36:退院・テスト・抽選会?
長文…………なのか?
入院に二週間ちょっとを要し、通院生活を経て三週間が経過。
ようやく傷もほぼ完治し、運動にも支障を感じる事が無くなった俺だが、自称“婚約者”と“スーパーメイド”姉妹の、過保護すぎる介護と、“走り屋”兼“工場事務員”のツリ目美人からの毎日のお見舞いに、辟易していた。
ちなみにだが、クラスメイトでまともに心配をしてくれたのは如月だけ。大川からは「美人姉妹の看護なんて羨ましい!いっそ氏ね、いや死ね!!」とねちっこい厭味を言われ、湊からは無言で「妹に会わせろ!」オーラを放たれ、河南は結城のお世話で手一杯。その他クラスメイトは、無関心。如月、お前だけだよ、唯一の良心は………。
で、両親については一切見舞いには来なかった。我が親ながら、なんと冷たい事か……………。暴君たる妹君、凜に至っては、退院直後から「飯作れ」「掃除しろ」と、怪我人に対する配慮無いお小言を頂戴した………。
リハビリも兼ねて、徐々に家事に手を付けながら、入院していた間に進んだ各教科の勉強。中々大変ではあるが、夏休み前の中間テストを乗り切らねばいけないし、成績を下げるわけにもいかないから、仕方ない事だ。
そんな日々を過ごし、相変わらずめげない(諦めが悪い)人からの告白を毎度のようにスルーしながら迎えたテストの三日間。
「やべぇよ赤点取っちまったあぁ………」
バカ(大川)は思考も学力もバカだった。
「ん〜〜可もなく不可もない」
「右に同じく」
如月と俺は、成績順位にあまり変動がない。俺は一つ順位が上がり、如月は一つ順位を落とした。
「…………」
「……んにゃぁ……」
河南は、学年一の秀才。不動のトップ。結城はトップテンの常連だ。
「………3位」
クールな百合娘、湊は3位。俺の周りはバカ一人以外は、秀才の巣窟だと言ってもおかしくない。
この河南・結城・湊の三人が、クラスの平均点を底上げしているのだ。
さて、無事に七月を迎えた俺だが、夏休みという学生にとって最大の長期休暇を前にして、一切の予定が無い。
これは前年も同じ事だったが、敢えての予定といえば、お盆の三日間のうちの一日を、祖父母の墓参りに費やそうと考えているくらいだ。
そんなわけで、一切の予定もなく自宅でのんびりと過ごすんだろうな、なんて考えながら学校から家へと帰る途中、牛乳を切らしているのを思い出した。
だから何?と思う人は多いだろうが、我が家の暴君様は、毎日、朝と晩に牛乳を飲む。理由は教えてくれないが、おそらく低い身長を気にして、のことだろう。以前に牛乳を切らして、学校帰りに買ってくるよう命じられていたのを忘れた事があったが、その時の凜の表情は、般若顔負けの底から寒気を覚えそうなほどの冷笑を浮かべていて、俺は小1時間、冷たい廊下で説教という名の体罰を受けた過去がある。
そんなわけで、一度家に帰り、手荷物(学生カバン)を放り、頻繁に利用するスーパーへ。
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普段は活用しないママチャリを使って、学校とは真逆、つまり綾館姉妹のお屋敷方向へと走ること5分、いつものスーパーに到着。
が、なんか店頭でワイワイと騒ぎが。よくよく見れば、たまにやってるお買い上げ金額一定以上のお客に対する“ガラポン抽選会”の上り旗を発見。
うぅん………三千円以上のお買い上げで1回の抽選か………
「お、相澤っ!」
「んぁ?あ、獅子神さん!」
綾館姉妹とのエンカウント率は毎日必ずだが、最近は獅子神さんと会う確率も高い。ま、美雪先輩のような煩わしさを感じることは無いが。
「いやぁ丁度いい所で会ったな!実は今から相澤ん家に行こうと思ってたんだよ!!」
「そりゃまたどうしてっすか?」
「相澤って、アタシにとっちゃ料理の師匠だから!今日はアタシの腕をみて貰おうと思ってな!」
師匠って…………たかだかみそ汁とお米の研ぎ方、それに青菜のお浸しくらいしか教えてないんだが。
「なるほど」
「んで、相澤は何を買いに来たんだ?」
「まぁ牛乳を………後は適当に……………って量多いっすね!?」
獅子神さんの手には、いっぱいの食材が詰め込まれたレジ袋が、その数5袋も!!重くないのか?
「料理を始めたら楽しくってさ、色々作りたくて、なんか1万くらい使っちまった!!アッハハハ!」
笑い事じゃなくない!?1万円?俺が一度にそんな額を払ったのって、たしかマイ・包丁を買った時くらいなもんだぞ!
「んじゃ、どうせアタシも相澤ん家に行くから、ちょっと待ってるよ!」
「鍵渡しとくんで、先に家に上がってていいっすよ?」
「おいおい、もしもアタシが空き巣だったらどうすんだよ?」
「空き巣をするような人が、義理堅く俺を助けになんて来ないでしょ?」
自惚れだと思うが、俺は人を“見る目”があると思う。獅子神さんだって、バイクを乗り回している時は“特攻服”を着て喧嘩上等!を掲げる、傍目から見れば“暴走族”や“不良”だと思われている可能性があるが、この人と初めて会った時から、俺は良い人だと感じていたし、俺を助けるために、単身(美雪先輩もいたが)で敵対していた不良連中の待ち構えていた廃工場に乗り込んで来た人だ。これで疑うほど、俺は心が狭い人間じゃない。
「かなわねぇなぁ……ま、相澤がなんと言おうと、アタシはここで待ってるよ!」
苦笑いされてもなぁ……つか、獅子神さんってムダに頑固な所あるよな。
「んじゃ、ちゃっちゃと買ってきますね」
「アタシの事は気にせず自分のペースで買い物して来いよ!」
んなこと言われてもなぁ……………
で、なるべく早く買い物(牛乳のみ)を済ませて外に出たら、獅子神さんはホントに待ってやがった。
「あり?早かったな、アタシの事なら気にすんなって言ったのに」
俺の方が気にするんで、とは言わず「牛乳だけっすから」とだけ言っておいた。ここで余計な一言を口にしたら、面倒事に成り兼ねねぇからな。
「あ、そだ!相澤、レシート持ってるか?」
「レシート?一応は持ってますが………」
「えぇっと………うん、これで1万2千円超えたし、6回は抽選できるな!」
………ん?俺が買ったのは、牛乳2本のみだから400円弱だよな。ってことは――――
「1万1千円以上使ったんすかっ!?」
「ふぁ?ん、まぁそうなるな」
……………家に帰ったら、獅子神さんに“堅実”という言葉を教えてやろう。
「相澤、何やってんだ?こっちこっち!」
と、獅子神さんに手招きされて、抽選会のテント前に。つか、俺を呼ぶ必要ってあるか?
「いやぁ、アタシってこういう抽選会とか“引き”が悪くってさ、アタシと交互に引こうぜ!」
「い、いや、でも!」
「いいからいいから!おっちゃん、頼む!!」
「あいよっ!えぇっと6回だね」
俺の意思は無視して勝手に始まった抽選。まずは、獅子神さんの一回目。
「白!残念、ポケットティッシュだね」
「あっちゃ〜!次、相澤な!!」
ここで「いや、俺は……」なんて言ったら、またややこしくなりそうだし、素直に従うことにした。
「んじゃ兄ちゃん、行ってみよー!」
「は、はぁ」
ん〜、おっちゃんのノリにいまいちハマってない俺だが、とりあえずガラポンを回してみることに。
「金色!金色だぞ相澤っ!」
「またムチャブリを………」
………コロン……
「えっと、これは……あ、あれ?」
「ん、んん?」
「おぉっ!出ました銀色!一等の地デジ対応の液晶テレビ42型!おめでとうございます!!」
マジかーーーー!!??!!??
「相澤スゲェ!」
「い、いやいや、偶然っすよ!よかったっすね獅子神さん!!」
「ん?なんかアタシが貰う的な感じになってないか?」
いやいや、どう考えても獅子神さんのものだろ!俺はただ引いただけだし。
「相澤はいらんのか?」
「家にありますよ。買い換えたばかりだし。つか、獅子神さんは要らないんすか?」
「いや、欲しいのは欲しいんだけど、どうやって持って帰るかなんだよ」
そういや、獅子神さんってバイクだよな。
「ねーちゃん、心配いらねえ!配送はサービスでタダだよ!!」
「マジで?」
「よかったじゃないですか!」
配送無料ってのは、ありがたいな。さて、次は獅子神さんの番だ。
「いよっし!次こそ金色引いてやる!!」
「獅子神さん、頑張って!」
俄然やる気の出て来た獅子神さん。この勢いなら金色(特賞)出るんじゃないか?
ちなみに特賞は、ペアのハワイ旅行だとか。
「赤!おめでとう、三等の佐賀牛サーロインとリブロース5万円分だ!!」
「おぉっ!」
なんだ、引き強いじゃん獅子神さん!
「むぅ〜〜金色が出らん!」
愚痴る獅子神さんだが、俺としてはテレビより肉の方が嬉しいんだけどな。
「次、相澤行け!」
んじゃ行ってみるか。
「白!残念ティッシュだなぁ」
ま、これが普通だろ。
んで、獅子神さんの3回目もハズレてティッシュ。残るは一回だ。
「相澤、最後を託す!」
「マジでプレッシャーやめて!!」
「アッハハハ!冗談だよじょーだん!!」
その手の冗談は精神に悪い!
「最後だ、兄ちゃん頑張れよ!!」
ただ回すだけでどう頑張れと?
ま、まぁとにかく、やってみっか………。
⇒
「相澤、やっぱお前スゲェよ!」
「単に運がよかっただけだと思うんですけどね」
補助道路でチャリをこぐ俺と、車道でバイクをゆっくり走らせる獅子神さんの、なんというか、アンバランスな風景。
「つか、普通3回のチャレンジで一等と二等を当てるか!?」
「や、あれこそ奇跡ですよ。まぁ獅子神さんの希望通りの色は出なかったですけど………」
「いやいや、あんなのって普通ハズレて当然じゃないか!それを一等と二等だぜ!?」
興奮覚めやらぬって感じの獅子神さん。特賞こそ出なかったが、最後の一回は茶色(銅)の二等。まさかの全国共通商品券10万円分を当ててしまった。
獅子神さんから「相澤が引いたんだから、相澤が貰うのが当然!」と言われたのだが、丁重にお断りさせていただいた。「獅子神さんに今日の夕飯を作ってもらうのでチャラですよ」と、理由を付けて。
そんな事より、まさかの奇跡を起こした俺は、このまま運が下り坂にならないかが不安でいっぱい。
ともあれ、俺(と獅子神さん)は、凜の待つ(待ってるかどうかは知らん)家へと帰った……………。
シリアスも終わり、「変態さん」らしく明るめな話に戻りました。七月、学生にとっては学校生活で最大の長期休暇、夏休み前のお話でしたが、皆さんは、夏休み前のテストとか、どうだったでしょうか?私はユキや如月舞と同様に、可もなく不可もない、って感じだったのを覚えています。
次回から、夏休み編に突入します!ユキの周りの美女軍団やら追試の大川健一やら、一体どうなるのかっ!?
お楽しみに〜〜〜♪ 矢枝