8.諦めません
ジャンルを恋愛に変えました
大聖女様のお体を清め、服を着せ替える。
大聖女様付きの神官に返り咲いたその日の夜のことだ。聖水に付けた聖布でお体を拭き清める。目を瞑っていても出来るようになっていたそれは、一年経っても体が覚えていた。
毛布を掛けて、やや薄くなった金色を撫でる。元は肩より少し長かったその髪は、今では腰まである。
聖女様のお髪には神聖力が宿るから、切る事はしないのだ。
丁寧に毛先からとかしていく。冷たい手触りの、さらさらとしたその髪。灯りに金色に輝くそれは、とても美しかった。
「何故戻った…?」
不意に話しかけられた。お顔を見ると真っ直ぐに私を見ている。相変わらず美しい透明で吸い込まれそうな青い目だ。
「呼ばれたからです」
怪訝な顔をした大聖女様は
「誰に?」
重ねて聞いた。
「貴方に、ですよ」
一瞬、間があった。
「はっ…?」
私は思わず声を出して笑った。
本当に私は愚かだ。こんなにも分かりやすくこの方は私に語りかけていたのに。何故気付かなかったのだろう。
「わ、私は…呼んでない」
「そうですね、貴方は声に出して私を呼んではおりませんね」
そう、この方は全てを呑み込んでしまう。自分の心の内に。1人で耐えて苦しんで。
私は大聖女様の髪に唇を寄せた。軽く口付けて大聖女様を見る。その目は澄んだまま、僅かに潤んでいた。
「声に出さずとも、ずっと呼んで下さったのですね…」
苦しいと、辛いと、寂しいと…
あなたはずっと訴えていたのだ。
少しは自惚れてもいいのだろうか?
聖女様は目を伏せた。反論しないのが、答えなのだ。
口に出さなければ分からないこともある。
しかし、
口に出さないことで伝わる想いもある。
言葉は心を越えられないのだから。
口に出さずにその想いを伝え、口に出しても伝えて下さっていた。それに気付かなかったのは私だ。
「もう遠慮はしません。貴方のお心は貴方のものです。でも、貴方を大切に想う私の心も…貴方のものです。もう離れません。貴方が写して下さったあの書き付け。全部読みました。あれも貴方の想いですね」
想いが深ければ深いだけ、失うのが辛くなる。それはお互いに、だ。
でも聖女様はご自身を顧みる事はない。ならば、それは私の為。失わせない為には離れるしかない、そう結論を出した聖女様。
親しくならないよう細心の注意を払って、心に聖女様を置かないよう早くお役目を終えることを願って。
私の前から消えようとしていたのだ。
それでも、自分の気持ちを伝えたくて…あの書き付けを渡して下さった。
どこかで気がついて欲しいと、そう訴えた心がそうさせたのだろう。
だから、どちらも聖女様の御心なのだ。
毛布の下の手に直接触れた。
初めて触れたその手は小さくて細くて、そして冷たかった。
なめらかな柔らかい肌はしっとりとしていて、離したくないとそう思った。
神官は聖女に直接触れることを禁違としている。厳罰がある訳ではない。触れれば気持ちが抑えられなくなるから、温もりを分け合いたくなるから。
多分、それが理由だ。
なので、聖女様のおそばにいる時は手袋をしている。私は用意されたそれを、あえてしなかった。
聖女様はぴくりとしたが、指先だけそっと握り返してくれた。
それからの生活は前と同じようで少し違った。変わったのは私だけじゃない。聖女様も、だ。
「大聖女様と呼ばれるのは好きじゃない」
なので部屋の中でも心の中でも聖女様と呼んでいる。
「ファルス、1人で食べられる」
これも変わったことの一つだ。私を名前で呼ぶ。そして
「はい、お口を開けてください」
食事のお世話だ。こうでもしないとあまり召し上がらないから。
今度こそ、心を通わせて…厳しくも優しい時間が過ぎて行った。
聖女様が神殿に来られたから5度目の冬を迎える頃、聖女様の髪色が急に薄くなった。
えっ?何故…。早すぎる。
前の大聖女様すら7年お勤めされた。今代はまだ5年だ。代替わりまで1年としても早い。
私は急ぎ、神官長に御目通りを願った。
部屋に入ると神官長とマリウスがいた。向かいに座る。
「如何にした?」
「大聖女様のお髪の色が…急に抜けました」
「なん、だと…」
「そんな…」
「今代の大聖女様は生き急いでおられる…」
実際にそうなのだろう。今は分からないが、自分の存在を疎ましく思っているのは聖女様ご自身なのだから。
自ら命を絶てないのなら、早く命を削るしかない。
それが神聖力の譲渡だ。なるべく多く、なるべく早く。
「次代の選定に入る」
神官長様が宣言した。すぐに全国へと公布され、聖女様の選定が国を挙げて始まった。
その中にあって、私たちの生活は穏やかだった。
「次代の第一聖女様の選定に入りました」
「そうか…」
興味が無さそうに答える。聖女の代替わり、それは残された時間が更に減ったことを意味する。
私はいつもと変わらず穏やかに、いや、いつもより穏やかに過ごせるよう身の回りのお世話をした。
その日もベッドに横たわる聖女様に毛布を掛けて
「おやすみなさい」
自室に入った。
私は大聖女様付きの神官に復帰してから毎晩、日記を書いている。聖女様とした会話。聖女様の読んだ本。
その日の聖女様の様子。
何一つ忘れたくなくて、毎日書いている。
書き終わると伸びをしてベッドに入った。その日はいつもより眠りが浅かったのか、隣の部屋から声が聞こえた気がした。
私は静かにベッドを降りて耳を澄ます。
そして滑るように聖女様の部屋に入るとベッドのそばに寄り添った。
「聖女様、聖女様。私はここにおります。おそばに私がおります」
震える手が毛布から伸ばされる。私はゆっくりとその手を握った。氷のように冷たい手だった。
「ファルス、ファルス…ファルス…」
泣き声が聞こえる。私はただ、その手をしっかりと握ることしか出来なかった。
「神官長、マリウス。しばらく大聖女様をよろしくお願い申し上げます」
私は代替わりが公布されてから2ヶ月後、3日の休暇を貰った。
どうしてもすることがあって、神官長に相談して決めた。
「任せなさい。そして目的を果たしなさい」
「微力ながら、お任せください」
こうして私はしばし聖女様から離れた。
3日は怒涛のように動き、交渉し、見定めて、なんとか目的を達することが出来た。
尽力してくれた信者たちには心からお礼を言いたい。
3日ぶりに神殿に戻り、聖女様の部屋に向かった。珍しく聖女様が刺繍をしている。
手習として刺すのは知っていた。私も見事な作品を貰ったから。
「ただ今戻りました」
声を掛けると
「あぁ…」
いまだ聖女様からお帰りとは言って貰えないが、それでも私は嬉しかった。
聖女様は南部の街で育った。ご実家には家族がいる。聖女様は実家に戻られるのだろうか?
いや、多分お戻りにはならないだろう。
書き付けにあった元聖女様は殆どが実家に戻られなかった。親よりも早く死ぬことが分かっているから。
聖女の命の上に国の安寧があるのだと、知られたくないから。多分、そうだ。
苦しませたくない、そう思うのだろう。分かる気がする。聖女様たちは心が清らかだから。背負わせたくないのだ。
だから私は敢えて聞かなかった。
お役目を終えたらどうされるのですか、と。聞かなくてもいい。だって私はずっとおそばにいるのだから。
こうして季節は巡り、次代の第一聖女様が決まった。公布から8ヶ月後の事だ。
最近は午後の神聖力譲渡の後、夜まで目覚めないことが増えた。神官長様も急ぎ代替わりをすると宣言し、遂に還俗する日が来た。
中央神殿を出た後、王都の教会に身を寄せることになっている。そこでしばらく静かに暮らし、先をことを考えるのだ。
聖女様は現在21才だ。神殿にお越しになったから6年が過ぎていた。まだまだお若いのだから、したいことをされればいい。
6年暮らしたその部屋は、それでも私物など殆ど無かった。何一つ持ち込めないのだから当然か。神殿から与えられるのは生活に必要最低限なものばかり。
唯一神殿から寄贈されたのは刺繍箱とハンカチ。聖女様の私物は刺繍をさしたハンカチ数枚と、私が送った髪留めだけだ。
部屋を出ると第二聖女様と第三聖女様、そしてお付きの神官が待っていた。
第二聖女様は静かに頷くとハンカチを取り出す。見事な青い糸で刺繍された天使だ。
「ご健勝をお祈りしております」
大聖女様は
「あちらで待っている」
そう答えた。
第二聖女様は肩を震わせて俯いた。大聖女様の言葉を正しく理解された証拠だ。
第三者聖女様はやはりハンカチを取り出した。紫と青で刺繍されて花。薬草の花だ。
「健やかにお過ごしください」
大聖女様は
「ご健勝を…」
第三聖女様の目が潤む。
こうして私たちは神殿を出た。
最後に神官長は
「好きに生きなさい」
そして枢機卿猊下からは生活に必要なお金が手渡された。
「頼む」
短い言葉は枢機卿猊下の心からの言葉だった。
私たちは教会に向かい、そこの客間に落ち着いた。
キョロキョロと部屋を見て
「何故部屋が一つなのだ?」
そう来るか。
「教会や宿は1人部屋の方が少ないのですよ」
驚いた顔も新鮮だ。
「同じ部屋で眠るのか?」
「はい、だからベッドが2つ有ります」
眉間に皺を寄せて黙ってしまった。
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