9.新しい生活
目が覚める。
鳥のさえずりで目が覚めた。贅沢な目覚めだ。
伸びをしてベッドを降りると身支度をして部屋を出る。
外で野菜の葉とトマト、きゅうりを収穫する。うん、美味しそうだ。
朝食は卵とベーコン、白パンに生野菜のサラダ。胡麻ドレッシング掛け。
用意が整うと部屋に向かう。
「セレス、起きたか?」
「…」
目が覚めてないのか?きっとまた夜更かしだ。ため息を吐いて扉を開ける。
「お寝坊さん、朝ごはん出来てるぞ」
*****
教会で初めて同じ部屋で寝た。新鮮な、と言えば聞こえはいいが息づかいが聞こえて…全く眠れなかった。
どうやらそれは聖女様も同じようで
「眠れましたか?」
と聞くと無言だった。
ベッドに寝転んだまま聖女様を見ると上を向いている。起き上がって覗き込むと驚いていた。
「お顔の色が悪いですね。お体の具合はいかがですか、聖女様」
「っ!私はもう聖女では無い」
そうだった。
しかしなんと呼べばいいのだ?そもそも聖女様のお名前すら知らないのに。
俗世を捨てる為、聖女様のお名前は呼んではならない。だから私も知らない。
「なんとお呼びすれば?」
「セレスティアだ」
名は体を現すと言うが、美しい御心にもお顔にも似合う美しい名前だった。
「では、セレスティア様。おはようございます。お体の調子はいかがですか?」
セレスティア様は私を軽く睨むと
「その前に、何故お前はここにいる!?」
ん?何故と言われても。一生おそばにいると誓ったからか。首を傾げると
「ファレスは高位の神官であろう。そのまま神殿に残れば神官長にもなれただろうに。何故ここにいる?」
あぁそういう。
「私はセレスティア様から離れるつもりはありませんよ?実際、ご実家にも戻られないのでしょう」
うっと詰まる。
ぷいっと横を向くと
「好きにしろ」
と言われた。
「はい、勝手におそばにいます」
言い切った私の心は晴れやかだ。
その日の夜、ベッドに腰掛けてポツリとセレスティア様が話をした。
「私は、1人で生きるつもりだった…」
それを感じていたから、私は休暇を取って動いたのだ。
「ファルスも何も聞いてこなかったからな」
う、それは逃げられそうで怖くて言えなかったのだ。
寂しそうな顔を見て自分のなけなしのプライドなど捨てるべきだと判断し
「ずっと準備をしていました。貴方と2人で生きるために。言わなかったのは断られるのが怖かったのです」
顔を上げたセレスティア様は口を少し開けて
「えっ…?」
と固まった。まさか、あれだけ態度に出していたのに。気が付かれていなかったのか?
「私は復帰する前もしてからも、分かりやすくお慕いしておりましたよ」
「そ、それは…まぁ。でも聖女の肩書きがあってなのかと」
私は少し怒った。それは酷い。
「私は聖女の肩書きを愛したのではありません」
そこでセレスティア様の頬が赤く染まった。
あ…私はなんてことを。あ、あ、愛してると、セレスティア様を愛してると宣言したようなものでは無いか。
いや、間違っていない。私はセレスティア様という人を愛している。しかし、このタイミングなのか?
もっとこう星空を見ながらとか、あぁ…やらかした。
1人で焦っていると
「ぷっ…ならば私と同じだな」
さり気なく告げられたその言葉に、今度は私が固まった。
私と同じ?それはセレスティア様も私のことをあ、あ、あ、愛していると?
「わ、私の、その…愛は敬愛でもありますが、それよりももっと重い方の、でして…」
あぁ、私の語彙力の無さよ。そちらには疎いまま、23才になった弊害か。
「くっ、あははっ。それも私と同じだ。失うぐらいなら遠ざけようと思うくらいに、重い愛だ」
セレスティア様は真っ直ぐに私を見つめる。その瞳は潤んでいた。
私は吸い込まれそうなその青を間近で見たくて、セレスティア様の目の前に立つ。私を見上げるその目は潤み、頬は赤く、そしてその手は震えていた。
頬に手を添えると私の手の上に手を重ねる。静かに揺らぐ瞳は閉じて…私たちは唇を合わせた。
初めての口付けは柔らかくて暖かくて、少し震えていた。
「ファルス…」
震える腕が私の腰に回る。その髪の毛を撫でて頭を抱き寄せる。
「案外逞しいのだな」
「セレスティア様が細過ぎるのです」
またその頬に手を当てて目線が合う。こうして私のベッドはその夜、使われることはなかった。
甘い吐息が、柔らかな肌が、私を呼ぶ声が…セレスティア様の全てが愛おしくて。その温もりを求めて交わり、眠った。
目が覚めると隣には温もりがあった。手に入れたいと願い、願わないと離れ、それでも手に入れたい大切な温もり。
だいぶ薄くなった金色の長い髪。長いまつ毛に細い鼻。美の化身のような美しいお顔だ。
そっと瞼にキスをすると頬が染まった。
「ず、狡い…」
目が覚めていたのか。
「何も聞こえませんが?」
すると目を開けて私を見る。そんな顔すら可愛らしい。軽くキスをすると真っ赤になった。
気持ちを抑えないセレスティア様はこんなにも愛らしいのだな。文句を言われながらも朝から愛し合って、私たちは教会を辞した。
馬に乗って向かったのは森だ。王都から北に行った所にある森。入り口までは王都から馬で30分。セレスティア様を載せて2人で進む。
森に入ってしばらくは馬に乗り、途中で降りた歩いた。
また30分ほど歩くと家が見えて来た。
「家…なのか?」
「まさか野営をするとでも?大切なセレスティア様を床で寝かせるなんてあり得ない」
私は馬を馬房に入れると、家の鍵を開けた。
中を除いて
「うわぁ…」
セレスティア様の弾んだ声が聞こえた。喜んでもらえたようだ。
「いつ用意を?」
「お休みをいただいた時ですよ」
驚いた顔で
「3日だけだぞ?」
「はい。3日で家を買って家具を置きましたが?」
絶句している。
この家の購入や家具の配達は元第三聖女様のご実家である侯爵家にご尽力いただいた。
「大聖女様がお役目を終えた時に住む家を探しています」
そう言った私を見て目を潤ませながら
「微力ながら手伝わせてもらう」
結果、まったく微力じゃ無かった。
そもそもなんで元第三聖女様のご実家を頼ることになったのか、それは例の大聖女様を害しようとしたあの事件の後に
「大聖女様には大変な事を…妹が本当に申し訳ない。大聖女様のことで、何か困ったことやしてほしいことがあれば遠慮なく言ってくれ。これは社交辞令ではなく、本心だ」
そう言って私に侯爵家の紋章が入ったボタンと封筒を下さったのだ。なので代替わりが交付され、大聖女様の還俗が近くなったことを知った私は連絡を取った。
元第三聖女様の兄上はすでに侯爵家当主となっている。
―大聖女様が還俗に当たり、2人で暮らせる自然豊かな家を探しています―
それだけですぐに察してくださったようだ。そして私がおそばを離れるつもりがない事も。今や熱心な信者として神殿を支えてくださるかの方はすぐに動きた。
―候補を絞った。貴殿の目で確かめてほしい―
すぐに手紙を返し、休暇を取って見て回ったのだ。そこで森の中の一軒家に決めた。
神官は辞める時に奉仕した年数に応じて給金が支払われる。それで買えるだろうかと聞くと
「大聖女様への贖罪だ。金は受け取れない。あなたが貰う給金でも全く問題なく足りるが、な。家具は見繕うから…そちらはお金を貰おう」
リネンやら布団やら毛布やらと残りの2日は買い物をして、それも侯爵家御用達の店で
「大聖女様のお屋敷に使われるのでしたら頑張らねばなりますまい」
とてもお安くしてもらえた。
そんなこんなでお屋敷というにはこじんまりした家が手に入ったのだ。
2階建てのその家は玄関を入ると広い居間がある。隣は食堂で、その奥が厨房。
左手に客間が3つ。
トイレとお風呂もある。お風呂は裕福な家にしか無いのに、当たり前に付いていた。
2階は私たちの部屋がある。それぞれの部屋は隣り合っていて、廊下に出なくても行き来が出来る。
2階には他に図書室と執務室がある。執務室は主に勉強をしたり、手紙を書いたりする時にしか使わない。
図書室はこれも侯爵家が適当に埋めてくれていた。
私たちはどちらも読書が好きなので、ありがたく貰うことにした。
家に着くとセレスティア様は嬉しそうに笑った。私はその笑顔が見れただけで嬉しかった。
そう、私はその笑顔が見たかった…それだけで良かったのに。そばにセレスティア様がいたから。
その温もりを知ってしまったから、望んでしまった。
この生活が少しでも長く続きますように、と。
それが叶わないことを知っていたのに。
この生活が長く続いて欲しいと願うのは、私だけでは無かったのに。
引っ越してから1週間後、私たちはテラスで隣り合って座っていた。空には星が瞬く。
静かな夜だ。
私は2人で掛けていた膝掛けを外してセレスティア様の前に跪く。
「セレスティア様、私と結婚してください」
その手を取って真摯にそう伝えた。
セレスティア様は
「し、しかし…」
「頷いてくださるまで、私はこの姿勢のまま待ちます」
俯いた顔を上げると拗ねたように笑って
「それは狡い」
「返事は?」
「あぁ、結婚しよう」
私はその体を抱き上げて顔中にキスをした。いつもなら真っ赤になって抵抗するのに、その日は静かに受け入れてくれた。
そのまま自分の部屋に入ってベッドに向かう。優しく降ろしてまた唇を重ねた。
そして、2人の夜は更けていった。
次で完結です




