなので、俺も獅子神さんを連れてゴール地点へと急いだ。
やはり時間がかかったせいか、既に2人がゴールしている。というより、まだ2人しかゴールしていないのか……リリナさんも来てないし、かなり難易度が高いようだ。
≪おぉっと!ここで紫団応援副団長の相澤由希くんが登場です!えぇっと、条件は……”今日来ている【お客様・関係者・保護者】の中で、”一番美人・もしくはかっこいい”と思う女性か男性”ですね。そして一緒に来てくださった女性は……え?もしかして現在化粧品のCMに出演していらっしゃるモデルさん!?≫
「ど、ど~も……獅子神紗姫です……」
≪なんと!紫団応援副団長の相澤由希くんと一緒にご登場は、CMモデルの獅子神紗姫さん!!これは文句なしのクリアーです!!おめでとうございま~す!!!!≫
『おぉっ!!』と言わんばかりにざわめく会場と大きな拍手で、困惑+恥ずかしさがこみ上げている獅子神さんは「モ、モデルじゃなくて普通の会社の事務員です!」と、なぜか口調まで変わりながら否定してるけど、たぶん無意味だろう。
そしてなんとか3着でゴールできた俺だが、絶っっっ対あのアナウンス係りは俺に悪意を抱いているか、からかっているだろうと確信した。マイク使って俺の名を連呼するし!!
結果、リリナさん(と思われる)カードを引いた青団は、最下位でゴール。後からゴールにやって来たリリナさんは「あの人は生理的に受け付けないのです!!」と、一緒に走るのを拒否していたらしい。青団の男よ……ドンマイ!
そして表情が青ざめた健一は、なんと棄権したのだが、競技終了後に健一が俺に見せてくれた”カード”には【教頭先生のカツラ】(2回目)の文字が……不運だったな。
それとやはり”チャンスカード”というのは存在したらしい。何でも”とりあえず誰か1人を連れてくる”とか”無条件でゴール”とか。それを引き当てた黄団の女子と白団の男子が、俺よりも先にゴールしていた2人で、やはり全体の難易度が高かった分だけ、こういう条件で競技自体の難易度を緩和していたのだろう。
気がかりなのは”オレンジの封筒”を拾った赤団の男子である。なんとコイツも棄権……どんな条件だったのか……それは拾った赤団の男子のみぞ知るところだが、俺は拾わなくて正解だったな。
まぁ俺の拾ったカードの条件によって、獅子神さんに協力を仰いだ次第ではあるが、この機転に不服な者が一人……大方の予想どおり美雪さんである。
「ユキ!そこは恥ずかしがらずに私を連れていくのが筋ってものだろう!!それをこの”ヤンキー女(獅子神さん)”なんぞと一緒にゴールしおって!!!!」
「あぁん?喧嘩売ってんのかテメェ……!?」
と、体育祭に関係なく場外乱闘をしそうな感じだったので、間に割って入り、条件の書かれたカードを見せて説得。さすがに”生徒”である美雪さんも、納得してくれたようだった。さすがにアナウンスが「文句なしのクリアーです!!」と言ったのと”生徒以外”というワードで、今回は引き下がってくれたらしいが「むぅ!覚えてろ!!」という吐き捨てられた台詞は、言わないほうが良かったんじゃないか?
自分達の出番も終わり、借り物競争は残り3年生だけとなった。借り物の”条件”の難易度が高くなり、棄権も出た2年生の部の後、果たして3年生の借り物競争ではどんな”条件”が書かれた封筒が用意されているのか……それは黄団応援席で爆笑している”生徒会長(長束京都)”と少数の教師のみぞ知る……そんな事を思いながら、俺は熱くなった体を冷やしに応援席裏の風通しの良い影のある場所へと移動した。