35:私の怒り&俺の見た夢
前半は綾館美雪⇒後半は相澤由希の視点です。
振り続く雨の音を、今日ほど不快に感じた事は無かった。
白ばかりの飾り無い部屋に、愛しき人は眠っている………。
「……ユキ……」
その名を口にしても、彼は眠りから覚めない………どうして?
「……貴様が、貴様がユキを!!!!」
「……すまない……」
「それだけしか言えないのかっ!!ユキは貴様を庇って刺されたのだ!!!!」
「…………」
「何とか言え!!」
「ちょっと!病室では静かにして下さい!!」
言いようの無い怒りが、今の私を支配している。誰かに当たらなければ、私はどうにかなってしまいそうで―――
「美雪、落ち着きなさい!」
「けど、ユキがこの女と関わらなければっ!この女が………この女がっ!!」
パァンっ!!
「っ!?」
じんわりと、頬が熱くなった。その後で、痛みが感じられ………
「美雪の気持ちはよくわかります。ですが、他者を詰って傷付けるのは、ユキを刺したあの男と変わらないのです!」
「……っ……!!」
リリナ姉様に打たれた。これほどに彼女を怒らせたのは、初めて。だから、堪えた。いかなる理由があるにせよ、私は自分の憤りを、誰かにぶつけた………それは、現実を直視出来なかった私の“逃げ”。
「……すまない……」
「謝るべきは、私にではないでしょう?」
……姉様の言う通りだ。私の心無い言葉で傷付けた人がいる……。
「……本当にすまない」
「い、いいって!あ、謝るのはアタシのほうだ!!アタシのせいで、相澤が刺されたんだから…………」
辛いのは、私だけじゃない。ここにいるヤンキー女だって、無関係なユキを自分のせいで傷付けたと、苦しんでいる。
そして、今も病室で眠っているユキも、左胸を刺されて、苦しんでいる……。
今は、その場にいる全員が、一人の男の回復を願っていた――――
俺の視界には、死んだはずのじーちゃんがいて、優しかったばーちゃんが居て――――
(そういや、俺ってスキン野郎に刺されたんだっけ?)
って事は、俺、死んだのか…………。
なんか、呆気ねぇな。死んだってのに、実感湧かねぇ………つか、天国ってお花畑とか天使とかいねぇのか?どう見たって、ここ――――――
(じーちゃんの家じゃん!!)
古ぼけた木造家屋、くすんだ茶色い柱、色褪せた畳………。
見覚えがあるのは、間違い無く死っていたから。
「由希、稽古つけてやる。こっちに来い!」
見知った庭。上半身の服を脱ぎ、ちょいちょい、と手招きするじーちゃんは、相澤流古武術って流派の武闘家で、小さい頃はよく稽古つけてくれたっけ。
「いよっし!いくぞじーちゃん!!」
間合いを取りながら、右・左・上・下!幾度も拳や蹴りを繰り出す俺だが、じーちゃんはひょいひょいっと避ける。ちっくしょ!当たんねぇ!!
「甘いぞ由希!だからチンピラなんぞに遅れをとるんだ!」
「っ!痛いとこを突くな、じーちゃんは!」
「フッフォフォフォ!だが、身をていして女を庇うその意気やよし!だから、これは餞別だ………」
ドフォッ!!!!
「カハッ!!」
じーちゃんの一撃は、“双掌打”という両手を使った張り手のような技だが、全体重を乗せた一撃は、俺を軽々と吹っ飛ばす……………………………………………………………って、飛び過ぎじゃねぇかぁっ!?!?
「由希、お前はまだここに来るべきじゃない!まだまだ青春を謳歌せよっ!!」
「じーちゃーん!ばーちゃーん!!……………」
徐々に視界が暗くなる……………真っ暗になっていく中で、最後に見えたのは、にっこりと笑う祖父母の顔だった――――
「う………ん……」
目が覚めた。その視界に映ったのは、見覚えのない真っ白な天井と、鼻をくすぐるような、消毒液の臭いだった―――
「先生!相澤さんの意識が戻りました!!」
バタバタと部屋を出て行く女性の姿を見て、ようやくその人が看護士さんだということ、ここが病院だということに気付いた。
同時に、体の怠さと口元に装着された酸素マスクが煩わしく、俺は生きている事を実感――――
慌てて来た主治医の先生の話によれば、刺された箇所は心臓から僅かに外れていたが、出血量が多くて、一時は危篤状態だったとか。意識を取り戻したから、後は傷の状態に気をつけさえすりゃ大丈夫だとか。
話はよくわかったが、今はただ、眠らせてほしい…………
⇒
入院から一週間が経ち、傷の具合も良くて、ようやく集中治療室から一般病室に移された俺。
「ユキ、傷はもう大丈夫か?」
「ええ。ご心配をおかけしました」
「ユキ、マズい病院食ばかりで辟易していると思いまして、私が特別に料理を作りました!」
「返答次第では病院の居心地が悪くなりそうなので、ノーコメントで。料理は有り難く頂きますリリナ先輩」
一般病室に移った当日、早速、綾館姉妹がお見舞いに来てくれた。
「何をしてる、さっさとこっちに来い!」
「っ!」
「いいから、早く!!」
病室入口で中を伺っていたのは、獅子神さんだ。美雪先輩に促され、気まずそうに中に入って来た。
「あ、相澤ぁ………ごめん、アタシのせいで!」
「いやいや、名誉の負傷っすよ。寧ろご心配をおかけしました!」
「相澤ぁ……よかった、よかったぁ!!」
ぎゅうっ!!
「ぎゃああ!いででで痛い痛い痛いぃ!!」
感情的になって抱き着かないで獅子神さん!傷口が痛いぃ!!!!!!
「貴様ぁ!ユキに抱き着くとは言語道断!!私ですらまだ経験していないのにっ!!」
「ほほえましいですね」
違うよリリナさん!論点ズレてる!!ってか痛い痛い痛いぃ!!!!誰か助けてぇぇっっ!!!!
その後、俺は退院が一週間延長したのは言うまでもない。
どうも、矢枝です。つくづく思いました。
「俺、戦闘描写下手過ぎ………」
だと。
ま、まぁ、苦手な描写も克服出来るように頑張ります!
さて、本編はユキも退院し、いよいよ夏編へと突入します。暑い夏!暑苦しい美雪先輩を、お楽しみに!