64:服屋の次は?
ほんっとに理不尽極まりない!と思うのは、沙織んとこの店で購入した女性用下着(綾館姉妹が購入)の入った買い物袋を、俺が持たされているという事。
しかもこの姉妹、まったく帰るそぶりが見られないし、むしろ最寄り駅とは逆方向に闊歩していく…。
「……自分で買ったもんは自分で持てよ」
「このか弱い私に荷物を持てだとぅ!?私の知るユキは「重いだろ?俺が持ってやるよ!」と笑みを浮かべて白い歯をキラッと光らせるような男だぞ!」
百歩譲って美雪さんが《か弱い女性》だったとしても、俺はそんな事を言わないだろうし、歯をキラッと光らせるという芸当もしない……つか出来るかあぁっ!!!!
「ふふ、ユキは照れ屋さんですね」
「100%本音だ馬鹿やろおぉっ!!!!」
ダメだ……俺一人じゃこの姉妹に対抗出来ねぇ。
◇◇◇
結局、渋々この姉妹の荷物持ちを引き受けた俺って“やっぱ甘いな”と思いつつ、美雪先輩に引っ張られて次に立ち寄ったのが、県下最大の《デパート》。
「……で、なにこの人だかり?」
「ユキ、ボサッとしてないで来い!」
「デパートは戦場ですよ!早くしないと売り切れてしまいます!」
なんか今日は全国の《美味いもの》が一同に集まった催し物があるとかで、催事場が熱気ムンムン。熱苦しいことこの上ない状況の中、「ハーリー!ハーリー!!」と、やたらテンションが上がっている姉妹。
「《幻のプリン》は私が狙いますので、美雪とユキは根ボッケの開きをお願いします!!」
「誰が寝ぼけだ!?」
「《根ボッケ》です!お魚です!!と、とにかく私はプリンをゲットしてきます!!」
ボケたつもりは無ぇんだが、半ギレしたリリナさんはそう言い残して、群がるおばちゃん達を掻き分けて、やがて人込みの中に消えて行った。
「ユキ、こっちだ!」
「え、あ、はい」
グイッと手を引っ張られた俺も、美雪さんと共にお目当ての《根ボッケ》とやらを捜しに人込みの中に突撃!
てか、あんまし見栄えの良さそうな魚ではなさそうだなぁ……
◆◆◆
日頃から、スーパーの主婦連の中を揉みくちゃにされながら特売品をゲットしてきた俺にとって、人込みなんてたいしたことじゃない。
ただ《お連れさん》の場合は、俺のようにはいかなかったらしい……
「大丈夫ですか?」
「う、うむ……」
お目当ての《根ボッケ》をゲットし、一先ず人込みから離れたベンチに腰掛けた俺と美雪さんだが、どうも美雪さんは人込みに酔ったらしい。
ちなみに《根ボッケ》ってのは、いわゆるお魚の《ホッケ》のことだったんだが、スーパーなんかでよく見るホッケよりデカイうえに、めちゃめちゃ高価だった!
「なんか飲み物でも買ってきましょうか?」
「だ、大丈夫だ!心配な……うぅ…」
かなり重症らしい。さて、美雪さんを残して一人で飲み物を買いに行くのもちょっと心配だし、どうするか――
「お兄さん、本場青森の林檎ジュースの試飲いかがですか〜?」
おぉ、売り子さんの天の声!
「すみません、連れにもいいですか?」
「どうぞどうぞ〜!」
紙コップに半分ほども入った試飲用の林檎ジュースをもらい、美雪さんに手渡す。どれ、俺もいただくか………
「美味い!」
「美味しい!」
「当然ですよ〜!合成着色料・香料・保存料が一切入ってない、100%本物の林檎ジュースですから〜!!」
林檎本来の甘さと酸味というか、飲み口もよくて、スッキリとした美味しさが口いっぱいに広がる。ぐったりな美雪さんも、幾分か元気が出たようだ。
「これはいい!是非とも買っていきたい!!」
「俺もですよ。凜も喜ぶだろうし」
我が妹君はポテチやらアイスなんかは《添加物》が入っていても全く気にしないくせに、ジュースなんかは《純正》しか飲まないという、ちょっと変わった嗜好だからな。
「お待たせしました!《幻のプリン》ゲットです……って、あら?」
「お兄さんのお連れの方ですか〜?両手に花ですね〜!お姉さんも一杯いかがですか〜?」
俺はその“花”ってヤツに振り回されてばかりなんですよ売り子さん……
「……これは《紅玉》ですね、酸味と甘味のバランスがとても良く、後口もスッキリで美味しい!」
「うわっ!飲んだだけで品種を当てた方は初めてですよ〜!」
リリナさんだしな。
「姉様、是非購入したいのだが」
「ええ、私も気に入りましたわ」
おぉ、完璧(+美雪さん化してる)メイドからお墨付きが出た!
◆◇◆
この日はこれで帰る事になり、俺は有り難いことにリリナさんから「これはユキと凜様の分です」と、瓶詰めの林檎ジュース(1リットル)を二本もいただく事に。
対価として、指にヒモ跡が残るくらい重い荷物を持たされたが……。
しかも、頼まれて買った《根ボッケ》を夕飯に焼いてくれて(リリナさんが夕飯を作ってくれた)、俺と凜は、その脂の乗った根ボッケに舌鼓を打った。
しかも「人数分ありますので」と、食後には《幻のプリン》まで用意してくれていたので、俺は有り難く頂戴したのだ。
「あ、美味しい」
「うむ、タマゴの濃厚さが、また良い!」
と、俺と美雪さんは美味しくいただいたのだが、凜は無言のままで、リリナさんに到っては―――
「《幻》という割には、固める前の撹拌が足りないようですね、舌に少しザラつきが残りますね。卵はおそらく有性卵でしょうが、香料が強すぎて、せっかくの卵自体の甘みがぼやけてしまっていますし、ほろ苦さを強調するためにのカラメルソースは―――」
《幻》を全否定していた。恐るベし絶対味覚(?)