96:閉会式後の……
美雪視点→ユキ視点→美雪視点の順です。◇や◆ごとに視点が変わります。
いよいよ……最後の演舞である。今年はどの団も、本当に頑張った……だからこそ、名残り惜しく感じてしまう……
「美雪、どうしました?」
「いや……なんでもない」
団席に座る私の隣で、リリナ姉さまが私の顔を心配そうに覗き込む。「なんでもない」と苦笑を混じらせる私に、姉さまは―――
「美雪、今からユキが素敵な“サプライズ”をお見せしますよ!」
と、微笑んだ。
「サプライズ?」
「ええ。ユキの応援団服の背面を見れば、おのずとその意味も理解できます」
ニコニコと微笑む姉さまは、それだけ言ってグラウンドの方へと顔を向け直す。私は姉さまの言葉の意味を理解できてはいないが、「応援団服の背面」という言葉が少し引っかかる。そういえば、ユキの居る紫団応援団席裏に様子を見に行ったとき、ユキは必死に私から背中の“刺繍”を見られないようにしていたっけか。
そのときはあまり気にも留めてはいなかったが、姉さまの言うように、ユキの背中を見れば、その意味を理解できそうな気がしてきた。
我が青団は【応援団演舞】を残して暫定でトップに躍り出てはいるものの、ユキの居る紫団・京都の居る黄団も、最終競技の結果発表の如何によって“優勝”が決まるという接戦中の接戦である。既に演舞・マスゲームを終えた青団や、京都の居る黄団は、残る最後の紫団の結果を見るだけ……この時間は、とても長く感じてしまいそうだ。
≪それでは、体育祭最後の競技【応援団演舞・マスゲーム】で大トリを務める紫団応援団の発表です!≫
グラウンド内にアナウンスが響き渡る……そして、体育祭の最後を締める、紫団応援団が、ドン!ドン!と響く太鼓の音にあわせてグラウンドの中央へ……。その中に……いた!ユキだ!!紫団の応援団席裏で見たときも、オールバックにした髪形とか部分的に染められた赤が良く似合っていると思ったが、こうやって突き抜けんばかりの快晴の空の下で見ても、やはり良く似合っている!それよりも、ユキの背中だっけ?えっと、何々―――
“澤落つる 美しき雪 愛でながら 心を写す 一度の舞”
「……姉さま」
「おそらくユキなりの“返歌”というものでしょう」
“返歌”か……。要するに、今まで私がユキにたくさんの“愛の告白”をしてきた。その答えが、この短歌となっているものだろう……。
まぁ短歌としては、誉められるような文章ではないのかもしれないが―――
「……いかな名句と呼ばれる短歌であっても、私の心にはユキの背負う短歌が一番だ!」
「では、ユキの“一度の舞”を、しっかりと目に焼き付けましょう」
「うむ!」
→→→→
「紫獅奮迅!」
『おぅ!!』
ダン!ダダン!!ダ、ダンダンダン!!!!……
紫団応援団長の、たしか河南だったか?の声でスタートした応援団演舞・マスゲームは、湊というなぜかリリナ姉さまのことが大好きな女の子が“太鼓役”という、一見ミスマッチな組み合わせだが、その華奢な体躯に似合わぬ豪快な音がグラウンドに響き渡り、演舞も一糸乱れず素晴らしい。マスゲームこそ設置された団席の関係上よく見えないが、きっと完璧に仕上がっているのだろう……。
「紫龍咆哮!」
『おぉっ!!』
…………………
「紫電招来!!」
『おおぉっ!!!!』
……………
「終舞……」
『桜扇鏡花!!!!』
…………
約5分ほどの演舞の中で、私は今日1日を、どれほど長く……どれほど短く感じたのだろうか……。皆、声を出さなかった、いや、出せなかったといったほうが正しいのかもしれない……。それほどまでに紫団の応援演舞は素晴らしい仕上がりで、最初の拍手が起こるまで、まるで水を打ったようにシーンと静まり返ったグラウンド……。
『ありがとうございました!』
紫団応援団が終わりの言葉を口にしたとき、ようやく割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。
颯爽とグラウンドから退場する紫団応援団員の中で、私の姿を見つけたユキは照れくさそうに小さく手を振り、私は―――
「最高だったぞ!!」
と、声を大にして手を振った。
→→→
体育祭全ての競技が終わり、グラウンドに整列していく生徒達……。副会長の立場である私は、生徒会長の京都や他の生徒会役員と同様に、教員席横の“生徒会席”のある場所で、体育祭を彩った選手達の晴れ晴れとした表情を目にしていた。
「皆さん、お疲れ様でした!これより成績を発表いたします!」
校長先生の声がマイクを通してグラウンドに響く……。
「今年度、応援団演舞ならびに総合優勝は……」
一同が固唾を呑んで、次の言葉を待つ……ある者はじっと目をつぶり、またある者は手を合わせて祈るように。
そして―――
「……紫団、おめでとう!!」
一瞬の間を置いて、紫団の選手は「わぁっ!!」と歓喜の声を上げた……。度重なる接戦に次ぐ接戦を制したのは、ユキたちの居る紫団だった。
私や桜花のいる青団は2位と逆転負け、京都擁する黄団も3位と大健闘。自団が優勝できなかったというのは悔しい気持ちもある。だが、今は不思議と気分が良い……それはきっと、自分達が一丸となって頑張ったからなのだろう……。
段上から降りた校長は、今年度優勝の紫団代表の河南くんに優勝旗を手渡し、応援団演舞でも見事1位を獲ったので、同じく応援団の副団長を務めたユキは、大きなトロフィーを手渡される。
一度河南くんとユキは顔を見合わせた後で、両方が全団の選手に体を向けなおし、優勝旗・トロフィーを高々と掲げ上げた。
拍手が起こる中、私は心の中で「おめでとう」と叫び、そして皆と同様に拍手を送った。
閉会式も終わり、私の高校最後の体育祭も終わりを迎えた。はずだったのだが……
「では、これより最後のイベントを行いたいと思いま~す!」
突如、段上に設置されたマイクを持ってテンション高く宣言した京都。い、一体なんだ!?
「では、紫団応援副団長の相澤由希くん、段上へどうぞ~!!」
は?え、ゆ、ユキぃ!???
◆
それは、応援団演舞をやり遂げた直後のことで、河南の言葉に一瞬めまいがした……
「相澤、ちょっとこっちに来い!」
「ん?どした?」
河南に呼ばれた俺がついていった先には、生徒会長の長束京都先輩と、剣道部副将を務める井芹桜花先輩の姿が。
「やっほ!いやぁ相澤くん、美雪に気持ちは伝えたの?」
「気持ち?え、えぇっ!?ちょ、ななんで先輩が??」
「え?河南くんに聞いたから?」
「私もそうだよ」
ちょ、ちょい待ち!?既に俺の情報が漏えい状態!つか―――
「河南ぃっ!!」
「まぁ落ち着け」
情報漏えい者である河南の胸倉をガシッと掴み、そりゃもう凜の般若顔にも負けんばかりの表情と苛立ちを浮かべる俺に、河南はやれやれといった表情。平然としている姿が、余計に苛立たしい。
「てめぇ!あれだけ「美雪さんに告白する」っていうのは内緒だっつっただろうが!!」
「はれ?そうなの??」
「へぇ、やっと美雪に告白する決心がついたんだ!」
「……は?」
な、なんでそんな意外そうな顔してる―――
「私はただ「美雪と相澤くんっていつ付き合うの?」って聞いただけだけど」
「私もそうだよ」
「だから俺は「何のことですか?」としか答えてない……要するに、生徒会長と井芹先輩に“カマかけられた”んだよ」
は、謀られた!!
「それより、手を離してくれ……いい加減、息もしづらい……」
「あ?あ、あぁ!すまん!!」
まるで俺が存在しない“例の写真”のことで河南に胸倉を掴まれていた時と、全く同じ状況である。それに、自分が墓穴を掘ったようなもんだし、今更「違います」とも言えねぇ……
「いやぁ結構結構!それよりさ、いつ告白するの?」
「私らがお膳立てしてあげよっか~??」
「い、いや……それは……」
「「もう逃げらんないよ~♪♪♪」」
有無を言わせぬ不敵な笑みを浮かべた京都会長と井芹先輩は、ガシッと俺の両肩を掴んで離さない……こういう場合は意地でも逃げたいのだが、河南も不敵に眉を吊り上げ、俺の退路を阻むように立ちふさがっている。
「悪いな……多少強引だが、“きっかけ”は作ってやったぞ」
そこにはもう“拒否”という選択肢は残されていなかった―――
◇
段上に上ったのは、間違いなくユキの姿である。演舞中はオールバックにしていた髪が梳かれてはいるものの、格好は演舞のときと全く同じである。それにしても……緊張してないか?
「え、え~っと……」
普段の気だるげな感じはナリを潜め、何かに追い詰められたような表情が隠せないユキの姿……対する京都はニコニコからニヤニヤと笑みが少し変わったような……
「では、早速“イベント”の方へ移りたいと思いま~す!皆様、拍手~!!」
司会と化した京都に促され、生徒や教師からも拍手が。なっ!?み、みんな知っているのか?というよりも、知らないのは私だけ??リリナ姉さまも目が合った瞬間にウィンクを投げてきたり、ヤンキー女も、訳知り顔で私のほうを見ている。
そして―――
「綾館美雪さん!」
「は、はひ!?」
マイクを手にし、私の名を呼ぶユキの声に思わず素っ頓狂な声を出す……テントからユキのほうへ顔を向けると、京都がちょいちょいと私を手招く。いわれるがままに私もユキ・京都のいる段上前へと足を向けたのだが、それにしても一体、何をする気だ??
「では相澤くん、お願いしま~す!!」