呪いと祈りと美少年
久しぶりに文章を書きます。リハビリ的な作品です。久々にやってみたら、何だかその時の方が上手くいくみたいな経験ありますよね。将棋とかオセロとか、ビギナーズラックの復活、カムバックサービス、そんなのを期待してみます。
「────『呪い』って、何だと思う?」
白髪の彼は、ふとそんな質問をしてきた。
「人を傷つけたりする、死んだ人が残す想いの結晶みたいなもの」
わたしよりも背が高いけど、お父様よりは背の低い。ひげも生えていなくて、お母様より痩せている。
そんな彼は、ふわふわとした笑みを崩さないまま、窓の外に目を向けていた。
「『呪い』はね、人を傷つけるとは限らなくて、死んだ人が残すとも限らないんだよ」
「………………じゃあ、呪いってなに?」
わたしが答えたことを全て否定されて、ムッとしながら尋ねる。
彼は言葉を口の中で転がして、そっと、息を吹きかけるように、唇から出した。
「………………『祈り』かな」
「?」
「『呪い』は『想い』、『想い』は『願い』」
唄うように言って、彼はわたしに顔を向けた。
「『願い』は『祈り』、だから『祈り』」
「………………お祈りは、お願いとは違うわ」
「いいや、一緒だよ、ある条件で願いは、祈りと同じさ」
「条件?」
彼は笑ったまま、再び遠く、空を見た。
「叶えられない願い、聞き届けられない願い、それを人は祈りっていうんじゃないかな」
「…………わたしをからかってるの?」
あんまりに要領の得ない言葉に、つい、怒りが口から出てしまった。
「お父様とお母様を殺した呪いを、あなたは探しに来たんでしょう?」
「ああ、そうだよ、お嬢様」
彼はやっと窓から離れて、でも顔は微笑んだようなままだった。
ーーーーー
傷一つないお父様、死に顔はどこか苦しげだった。
外傷なし、毒もなし、空気の穢れもなし。
お母様があまりに泣くものだから、わたしは泣くことを忘れて、ずっと背中を撫でることしかできなかった。
傷一つないお母様、死に顔はどこか安らかだった。
外傷なし、毒もなし、空気の穢れもなし。
家族が二人、一週経たずにいなくなって、わたしは泣き方を忘れてしまったらしかった。
ふらりと二人が死んだのは、『死の呪い』と言われた。
呪い、それは人の想いから生まれる現象。
教訓話とか、怪談とかでしか聞かないようなもの。
親戚が集まり、腫物に触るようにわたしを見た。
お父様、お母様、次は私に違いないと。
「もし、『呪い』があると聞いたのですが」
いつの間にかそこにいた彼は、白髪だった。わたしよりは大人で、大人よりは子どもの、少年だった。
「こ、困りますな……! 勝手に入られては……!」
後ろから、家令のおじさんが入ってきて、彼を追い出そうとする。しかし、それを叔父が手で止めた。
「もしや、貴方は『対呪士』の方ですか?」
「……ええ、そうです、その通り、貴方は呼ん、いえ、貴方が呼んでくださった方でしょうか」
「はい、一縷の望みをかけ、知人に頼んでおきましたが……こんなに早く来ていただけるとは!」
「ハハハ…………ええと、ええ、お任せください、呪いについては専門家ですから」
どうも、親戚の一人が呼んだ客人だったらしかった。彼はおじさんから少し話を聞いた後、わたしの方に近づいてきた。
「よろしくね、お嬢様」
膝をついて目線を合わせきた彼に、わたしは胸がむかむかした。
彼は名乗らなかったから、わたしも名乗らなかった。
ーーーーー
「では、『呪い』はどんな形をしていると思う?」
彼は屋敷をふらふら歩いて、わたしはその横をかつかつ歩いた。
「何か…………モノに、くっついてる」
「大正解」
くるりと体を回して、笑みを向ける彼。思わず目を逸らした、その目から逃れるように。正解を言えたことが追及されないか、不安だったのだと思う。
「呪いには形がない、だから近くのモノにべったり染みつく、呪いの染みこんだものは『呪物』って言うんだ」
「呪物…………」
「呪物の特徴はね、丈夫になって、壊れない、変わらないんだ」
「…………錆びたり、欠けたりしないってこと?」
「……刃物とかなら、そうだろうね」
わたしは口を開いて、何か言おうとして、だけど口を閉じた。何か言う気も、上手く言える気もしなかった。
「なら、呪物を探すの? 呪いの…………死の呪いのくっついたモノを」
「そうだね、ふふっ」
彼が笑って、わたしはいらいらがふくれた。胸から熱いお湯があふれるような感覚に、じっと彼を睨みつけた。
「あっと、うん、笑うのは変だね…………でも、もしも『死の呪い』なら、凄いことだよ」
また、どこか遠くをきらきらと見ている彼、更にどくどくとうるさい。
彼はわたしを見て、少し首を傾げてから、そっと優しく微笑んだ。
「聞いたことないかな、『世界滅ぼす七呪い』、御伽噺みたいな、予言みたいな話」
「それくらい知ってる、『死』、『病』…………あと、えっと、最後が『生』」
「三つしかないね」
「三つも知ってる!」
「はいはい」
別に、そんな御伽噺の説明が欲しかったわけじゃない。ただ、彼を見ていると、いらいらする、むかむかするだけなのに。
「…………子ども扱いしないで、わたしはもう十歳、レディなんだから」
「ええ、分かってますとも、お嬢様」
明らかに冗談めかした言葉に、ざわざわが大きくなる。大声を上げたいくらい、ぐっと押し込まれるみたい。
わたしより背が高くて、わたしより大人っぽくて、だけど、大人よりもわたしに近くて、骨ばってて、すらっとしてて、わたしと違う、ヘンなふうで──
「お嬢様?」
「な、なにっ?!」
突然呼ばれてビックリすると、彼はまた優しそうに微笑んだ。
「それで──それで、まだ答えてもらってないけど、呪物を探すの?」
「そうだね」
「どうやって探すの?」
「待つ、かな」
「…………わたしが死ぬまで?」
言って、言うべきじゃなかったかなと弱気が出てくる。じわじわと、重たくて暗い感覚が、お腹の底でぐるぐるとしている。
「呪いの場所がはっきりするまで、だよ」
ぼんやりと顔を動かす彼は、やっぱり遠くを見つめるような表情をしていた。
「僕にはね、呪いの場所がある程度分かるんだ」
「…………対呪士、だから?」
同じように遠くを見るようにしても、わたしには何にも感じ取れなかった。
「そう、そうだね、僕は呪いの専門家だからね、うん」
少し早口になった彼は、雨の匂いを嗅ぐみたいに顔をゆったり動かしていた。
「…………あるの?」
「ここに、この屋敷の中にあるのは間違いないよ」
まだ、細かい場所は分からないけどねと、彼はわたしの顔を見た。その顔が真っ直ぐで、やっぱりむかむかした。
「じゃあ、待つだけ? 呪物が見つかるまで、待ってるだけ?」
「そうだね」
「いろいろ探したり、話を聞いたりとか」
「どうしよっかな」
「でも、そしたら、また殺されちゃう!」
声が大きくなって、彼は少し目を見開いた後に、優しい笑みをした。
「なら、お嬢様、知っていること、教えてくれる?」
「っ!」
撫でつけるような、お母様の手みたいな声。なんでも見抜いて、言うことを待っている声。
「お嬢様はさっき、呪いはモノにくっつくって、当てたよね、呪物の特徴についても、錆びたり欠けたりしないって」
「それは…………」
「それに────呪いをちっとも疑ってない」
口をぱくぱくして、何とか言おうとするけど、やっぱり上手く言える気がしなかった。
「お嬢様、もしかして、呪物を見たことがあるの?」
「………………………………」
ずっと、誰にも秘密にしていたことだった。
黙ってるつもりだった。
お父様が死んだのも、お母様が死んだのも、わたしのせいかもしれないから。
「…………三年、くらい前」
でも、話そうって思ったのは、なんでなんだろう。
「お父様の書斎の、鍵のかかった引き出しの中に、ナイフがあったの」
「…………ナイフ?」
「見て、すぐにヘンだって、おかしいって思ったの」
「そのナイフ自体が、何か、特別なモノに見えた?」
「ううん、果物を剥くみたいな、普通のモノ…………なのに…………」
なのに、アレはおかしかった。直ぐに鍵をかけて、見たことがバレないか、びくびくしてた。
呪いって聞いたとき、一番最初に頭に浮かんだ。お父様を殺して、お母様を殺して、最後に私を殺すんだって、わたしが見つけたから、殺すんだって…………
「…………そっか」
悲しそうな声がして、見ると、彼は目を伏せていた。
呆れられて、諦められた、見放されたと思った。怒られるのは怖いけど、見捨てられるのは、怒られるより嫌だった。
「いや、お嬢様は悪くない、呪いにもよるけど、そんな、三年も経ってから起こるようなの、僕は見たことないからね」
「え…………?」
頭を少し振って、寂しげな笑みを浮かべた彼は、がっかりしたみたいで、だけど、わたしにがっかりしたわけではないみたいだった。
「なら、その書斎を覗いてみよう、きっと、そこにはもう無いよ」
書斎について、隠し場所から鍵を出して、引き出しの鍵を開く。
「ほらね」
引き出しを覗いた彼の声に、わたしも覗く。
そこには、何も無かった。
「呪物は、あるだけで何か起こすものと、条件付きで何か起こすものがあるんだ」
彼は悲しげな目で、口元には形だけの笑みがあった。
「きっと、誰かに盗まれて、使われたんだろう」
「呪いを、使う?」
わたしには信じられなかった。あんなにヘンなモノを、使うなんて。
珍しい話じゃないよと、彼は笑った、寂しそうだった。
「『呪い』はね、意味を失った現象なんだ」
それは、唄うように、呻くように。
『祈り』と呼んでいた『呪い』の説明だった
「誰かが強く想っていたことで生まれて、現実に影響する現象になったのが『呪い』」
「意味を失うって、どういうこと?」
「…………『呪い』は『想い』から生まれて、大抵、『願い』の形をしているんだ」
哀しそうに彼は微笑う。
「でもね、そこにはもう、『想い』は無いんだ、『願い』の形だけ、現象を、ただ繰り返す、形になって、意味が千切れるんだ」
「………………分かんない」
「いつか分かるよ」
彼はほんの少しだけ、目を瞑って、笑みを無くした。
「よし、それじゃ、聞き込みだ、ナイフを知っている人、ナイフを盗れる人、思いつく人はいるかな?」
目を開いたその顔は、真面目そうな、作り笑いだった。
「──と言うわけで、そんなナイフについて、心当たりはありますか?」
わたしが最初に思いついた人は、ずっとこの屋敷にいる使用人のお婆さんだった。わたしが生まれる前、お父様が生まれる前から働いている人で、物静かで優しい人だ。
「……ナイフ、ですか」
「ええ……何か知っているようですね」
「お嬢様に聞かせる話では──」
「いまは、わたしがこの屋敷の主よ、教えてちょうだい」
「……かしこまりました」
白髪頭を深々と下げる姿は、少しだけ慣れない。胸がちくちくするけれど、顔を変えないように我慢する。
「大旦那様…………お嬢様のお爺様には、兄弟がいらしたのは、ご存じでしょうか」
「ええ、事故で亡くなったって」
「いいえお坊ちゃま──失礼、あの方は、自ら命を絶ったのです」
え、と口から声が漏れてしまった。
「…………何故か、知っていますか?」
彼が質問すると、使用人は眉の皺の増やして、首を小さく横に振った。
「それが、誰にも分からなかったのです……果物が欲しいと、ナイフと共に自室に持っていき、そのナイフで、胸を……」
「ナイフの模様や柄などは覚えていますか?」
「いえ……まだ私が少女の頃の話でしたし、あの方に私は嫌われていたので」
そういって、使用人はほんの少し微笑んだ。どこか嬉しそうに皺を深めていて、わたしは何で笑ったのか、不思議でならなかった。
「では、その方は、胸──心臓を、自らナイフで刺した、ということで、合っていますか?」
「はい…………もしかして、あの方も何か、呪いによって──」
「それはまだ分かりません、ありがとうございました」
彼が話を切ってしまって、わたしは使用人に話を聞けなかった。むすっとしながらも彼を見る。胸がむかむかしていたけど、彼の顔がひどく冷めていて、ヘンに胸が波打った。
「……どうしたの?」
「ああ、うん、良い知らせと悪い知らせがある」
歩き出した彼の脚は速く、わたしは少し小走りになりながら、どうにかついていく。
「い、良い知らせって?」
「呪物の場所が分かったよ、どこにあるか、もうはっきり分かる」
「ほんとに!? なら、ん、悪い知らせは?」
「動いてるんだ、それも僕らの方に」
「────え?」
彼の手が私を抱き上げて、胸がざわざわ、むかむかする。騒がしくて、忙しなく、慌てたように鳴っている。
「呪物が動いてるってことは、持ち主が近づいてるってこと、なりふり構わなくなったらしい」
彼の声が近くに聞こえて、意味がさっぱり分からない。足が地面についていなくて、身体を支える彼の手の冷たさが、お父様とは全く違って、顔に熱がこもって仕方ない。
「お嬢様、あと少し我慢して、親戚の人達が集まってるところじゃないと、面倒だからね」
うるさい、うるさい、うるさい、全身が大きくなる、じんじん膨らむ、喉が渇いて、寂しくて、苦しい。なんでこんなに苦しいのか分からないくらいに、苦しい。
彼が扉を開いて、部屋には親戚がいる。全員の目がこちらに向いた。
「対呪士殿、いかがされた?」
「呪いの場所と、それを利用した犯人が分かりました」
「なんと…………では、我が兄と義姉はその何者かに殺されたと!」
「ええ、その通りです」
早口で言って、やっとわたしは床に降ろされて、息をほっとついた。
「誰なのですか、その犯人は?!」
叔父が尋ね、白髪の彼は私を連れて、振り返った。
「犯人は────貴方ですね?」
さっき、わたし達が通ってきた廊下。
そこには、家令のおじさんがいた。
「………………おっしゃっている意味がわかりませんな」
家令は、肩をすくめた。
「では、貴方はどうして、先ほどまで僕達を追いかけていたのですか?」
「追いかけていた、ええ、追いかけていました、当然ですな、屋敷の管理に必要な書類を、貴方は奪ったのですから」
家令は言って、その場の全員に聞こえるように声を張った。
「皆様、この不審者は屋敷を調査するという名目で、屋敷の帳簿を盗んだのです」
「な、なんだと?」
「随分な濡れ衣だ、証拠はあるのですか?」
「当然です、貴方は旦那様の書斎に無断で立ち入り、鍵のついた引き出しを開いた、そうでしょう?」
「ち、違います!」
わたしは思わず声を上げていた。
「彼が開いたのではなく、わたしが開けました! 中身は何もなく空でした!」
「ああ、お嬢様、おいたわしい、そやつに脅されているのですね、分かっております」
家令の言葉に、理解が追い付かない。脅された? 誰が? わたしが、彼に?
「対呪士などと眉唾なモノを屋敷に入れてはいけなかったのです! これ! このものを捕えなさい!」
家令の言葉に、人が入ってくる。彼とわたしを囲んで、じりじりと寄ってくる。
「話を、話を聞きなさい!」
「お嬢様は錯乱していらっしゃる! さあ早く、その男をひっ捕らえなさい!」
家令が叫び、わたしはぎゅっと彼の服を掴んだ。
「──もし」
いつの間にか、わたしは目を瞑っていたらしかった。彼の声と、頭を撫でる優しい手の感触に、目を開いた。
「もし、話を進めてもいいでしょうか」
周りを囲んでいた彼らは、全員、床に転がっていた。喉や口を押えて、気絶しているらしかった。あきれたような目で、彼は叔父を見ていた。
「な…………! ほ、本性を現したな──!」
家令の声に、うんざり顔の彼は、再び口を開いた。
「まずは、話を進めさせてください、さもなくば、全員をこうします」
もはや家令に目を向けず、叔父に話しかける彼。
「あ、ああ、分かった」
「──まず、お嬢様、引き出しの中に何もなかったのは、見ましたよね?」
「え、ええ、確かに見たわ」
「家令、でしたか? 貴方はあの引き出しに帳簿など、書類が入っていたと?」
「そ、そうだ、その通りだ!」
「では、貴方は、あそこにあるはずのものを、当然知っていますね?」
家令は、ぐっと息をのんだ。
「な、なにを言っている。あの引き出しにあるのは、書類だけだ! 何を調べたかは知らないが、でたらめを言うな!」
「…………お嬢様は、あの引き出しを開けたことがあるのです、中に入っていたものを、教えてください」
「……ナイフ、ヘンなナイフが入ってた」
「っ! それは…………」
彼の顔色はちっとも変わらず、家令の顔は汗が垂れていた。
その様子で、叔父はどちらが信用に足るのかを判断したようだった。
「対呪士殿、我々にも分かるように説明を頼む」
「簡単な話です、呪いのこもったナイフ、それと書類が入っていたと思われる引き出しを、彼は書類以外入っていなかったと言ったんです」
家令は歯ぎしりをしてうつむいて、服に爪を立てている。
「それは、姪がその引き出しを見た後に、ナイフの保管場所を変えた可能性も…………」
「もしもその男が、僕に濡れ衣を着せていないのなら、ありえますね」
「叔父様、わたしが開けた時、引き出しの中は空っぽでした、書類も何も、元々ありませんでした」
言って、やっと家令のやろうとしたことに合点がいった。
「貴方は書類を盗っていた、見られたら困るものがあったから、誰かに奪われたことにしたかった、違いますか?」
「……随分と荒い、推測だな」
家令の言葉に、彼は片眉を上げて、ほんの少し笑った。
「勿論、ナイフと書類の保管場所を変えていて、それを知らなかった貴方が、僕が盗んだと勘違いした………………と言い逃れることもできます、というより、その方が自然だ」
「…………では、対呪士殿、なぜ彼が犯人だと言える?」
「シンプルに、物的証拠ですよ」
「僕には呪いの場所が分かるのです、その男の懐の中にあるとね」
その言葉と、家令が手を服から出したのは、ほとんど同時だった。
「その通り、最初からこうしておくんだった」
その手にあるナイフは、妙に艶めいて、背筋にゾクゾクと悪寒が走るようで、一目でヘンと分かるモノだった。
「認めるんですね? 二名を殺害したと」
「ああ、そうだ! ちょっとばかし金を使っただけでよ! 俺がここまで成り上がるのにどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「君は、兄に尽くしていたと思ったんだがね」
「ああ、そうさ、長年媚びへつらってきたさ! 生まれながらの金持ちに、綺麗ごとばっかほざきやがるアイツらになァ!」
その目がわたしを射抜くように見て、わたしは服を更にぎゅっと掴んだ。
「ああ、馬鹿な主さ、金の管理を全部俺に任せてれば、俺だってこのナイフを触ったりしなかった、切っ先を向けたりもしなかった! 死ぬこともなかったってのによ!!」
「…………発動条件は、ナイフの先を向けられること、か」
小さな声で彼が言ったのが聞こえた。
「──それで、これからどうするつもりですか?」
「決まってんだろ、この力で、全員殺すんだよ、金目のモノを全部盗って、屋敷を焼いてな」
「そんなことをして、貴様は逃げられると思っているのか!?」
「逃げられるさ、そこの対呪士の死体を、俺の死体ってことにする、筋書きは、そうだなぁ…………対呪士が全員焼き殺した、なんてどうだ?」
嗤って、家令はナイフを握りしめた、あの先端が向いた瞬間に、わたしも、彼も、死んでしまう────。
「なら、僕を殺してみてください」
一歩、彼は前に出た。わたしが服を掴んでいた手を、そっと引きはがして、腕を広げて、ゆっくりと近づいていく。
「ほら、貴方は本当に殺せますか?」
「なっ、く、来るな!」
家令がナイフを掴んだまま、腕を振る。その切っ先は上を向いたままだ。
「貴方は小物だ、小心者だ、人を殺したことに、動揺している」
「黙れ、黙れ!」
「うっかり人を殺してしまって、それが信じられなくて──検証のためにもう一人殺した、違いますか?」
「うるさい! ほ、本当に殺すぞッ!」
「やってみればいい」
彼が近づいて、家令の姿が、背中で見えなくなる。あと少しか、もう一歩か、その背中が少しずつ小さくなるのを見て、息がそっと、漏れて。
「し、知るか、知るか知るか知るかァ! 死ねッ!」
ふらと、彼が、崩れ落ちた。
「は、はははッ! やった、やったぞ! もう知った事か!」
もしかすると、家令の先ほどまでの口ぶりは演技だったのかもしれない。そう思うほどの、狂ったような、取り返しのつかない線を越えてしまったような、耳に障る嗤い声だった。
「この『死の呪い』さえあれば、俺は無敵だッ! ざまあみろ! ははははははははッ!」
「死の呪い? いやいや、違うね」
「────────は?」
「………………え?」
むくりと、何事もなかったみたいに、彼は、白髪の彼は起き上がった。
「これはただの『心臓を止める呪い』だね、心停止の結果死ぬだけ……『安心停止』と名付けよう」
「お前、なぜ、何で────来るな! 来るなぁあああああ!!」
壁に縋るように逃げながら、家令は狂ったように切っ先を彼に、叔父様に、わたしに向けた。反射的に腕を前にして、しかし、何も起こらない。
そのナイフは────もう、何も、ヘンな感じがしなかった。
「お、おかしい! お前、お前、何でっ!?」
「そんなことよりも、気をつけた方がいい、やったことは自分に返ってくるものだよ」
「ふざけ──────ッ、あ…………?」
がくんと、家令の膝が床について、その顔が絨毯に半分埋まった。
ぱくぱくと口を動かすその顔から目をそらすと、いつからか、彼が家令を人差し指で指していた。
その指が、一瞬、ギラとヘンな光を持っていて、わたしは見てはいけないものを見たような気でいっぱいになっていた。
「────誰か、人を呼んできてくれ」
我に返った叔父が言って、壁際にいた親戚や、床に転がっていた使用人が動きだす。白髪の彼は床に転がったナイフを手に取って、ふらとどこかへ歩いていく。
わたしが少し小走りになりながら後を追いかけると、彼は先ほどの、使用人のお婆さんと話していた。なんだか騒がしいですねと、怪訝な顔の彼女に、彼は少し息を詰まらせながら、そっと口を開いた。
「もう一つだけ、聞きたいことがあるのですが」
「ええ、なんでしょう」
「ナイフで自殺をしたお坊ちゃまについて…………貴女は特別な感情を抱いていましたか?」
「────ああ、お恥ずかしい」
顔の皺を深くして、使用人は悲しそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「今でも、あの方を思うだけで、この胸が痛みます」
少女の頃の想いをずっと引きずっているのですと、胸を押さえて、嬉しそうに、悲しそうに、使用人は微笑んだ。
「…………そう、でしたか」
彼がくるりと動いて足早に去り、その背中をまた追いかける。彼にやっと追いついて、声をかけると、彼はとても哀しそうな顔をしていて、ずくんとわたしの胸が痛んだ。
「ああ、お嬢様」
「ねぇ、さっきの話、どういうこと? どうして聞いたの?」
驚いたことに、わたしはもう、家令のことがどうでもよくなっていた。
彼は寂しそうに微笑んだ。
懐からナイフを──今は見ても何も感じないそれを取り出して、ため息をついて、そっと水面に小さな波を作るように、声を出した。
「お嬢様、誰かを見ると心が痛むこと、どうしようもなくいらいらして、むかむかして、居ても立っても居られないような気持ちになったことはある?」
「──────わ、わかんない」
何とか言って、彼の顔から目を逸らす。ずくずく鳴る心臓が、うるさくて、うるさくて、耳の先までじんじんと音がする。分からない、これが何か分からない、でも、彼にだけは知られたくない。
「『呪い』は意味を失った現象、『想い』から生まれた『願い』の形、『想い』を失って残ったモノ」
小さく言って、彼はナイフの刃を指でなぞった。
「ここにあった『呪い』はね、『心臓を止める呪い』、それが『願い』だった」
「ここにあった『想い』は…………苦しかったんだ」
「その子はある使用人の少女を見るたびに、心がむかむかして、いらいらして、嫌って遠ざけた」
「それでも、心臓がずっと、ずっとうるさかった」
「耐えられなくて、何度も静かになれと、止まれと思って」
「────最後には、ナイフで、自分の胸を突き刺した」
つぶやくように言って、彼は悔しそうに微笑んだ。
「馬鹿だ、本当に、馬鹿だ────それが恋と分かっていれば、違う幸せがあったかもしれないのに」
白髪の彼は言って、目を瞑った。
祈るように、願うように。
救われますようにと。
ーーーーー
彼が屋敷から去って、数日が経った。
手に持ったナイフは、彼がわたしにくれたモノ。
『不要でしたらこちらで処分します』、と彼に言われて、『では』とか『ぜひ』とか言い出しそうな叔父を止めて、何とかどうにか受け取った。
刃が革で包まれ縫い付けられ、もう重石かお守りにしかならないようなそれを、わたしは握っては、高鳴る心に耳を澄ませていた。
そんなわたしに、まるで恥ずかしいものを見るみたいな目を向ける叔父。胸を焼く想い叔父に打ち明けたのは間違いだっただろうか。でも、このナイフは目に見える所で触りなさい、と言った叔父が悪いのだ。わたしが物思いに耽る様子を見ていればいい。
なんて思っていると、ノック。
来客者がいて、叔父の名前を出しているらしい。
てっきり学園に行っているお兄様から、やっと連絡が来たのだろうと思っていた。しかし、その来客者は二人組で、物々しい雰囲気で、控えめに言っても、ヘンな気配がしていた。
「ローグレン殿より依頼を受けました、対呪士のリリトです」
「同じく、対呪士のミルトです」
「二名の死亡者に関して、呪いが使われた疑いがあると聞きました」
「「………………………………え?」」
叔父とわたしは、間抜けな声を上げてしまった。
その対呪士の二人との話は難航した。わたしは詐欺かと疑って、叔父は追加人員が行き違いになったのかと考えた。
呪いは既に無くなった、とナイフを見せると、二人は顔を見合わせた。
「呪物から呪いが無くなるなんて、そんなことは起こりません」
「呪物が破壊された場合ならば、近くにあったモノに移ることがありますが……そも呪物を破壊するようなことは、呪物でなければできませんし」
「まして、何一つ傷もなく、呪いだけを消すなんて…………」
その二人の対呪士は、白髪の男が怪しいと言った。叔父は彼の働きについて話して、わたしも彼が呪いについて言っていたことを話した。
「呪いの解釈は、正確です」
「少なくとも、呪いを知らないわけではない」
「けれど、話によると、呪いをその身に受けて────」
「『心臓を止める呪い』、それを受けて、『生きていた』…………?」
「────まさか」
二人は顔を見合わせて、グンとわたし達に顔を向けた。
「その男は、呪いについて────『死』の呪いについて、何か言っていましたか?」
叔父は顔を引きつらせていたが、わたしには心当たりがあった。彼は、『死』の呪いについて話すとき、目をキラキラさせていた。でも、呪物がナイフだって知った時に、すごくガッカリした顔だった。そのことを話すと、二人は更に焦ったような顔をした。
「なんの変哲もないナイフ────『死』の呪いはの『滅亡七呪』の始まり、そんな新しいものに宿っているはずがないと判断して………………」
「だとしたら、そんな、まさか………………」
こそこそと目の前で話されるのは、気分が悪い。まるで彼が何かお尋ね者みたいな言い方じゃないか。
「………………すまないが、我々にも説明をしてほしい、彼は恩人だ、理由も分からずに何か言われるのはあまりいい気がしない」
「………………ええ、分かりました、あなた方には黙っていてもらわなくてはいけませんからね」
「先輩、話すのは────」
「黙ってろ! ごほん…………『世界滅ぼす七呪い』について、聞いたことはありますか?」
「ええ…………ですがアレは、お伽噺でしょう?」
「いえ、いいえ、断じて違います、かの七つの呪いは存在しています」
対呪士はそこで言葉を少し詰まらせ、机の上の紅茶を飲んだ。
「………………その彼は、こう呼ばれています、死を願うモノ、死を冒すモノ、呪いを利用した人間を悉く殺害する、『滅亡七呪』の最後」
「『生』の呪物、『不可死』と」
ーーーーー
私はすっかり大人になった。家を継ぐのはお兄様の責務で、私は好きな事をしてもいいと伝えられていた。幼い頃に両親を亡くした自分への気遣い、溺愛、半ば、腫物に触れるような扱いだった。
流れる日々は日に日に速くなり、脳裏の記憶は日に日に薄れる。
けれど、ナイフを抱くたび、胸は密やかに高まって、それは今も変わらない。
何処に出しても恥ずかしくない淑女とまでは言わなくとも、それなりにはなったと思う。出来うる限りの知識を学び、一般的な作法を身につけた。
余った時間は、ナイフを抱いて、どこかにいる彼を、ずっと、ずっと想い続けた。
決めた職業について、叔父と当主──つまりお兄様──から顔色を変えて止められたのは、数年の事。私は淑女として丁寧に説得し、どうにか了承を得た。
「『呪い』は『想い』、『想い』は『願い』」
謡うように、揺蕩うように呟いて、まっ平な机の上に台を置く。円錐のソレの先端はほんのりと丸まっている。
「『願い』は『祈り』、『想いの千切れた成れの果て』」
革で包まれたナイフの刃、その重心を円錐台の中心に載せて、くらくらふらふら、刃が回る。
────そしてぴたりと、刃が止まる。
「けれど──『わたし』の想いは、ここにある」
ナイフの刃の向きを方位磁石で記録して、まとめた荷物を手に取った。
『恋路針路』
『わたし』の生んだ呪いは、恥ずかしいほどに少女らしい、初恋だった。
はい、久々に書いて、思った以上の時間がかかりました。少女は恋を糧に淑女(自己申告)となり、恋に生きて、恋に死ぬ覚悟を持ったのですね。
ここまで読んでいただいて。ありがとうございます。感謝感激感動感涙でございます。
なお、この物語の主人公は、あくまでも白髪の彼、悲しく空しき『生』の呪物。はてさて、彼は望む『死』を得られるのか、或いは、彼女の『想い』は千切れるのか。
それでは、僕が重い腰をまたあげられたときに、お会いしましょう。




