80:体育祭直前の朝
本文は長め……なのかな?」
うだる暑さも和らぎ、朝・夕と穏やかであり爽やかな風が本格的な”秋”の到来を告げる10月……。 本日は晴天、少しばかりの雲と突き抜けんばかりの青空。天気予報でも【全国的な秋晴れ】を発表した今日……ついにやって来た【体育祭】の当日。
昨年まで、体育祭なんてものに一切の顔出しをしなかった両親が、今年は揃って応援に来る……。
口じゃ「恥ずかしいからやめろ!」なんて言っても、心の中じゃ嬉しく思っている俺は【天邪鬼】なんだろうな……なんて苦笑してみたり……。
両親が揃って学校行事に参加(見にくる)なんて、おそらく小6の卒業式以来だろう……。ましてや体育祭に関心の無い凜(妹)ですら、今日は来るようで、張り切ってリリナさんお手製のお弁当(5段重ね)の料理の詰め込みを買って出るほど……あ、あれ?……リリナさん??
「リ、リリナさん、なんで居るの!?」
本来なら美雪さん専属の侍従長を名乗る綾館家の長女(だと思う)であるリリナさんが、今日は美雪さん抜きで我が家に来ている。しかも自前のエプロンまで持参して……。
「あら、侍従たる私がお料理のお世話をするのは当然、ましてユキは私の妹の大切な方……勝手ながら、参じた次第ですわ。美雪には話してありますので、お気になさらぬように」
うん、言い回しが古風。
リリナさんの話を付け足すなら、「ユキは選手として頑張ればいいから、弁当等の役割は任せろ!!」ってことらしい。なんとよく出来た女性であろうか……。最近性格が美雪さんに似てきてるリリナさんだが、美雪さんには無い【配慮】が備わっている分、俺としては気が楽で助かる。
まぁ体育祭が始まる前に弁当とか作るのが面倒くさいと思っていたので、今回のリリナさんのお心遣いは非常に助かった。
「助かります、ありがとうございますリリナさん」
「いえ、私に出来ることは美味しいお料理を食べてもらうことと、高校の事務局に根回ししてユキの学業成績を改ざんすることだけですから」
……後半は聞かなかったことにしとこ。今、リリナさんの背後にめちゃめちゃどす黒い【オーラ】のような【靄】のようなものが見えたのも、きっと気のせいだ、うん!!
⇒⇒⇒
AM8:00≪嶺桜高校第2グラウンド・紫団応援席裏≫
まばらながらに生徒達が続々と学校へやって来ている中、紫団の応援団員は最後の演舞調整に時間を割いていた。というもの――――
『………』
「……テヘッ!」
『テヘッ!じゃねぇよバカ!!』
応援団員総ツッコミ(マジギレ)状態の原因を作っている一人の男……。いわずもがな、健一が、未だにまともに演舞が出来ていないからである。というより、応援団の中で一番やる気のあった健一がまともな演舞を踊れていないのには理由がある。
……こいつ、夏休み後にある考査で全科目【赤点】という前代未聞の珍事をやってのけた挙句、追試・追試・また追試と、全科目がようやく【可】に認められる成績を収めるのに3週間以上を費やし、本格的に練習に参加できるようになったのが2週間前の事。
練習当初時から俺の目にちょくちょく健一が映っていたのは追試から逃げていたという理由からで、すぐに教師陣の包囲網によって確保され、網の中で逃げ惑う魚のように暴れ、抵抗しながらも、本校舎の中へと連行されていく姿を記憶している。
まぁそんなこともあってか、一生懸命(?)に練習をしてはいた健一も、未だに完璧に踊れたためしが無い。
「……どうする?」
「どうするといっても……」
「打つ手なし…にゃ…」
参謀兼応援団長を務める河南も、その恋人兼演舞指導役の結城も、物覚えの悪い健一に頭を抱えた状態。如月は既にさじを投げているし、湊は……太鼓役だから関係ないか。
「……よし!」
「ユッキー秘策でもあるのかにゃ!?」
結城の言う秘策というほどではないが、試してみる価値のある策は一つだけある。
「健一、ちょっとお前に話しておきたいことがある。ちょっと来てくれ!」
「な、何?」
「まぁそうビクビクすんな。むしろお前にとっちゃいい話かも知れない」
”ちょいちょい”と応援団席の片隅に健一を誘導し、他の誰にも聞こえないような声で健一に耳打ち――――
「え?うん……ん……は!?ちょ、マジ!?」
「ああ。俺も処分に困っているんだ。下手に表には出せないし……だから、誰にも聞こえないようにお前だけに言ってるんだ」
「是非!その【お宝】を私めに!!」
あぁ、なんか悪い商人に甘い誘いをかけている悪代官のようなやり取りだ。つか、健一の食いつきっぷりがハンパねぇ!
「……条件がある」
「か、金か?今は持ち合わせがねぇから体操服と携帯しか……」
「なんでテメェの体操服なんぞと交換せにゃならんのだ。つか金じゃない……俺が提示する条件は、応援団の本番で完璧に演舞を踊りきったら……だ。今、お前は応援団のみんなの足を引っ張ってる存在だし、俺は【ソレ】の処分に困っている……ここでお前が本番で完璧な演舞を披露すれば、信用は一気に回復するし、お前はお宝も手に入る。それに俺は健一に【ソレ】を渡すことで自動的に処分する形になる……これならお互いに得をする方法だろう?」
これは一種の賭けだが、俺はこの方法に少しばかり自身がある。まぁその方法はおいおい話すとして、今は健一がどう出るか……
「……ユキ、俺やるぜ!本番で完璧な演舞をしてみせる!そしてお宝ゲットだっ!!」
「その意気だ健一!お前はやれば出来る男だ!!」
……よし、【堕】ちた。まぁやれば出来るってのは事実だしな。
「じゃあ健一、俺は河南たちとリハの打ち合わせが残ってるから、しばらく演舞の練習をしててくれ!」
「任せろ親友!うおわっはぁ!!」
さあって、今回だけは特別に【親友】という言葉を使っても許してやる。俺は心が広いんだぞ~ってな具合で、今度は河南・結城・如月を、健一から離れた管理棟の物置近くへ誘導。
「由希、一体どうやってあのバカのやる気とテンションを上げたんだ?」
「ん、まぁそのことで一応断りを入れておこうと思って」
「断り?」
「にゃ?」
ここであらかじめ、健一がお宝と言ったり俺が処分に困ると言った”ソレ”の説明……。まぁきっと、散々罵声を浴びせられるだろうな……
「なっ!?」
「にゃにゃっ!?」
「ち、ちょっと何それ!ってか何でそんなものが存在するの!?」
まぁ俺にとっちゃ予想通りの反応が返ってきた。
「お前っ!マジでふざけんなよ!!つか、なんてモノと取引してんだっ!!!!」
「最っ低!相澤がそんな奴だなんて思ってなかった!!」
「ユッキー最悪にゃ!悪魔にゃ!!大体なんで温泉の写真なんか持ってるにゃぁっ!?」
三者三様、河南には胸倉を掴まれ、如月には軽蔑の眼差しを向けられ、結城は顔を真っ赤にして必死に抗議……その結城の言う【温泉の写真】ってのが、俺が健一に取引を申し込んだときに報酬とする予定のブツだ。ちなみに温泉の写真ってのは、夏休みに綾館家の別荘に行った際に入った温泉のことで、その時に健一が女湯を覗こうとして河南に盛大なとび蹴りを喰らい、男湯・女湯を区切っていた柵が大破し、女性陣の【あられもないお姿】がばっちりと目に焼きついた時に偶然撮られた写真……
「相澤……返答次第じゃ絶交も半殺しも厭わな……あ?」
河南に胸倉を掴まれたまま、がくがくと揺さぶられている俺だが、言葉を紡ぎ出している最中に何か異変に気付いた河南の手から、ゆっくりと力が抜けていく……助かった。もうちょい遅かったら、俺は再びじーちゃんとご対~面!となってたかも!?
「あ、あっき~どうしたにゃ!?悪者ユッキーは成敗にゃ!」
「そうだよ河南、いくらなんでも相澤はひどすぎる!!」
「……いや、違う……。相澤、謀ったな?」
ようやく気付いたか。ったく、参謀兼情報屋の河南らしくもない……まぁ結城がらみのことだからしょうがないとはいえ――――
「……もう少し加減しろよな。おかげで説明する前に口も利けなくなっちまうところだった」
「…悪い…」
「どういうことにゃ!?」
「……簡単な話だ。至極単純明快な―――」
そう……河南の言うとおり、至極単純だ。いや、単純すぎたというところか。
「……考えてもみろ。あの時、温泉には誰が居た?そして、誰がカメラなんて持っていた?もう一つ、相澤が健一のやる気を出させるために、仲間を売るようなまねをするか?ましてあの時、温泉に入っていたのは俺らだけじゃない……綾館先輩達だって温泉に入っていたんだ」
「――――ってことはにゃ!」
「つまり写真なんて――――」
「あるわけないだろ」
そう、あるわけがない。あの時、別荘に来ていた人間(俺たち10人)の全てが、ほぼ同時刻に温泉に入っている(不本意ながら確認済み)。そんな中で写真を撮るような人間はいなかったし、全員が湯船に入っていた。まして温泉の中にカメラを持ってくるような人間はいないし、シャッターを押す事だって不可能に近い。
即ち、俺の手元にそんな写真なんて存在しない。これは全て俺の作った話であり、フィクション。簡単に説明するなら【嘘】なのだ。
「だ、だったらどうしてそんな嘘なんか……」
「それも簡単、健一の思考は単純だからな。みんな知っての通り、あいつは自分の益になるようなこと(女絡み)なら死にもの狂いで頑張って、それなりの成果を上げているだろ?しかもおだてられやすい……まぁ条件の引き合いに出した【温泉の写真】ってのは、俺の表現力の乏しさだと思ってくれればいい」
いや、それだけ衝撃が大きかったのも事実だけどな(口には出せないが)。
それはともかくとして、なんとか納得してくれた一同。湊には後で如月から説明してくれるらしいので、面倒な手間は省けた。
それにしても、だ……
「あいつ、無駄に張り切ってるな……」
「哀れだよな……」
何の実入りもなく、ただ【女の子のあられもない姿が納められた写真】という架空の報酬とみんなへの信頼回復のために頑張る健一の姿を見て、俺と河南は改めて「あいつがバカで良かった」と思うのであった。