19:元恋人にからかわれ………
綾館姉妹は、普段あまり服屋に行かないらしく、その事もあって、俺が普段行く服飾屋の“ELICE”にやって来た。
市街地のセンター街じゃ割と有名な店で、メンズ・レディスと区画に分かれてはいるが、品揃えは豊富で人気がある。
そんな所に案内した俺だが、普段は絶対に寄り付かないレディスコーナーに足を踏み入れた途端、聞き覚えのある声と見覚えのある人物に、我が目を疑った。
「さ、沙織じゃねえか!何だってここにいんだよっ!?」
「いや、むしろレディスコーナーに美人を二人もはべらせて入って来た相澤の方が不思議じゃない?」
ツリ目に栗色セミロング、160にちょっと届かない程度の身長の女は、やや呆れ気味に言い返す。
この女とは幼稚園・小・中学時代を一緒に過ごした“元腐れ縁”であり、名前は旗沙織という。
「どっちかは彼女?」
「違う違う。こっちは俺の先ぱ「婚約者の綾館美雪だ!」
「盛大なデマはやめてくれ美雪先輩!ったく……で、こちらが―――」
「専属メイドのリリナ・F・ナイトロードです」
二人ともやめて!!他のお客さんがザワザワしてるっ!!!!
「相澤も隅におけないなぁっハハ!!ま、元カノとしちゃ、ちょーっと複雑だなぁ………」
「「も、元カノォォォオッッッ!!????」」
ああ、もう!!話がややこしくなるっ!!!!
旗沙織………こいつが余計な一言を口走ったが故に、服選びどころじゃない。
「ユ〜〜キ〜〜……本妻である私がいながら、他の女に手を出すとはぁ〜〜」
「本妻違う!しかも中学時代の話だし!!元だし!!つか、先輩と俺は付き合ってねぇしっ!!!!」
「ユキ……私の可愛い妹を泣かせるなんて……」
「泣かせてないし!泣きてぇのはこっちだし!!」
「へぇ〜……ってことは、私が再度、相澤の恋人に立候補してもいいってことだ!?」
「こんな状況で悪い冗談はよせってば!!!!」
ツッコミが追いつかねえ。沙織はいつもこんなだった。昔も散々振り回されたあげく「ごめん、好きな人出来た!そんなわけで別れて!!」と、一気にまくし立てられて別れる事になったっけ………。
「み、美雪先輩!服っ!服選びに来たんでしょ!?」
「服より先に狩らねばならん獲物が出来た!」
「ちょっ!?リ、リリナさん!とめて!!」
「美雪、私も加勢するわ!」
「なんで参加!?」
「ふぅん?黒月流古武術のあたしの相手してくれるんだ?」
なんでバトる雰囲気!?誰かとめて!俺じゃこの中に割り込めねぇ!!!!
なんで綾館姉まで参加してんのっ!?ここ街中だよ?服屋だよっ!?なんでバトる雰囲気出てんのおぉぉお??????
⇒⇒⇒
バトるわきゃねぇとはわかっちゃいたけど、騒動をとめてくれたのは、この店の店長さんだった。
「こら沙織!」
ゴンッ!!
「ったぁ!?」
「お客様相手に何を喧嘩吹っかけてんだいまったく!!」
「え〜〜喧嘩売って来たのは向こうだし!」
ゴンッ!!
「むぎゃっ!!??」
「ここじゃ、お客様は神様なんだよ!それに、口答えしない!!」
「……はぁい……」
頬を膨らませ、ブータレ気味の沙織をよそに、店長である恰幅の良いおばちゃんは、丁寧に頭を下げた。
「ごめんなさいねぇ。うちの娘、喧嘩っ早くて」
「ああ、いえ。私の方こそ、ご迷惑をおかけしまして……」
「申し訳ございません」
遅ればせな説明だが、店長は沙織の母親である。当然、俺も面識があるわけで―――
「相澤くん、久々だねぇ!!」
「ご無沙汰してます!」
「ハッハッハ!畏まらなくていいって!」
豪快に笑い、俺の肩をバシバシ叩くおばちゃん。ってか、痛い!
「ま、こんな美人さんも一緒じゃ、うちの娘も焦るのはよくわかるけど………ねぇ?」
「お、お母さんっ!!」
「さぁて、あたしゃ奥で荷物整理でもしてくるかねぇ……」
おばちゃん、退場。やっぱ母親だけあって、娘の扱い方は慣れてんなぁ。
……ところで、なんで沙織はそんなに慌ててんだ?
◇
大人しくなった沙織は置いといて、とりあえず当初の目的は遂行せねば。
の、前に――――
「美雪先輩、暑苦しい………」
「私は暑くないが?」
「ええい!俺が暑い!!引っ付くな!腕を絡めんな!!む、胸が当たって……」
「心配するな!当ててるんだ!!どうだ、ムラムラするだろう?」
「離れろ変態!!」
一連の出来事のせいか、美雪変態(先輩)の密着度が増えた。男としちゃ嬉しいかもだが、出来ればそういう事は俺ではなく、将来の彼氏にでもやってくれ。俺の選択肢に変態は入ってねぇ!
「っと………それより沙織。なんで店嫌いなお前がここで働いてんだ?」
沙織は昔っから、服飾関係に毛嫌いしていた。実家が服屋をやってたから、その反動だと思うが。
「………嫌いっていうより、苦手だったのよ。家庭科も工作も成績悪かったし、やっぱ親がそういう仕事してるから尚更……ね。でもさ、嫌いじゃなかった。手伝い程度から始めたんだけど、今はこの仕事が好きだから、ここでバイトしてんの」
成る程ね。
「……と、ところで、さ、さっきの話なんだけどさ……」
「あん?」
服を畳んでいた沙織は手を止め、こっちに振り返った。
「こ、恋人いないんならさ、もう一度………立候補しても、いい?」
「…………………ヘ?」
「そ、それが嫌なら、また、友達からでもいいから………さ」
思ってもみなかった言葉に面喰らったのは俺だけじゃなく―――
「ユ、ユキは渡さん!!」
「い、妹にライバルが…………」
綾館姉妹もまた、驚きと焦りを見せていた。
「……な〜んてね!びっくりした?」
「は?え、え?」
「相っ変わらずからかい甲斐があるわ。あっははは!!」
なんてこった、不覚にもドキッとしたじゃねぇか!!
「沙織さん、ユキは私の彼氏だ!からかうのは勘弁願えないか?」
「彼氏じゃねぇし!!!!」