6.おそばにいます
私の部屋のベッドに寝かせた大聖女様は空を見つめる。目は開いているのに、何処かを見ているのに…その目は何も映さない。
「大聖女様…」
声を掛けても答えはなかった。
「失礼します」
ベッドに散らばる黄金の髪に触れる。さらりとして指から溢れた。軽く梳いて唇を寄せる。
「触れます…」
ぴくりとしたが、抵抗はされなかった。おでこに掛かる髪の毛をそっと避けて撫で付ける。
そこで大聖女様の目が動いた。
まさに間一髪だったのだ。
奴らは大聖女様の部屋に押し入るとその首に首輪を嵌めた。そしてその手を押さえつけると聖女服を剥いだ。
薄い肌着のお姿は力を入れたら折れそうなほどに細かった。透ける白い肌、薄い腹。
肌着の下からその体の輪郭が浮かぶ。清らかで美しくて、艶かしかった。
剥き出しの肩と腕、膝から下もその素肌が見えていた。大聖女様を押さえつけて、彼らの目が欲に染まっているのが見えた。
それほど大聖女様は美しかった。
同性同士で睦み合うことを否定はしない。否定はしないが、力づくなどもっての外だ。
しかも抵抗できない聖女様への暴行など万死に値する。
それが聖騎士と神官となれば尚更だ。
この国には処刑は無い。
汚れとなるから、女神様が悲しむ。
女神様自らに審判を仰ぐことになり、女神の間に彼らは連れて行かれた。
3人を置いて外に出ると、中から雷鳴のような音と苦しむ声が聞こえた。
神罰が下ったのだ。
その後、彼らは不浄の池と呼ばれる不浄の溜まり場で生涯、汚れを浄化する仕事に就く事になった。
神殿で働くものがおとされる刑罰の中で、一番過酷なものと言われるが、詳細は分からない。
そして第三聖女様の代替わりが発布された。
今回の騒動は第三王子の暴走だけでは無かった。それだけなら聖女様の居住区に入ることができないのだから。
居住区の入り口は厳重に守られている。今回は守るべき聖騎士が、易々と扉を開けた。
そして、居住区に入る為の通過儀礼。聖女様と我々はその神聖力を登録している。その神聖力を持った者しか居住区には入れない。本来なら。
実は抜け道があったのだ。
神聖力を持つ者が手を触れていると、一緒に通過出来たのだ。第三王子はそれを王族だけが閲覧出来る密書で知った。
第三聖女様は14才で、小柄な可愛らしい方だった。まだ社交界には出ていなかったが、妹を溺愛する兄が自慢していて、屋敷に友達を招いていた。
だから顔は知られていたのだ。
第三王子の側近もその1人で、その兄の態度からどうやら妹が聖女になったと知る。
聖女様付きの神官は、外部とのやり取りがある。聖女様の実家と連絡を取るのは御法度だが、密かに連絡を取っていたのだ。
そこで、第一聖女様を害すると打診された。
ルミナスは可愛らしい第三聖女様が
「つまらない。お菓子が食べたい、外に出たい!」
泣き喚く聖女様が可哀想だと思った。そして聖女様を幸せに出来るのは自分だけだとも。
なので第一聖女様を害する計画に乗った。
何故大聖女様を害することが第三聖女様の為になるのか、それは還俗した後に第三王子が娶ると言ったからだ。
それがあり得ないと考えれば分かるのだが、聖女様可愛さに目が曇ったのだろう。聖女様を害するなどもっともやってはいけない事なのに。
王族が娶るのは第一聖女様だけなのに。
第三聖女様もこの計画を知っていた。知っていて止めなかった。だから神罰により、生涯を北の修道院で過ごす事になる。
そこは聖職者の罰の中で3番目に重い罰だ。
だいたいは一冬を越せずに命を落とす。我が儘だった第三聖女様には厳しい罰だろう。太陽すらほんの数ヶ月しか拝めない極寒の地なのだから。
私の部屋で目を覚ました大聖女様は、しばらく私の部屋のベッドで過ごされた。
大聖女様のベッドや毛布、枕やソファなどの家具は一新された。
部屋の配置も変えて、違う部屋のように整えた。少しでも嫌な記憶を思い出さないように。
あれからまた大聖女様は話をしなくなった。表情は相変わらず無くて、傷付いたはずなのにそれを顔に出さない。
例の事件の翌日には女神像へ神聖力を譲渡されていた。まるで何も無かったみたいに。
何故何も言ってくださらないのだ?
私は悲しかった。
でも、時折揺れる瞳が何かを押さえ込んでると教えてくれるから…心を開いくださるまで待つ事にした。
さらに半年が平穏に過ぎ…少しずつまた神聖語の古語について学んでいた。
ふと、そう言えば限定書物を借りていたと思い出す。
そろそろ読めるかもしれない。
その日の夜、私はその綴りを開いた。
そして後悔した。
そうか、だからなのか…
大聖女様の無表情も、そのそっけない態度も。
時折揺れる瞳も、震える指も、何もかもが答えだったじゃ無いか!
還俗した聖女について、大聖女様は何をお知りになりたかったのだろうか。
改めて現聖女様については良く知っている。その前の聖女様方のお人柄も知っている。
でも聖女様方が代替わりした後の生活は知らなかった。
教わらない、それもある。がしかし、一番は無関心だからだ。
聖女様の生活は厳しいものだ。そこから解放されるのは聖女様たちにとっては喜ばしいのだと、その後の生活は幸せに満ち溢れているのだと、勝手に思っていた。
いや、無意識にそう思いたかったのかもしれない。
若くして選ばれて、国の為に尽くす。
だから誰もが元聖女様たちを、優しく迎え入れると思っていた。
大聖女様が読んでいたこの書き付けは、それらの甘い期待を尽く覆していたのに。
現実はこんなにも無情だったのに。
聖女様に選ばれる方は眩い金髪だと言われている。
今代の大聖女様も煌めくような金髪だ。
先代の聖女様のお髪は還俗時、銀色だった。聖女様のお髪は金髪なのに、3人ともに薄い金髪か銀髪だった。
色が抜け落ちたのだ。
先代の聖女様たちのお勤めはどれほどかと調べた。直近だからか、すぐに調べられた。
第一聖女様は10年、第二聖女様は13年、そして第三聖女様は14年だった。
さらにその前の聖女様はそれぞれ7年、12年、15年。
私は愕然とした。聖女様のお勤めはこんなにも短い。
それでも花の盛りの10代は神殿で過ごすのだ。
普通に考えれば20才を過ぎた女性にまともな結婚相手など望めない。婚姻を希望すれば神殿が相手を探すこともできるが、事例は少なそうだ。
お付きの神官と添い遂げる聖女様もいるが、大抵は単身、神殿を出ている。ならばその後は?
家族の元に帰ったのだろうか?
私は手元の綴りを読み進めるが、言葉が難解で思うように進まない。
だから大聖女様に聞いた。
「あの、こちらの書き付けですが…言葉が難解で。内容を簡単に教えてもらえませんか?」
大聖女様は表紙を見ただけで固まった。
「知ってどうする?」
「分かりません。分かりませんが、知りたいと思うのです」
返事はなかった。
それ以降、大聖女様は更に反応が薄くなった。
「寒いので膝掛けを」
と言っても手を振られる。
「何か欲しいものはありませんか?」
「…」
神官同士は相変わらず交流がある。
新しい第三聖女様とお付きの神官とも話をする。
「大聖女様はなんというか、冷たい印象の方ですね」
私が話しかけても答えがないと言うとそう言われた。
「そんな風に対応されて、ファルス様は平気なのですか?」
とも。分からない。居心地良く過ごして欲しいと思う。その御心に寄り添いたいと思う。
私はどうしたいのだろうか?どうして欲しいのだろうか。
私は答えのない問いを繰り返していた。
大聖女様を害そうとした聖騎士たちは
「いつも済まして感謝もしない態度に腹が立った」
そう言ったそうだ。
「感謝される為にしてるのか?我々はただ忠実に職務を遂行すれば良いのに」
「…」
そう、聖騎士とは無個人でならなければならない。もちろん、職務中の話だ。
ただ聖女様方を、神殿を守る為に存在する騎士。
強さと信仰心、そして静謐な心。
目指した殆どが脱落する中、選ばれた少数なのに。彼らですら男性の聖女様を認められなかったのだ。
いや、私が言えたぎりではないが。
当然ながら、彼らは解雇された。
責任を取って退団しようとした団長は神官長が慰留した。
「責任と言うなら、私が最も重いですよ」
神殿のシステムを逆手に取られた犯行。気が付かなかった神殿にも非がある。
「あなたには聖騎士の再編という大仕事があります。放り出すのは許しません」
こうして聖騎士は大きく再編された。
もちろん、聖女様の居住区においても同様だ。人数と神聖力が合わないと通過出来なくなった。
こちらは女神様のお力がもたらした、らしい。
上辺は何事もなく今度こそ平穏に流れ、大聖女様との距離は縮まることもなく月日は流れた。
私は例え微笑まれなくても、答えられなくても…大聖女様のおそばにいることが好きだった。
無口ではあるが、拒絶されていないと気が付いたから。
分かりやすい優しさを示されることはない。それでも、さり気なく大聖女様が私を気遣っているのが感じられるのだ。
長くそばにいればいるほど、それを感じ取れるようになった。
いつからか、大聖女様のおそばが…
私にとっての居場所になっていた。
大聖女様がお勤めになってから3年が過ぎようとしていた。




