45:海には“ヤツ”がいる
夏休み・海編。二日目の午前〜昼までの話です。
「…あ、あいつら…」
人には、誰しも“弱点”がある。それは身体的・精神的…様々だ。
俺の場合、弱点は肉体的な部位。特に脇腹と足の裏が弱い…。
今回、俺が無意識にリリナさんの水着姿に見惚れてしまったのが発端だが、変態さんは嫉妬(?)、獅子神さんは…多分おもしろ半分で、俺の脇腹をくすぐり攻撃。あえなく撃沈と相成った。
ウエットスーツを着込んでいたんだが、密着するのでくすぐり攻撃は有効だったというのが、俺の敗因だろうな…つか、誰が弱点を教え―――
「……(ニッコリ)…」
「お前か凜!」
「えーなんのことー?凜わかんなーい」
ああ、間違いない…。お前かマイシスター。棒読みだし、なんかニコニコしてやがるし…。
「だいたい、こんな美人でユキ好みのスタイルを自負している私を差し置き、姉様に見惚れるなど…」
「そうだぞ相澤。私とて、それなりのスタイルだぜ?…まぁ、あのリリナってメイドの胸には負けるが…なぁ?」
「いや、同意を求められても…」
甚だ困ったことである。ま、まぁたしかに、獅子神さんも美雪先輩も、スタイルはいい。
…が、俺は一度として「自分好みのスタイル」という言葉も内容も、口にしたことは無い。
大方、また美雪変態の妄想&虚言だろう。
…ま、スタイル云々はともかく、二人とも嫌いじゃない…口には出さないけどな。
→
ギャーギャーと騒がしい美雪先輩はともかくとして、海に潜っての食材探しってのは、面白そうだ。
あの“番組”にもあるように、普通、漁ってのは“許可”が必要だ。その点、ここは綾館家の所有物であり、許可が云々と懸念する必要もない。今、俺が一番懸念しているのが、あの騒がしい二人よりも、自他称:“完璧メイド”のリリナさんが言った―――
「少しばかり、鮫を狩ってきますね♪」
発言だ。ニッコリと微笑んだリリナさんだが、手にはウォーターライフル…。
危険度MAXじゃないかっ!?
という心配を余所に、凜を引き連れて颯爽とクルーザーヘ。
これから素潜りする俺らに掛ける言葉じゃねぇだろ!!と、不安…。
「ユキ、心配はいらん!鮫とはいえ、ジョーズに出てくるような凶暴なヤツじゃないし、そう大きくない!」
「あ、それなら…」
「3メートルくらいだし、イタチザメだ!」
「デケェし人喰いだよっ!!」
ああ、不安ばかりが付き纏う…
→
さて、素潜りとは言ったが、予想以上に浅い。
小島の入り組んだ地形だから、浅いのは当たり前かもしれないが、一番深い所で5メートルくらい。浅い所は膝下で、潜るというよりしゃがむ…って感じだ。
しかし―――
「っしゃあ!イセエビゲットォー!!」
「サザエにアワビゲットだ!」
獅子神さんはイセエビを手に、美雪先輩はサザエとアワビを手にしてる。
かなり高級な食材ばかりだ。…銛の意味なくない?
「エビ・貝とくれば、あとはイカ・タコに魚類だな!ユキ、魚は任せた!」
「…よし!」
魚か…さて、大物を狙うには、ある程度は深い場所がいい。ま、そんなわけで、俺は(美人)二人のいる浅場から離れ、小島と小島の間、すなわち谷になっている深場ヘ。
「!!(いたいた!)」
シュノーケルをくわえているので口には出せないが、岩場沿いには、多くの魚の群れ…。その下には、小魚を狙ってか、でかい魚が…ハタだ。
「………」
銛をセットし、一気に海中深くヘ潜水。俺自身、泳ぎにはそこそこ自信がある。間合いをとりながら、射程圏内まで近付き…発射!
ガッ…
「!?」
当たったのだが、鱗に阻まれたらしい。図体のでかさと見た目に反し、もんのすごい速さで逃げられた…チクショウ!
と、ここで異変に気付いた。ハタばかりに集中して周りを気にしてなかったが、あれほどまでごちゃごちゃしていた小魚の群れや、エビ、小ガニが、一匹もいない…。俺とて、周囲に気どられないようにしていたが、それでもおかしい。
と、海底付近にいた俺の真上に、影が出来た―――
「!!!!!!」
推定3・4メートルはありそうな魚体。幅も広く、堂々とした泳ぎっぷり…。
そういえば、リリナさんが言ってた…
「ちょっと鮫を狩ってきますね♪」
いたーー!!!!ここにいたよリリナさーん!!
パニクる俺を余所に、気にしないとばかりの鮫。種類こそわからないが、とかくデケェし堂々としている。まず、一刻も早く気どられないように避難せねば…
ドンッ!
「っ!?…!!!!」
手にザラッとした“何か”がぶつかった。視界に映ったのは、“特有の背鰭”。上ばかりに気をとられていた自分を恥じた。
目の前を泳いでいった、一匹の鮫…。背後からも、どんどん姿を見せる。
その数、ざっと十は超えている!
ヤバイヤバイ!とは思ったが、どうする事も出来ない。酸素は足りないし、この数を相手に…いや、たとえ一匹だろうと、敵う相手じゃない!
どうする!?どうする俺!?
と、気構えた俺だったが、意外にも鮫の群れは、俺なんぞ気に留める必要もない、といわんばかりに悠々と過ぎ去り、やがて大海原の向こうヘと消えていった…。
「ぷはぁっ!っはぁ…はぁ…」
我ながら、よく息が続いたものだと思う。同時に、よく生きていられたものだと…。
「おーいユキーっ!」
「相澤ーっ!」
小島の岩場から、美雪先輩と獅子神さんが俺を呼んでいた。
「さ、鮫が…」
「鮫?いたのか?」
「マジ?でかかったかっ?」
まず、大丈夫だった?という言葉が聞きたかったのは、俺の甘えなんだろうか。二人を見た安心からか、ドッと疲れが押し寄せた。
こんにちは。矢枝です。
海編の二日目、朝食後〜お昼前のお話でした。
皆様、水族館以外で鮫を見た事がある方はいらっしゃいますでしょうか?
私は熊本出身(現在系)でよく海に行きますが、なかなか遭遇しません。過去に一度だけ、1メートル弱を釣りあげた事はありますが。
鮫…というのは“獰猛”“殺し屋”“人喰い”のイメージが付き物です。
ですが、実際に鮫の中で人を襲う種というのは、全体の一握り程度。見た目や某映画が、そういったイメージを定着させたのかもしれませんね。
今話でユキが遭遇したのは“イタチザメ”という種類です。これも大型は4・5メートルになる人喰い鮫と呼ばれる種類ですが、ユキを襲わなかった理由は、満腹状態だったからです。
鮫が人を襲う最大の要因は“腹減り”だそうで、海洋資源が豊富な海の鮫というのは滅多に人を襲わないらしく、今話では、それを踏まえて執筆致しました。