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神官と聖女  作者: 綾瀬 律


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10/10

10.また相見えるまで

 鳥のさえずりで目を覚まし、食事の用意をする。セレスを起こして朝食を食べる。

 日中はそれぞれやるべきことをやって…

 夜は寄り添って眠る。


 穏やかで優しい時間が過ぎていく。




 セレスと私は薬草を育てている。その薬草に治癒の魔力を注いだ薬を作り、神殿に卸して収入を得ている。

 セレスの発案だ。


 セレスが薬を作るのに私は反対した。

「慈愛の女神様の贈り物だ。自分の力は使わない」

 そう言われて納得した。

 神官の力と同じく使い方であるし、実際に見てもセレスの体は光らなかったから。


 聖女では無くなったので、神聖力は女神様から贈られているみたいだ。

 神官は人数に限りがある。ましてや花の祭典の時みたいな多くのケガ人が出た時に、人ではその体力に限界がある。


 なので、中程度のケガなら治せるように薬作りを考えたのだ。

 元より薬湯はあった。しかし、その場で作らないといけないので使える時間が限られる。

 それを丸薬としたのだ。これは薬湯から水分を抜いたものだ。


 神官は治癒の魔力がある。それは生まれながらなので、神官を辞してもその力は使える。女神様のお力は正しく使える者に等しく分け与えられるのだ。


 なので、薬を作り販売する。

 元より神官を辞めた時の給与と聖女を引退した時のセレスの給与もそれなりの額だった。

 少なくとも一生、働かなくてもいいくらいには。


 それでも何かしたいと言うセレスに提案したのが、薬作り。そしてもう一つは写本だ。

 セレスの文字は流れるように大変美しい。主に傷みの激しい古語の写本だ。

 それと並行して現代語への翻訳もしている。


 写本の時は静かに、そして翻訳の時は言い回しを話しながら2人で作業をしている時間は幸せだ。

 本来はセレスだけでする予定だった。しかし

「ファルの字は整っていて読みやすい」

 その上、一緒に作業したいと言われたら断れなかった。


「ファルスの字は読みやすくていい。セレスティア様の文字は大変美しい。どちらも大切な本だ」

 にこやかに神官長に言われた。

「特に古語の翻訳はなかなか進んでいなかった。頼むぞ」

 ここまで言われたら断れない。


 しかも、この写本。かなりの金額が出る。いわば神殿の宝も同然だから、当然と言えば当然なのかもしれない。


 日々を慈しみながら、そして愛するセレスに寄り添いながら…静かに時間は過ぎて行った。



 *****



 神殿を去ってから1年と少しが過ぎた。

 私は静かな家の中で、ハンカチを見つめる。なかなか手を触れられなかったが、意を決してセレスの刺繍箱を開いた。

 その中にあるものを見て、私は目を見張る。これは…?


 まさか!?


 私は自分の懐に入れてあるハンカチを取り出す。セレスのそばを離れることになる前日、セレスから贈られたものだ。


 同じ…眩い金色の糸。

 いや、糸ではなく髪の毛。まだ神殿に来たばかりの頃の…弾けるようなキラキラした金色の。


 髪の毛には神聖力が宿る。そうか、だからセレスの魔力を感じたのか。


 刺繍箱にはセレスの髪の毛が入っていた。少しずつ色が違うそれは、間違いなくセレスの髪の毛で。

 刺された刺繍は全て、その金色の髪の毛が使われていた。刺繍されているのは花。


 それぞれ違う花。

 口数が多く無いセレスは、自分の想いを言葉で伝えようとしない。代わりにこんなにも雄弁に語りかけている。


 刺繍された花の花言葉は

「愛しい人」「変わらぬ愛」「献身」

 そして

「生涯を共に」

 こんなにも私は愛されていたのだ。


 私は刺繍箱を胸に抱いて慟哭する。

 セレス、セレス、セレス…

 2人で過ごした幸せな時間が蘇る。


 セレスティア…



 *****



 セレスは還俗しても、やはり細いままだった。

 それでも柔らかな顔でいつでも幸せそうに笑っていた。苦しいとか辛いとか、そんな言葉は口にすることもなく。


 体力が無いので、外に出るのは家から5分ほどにあるひらけた場所。そこは木がまばらで地面にはふかふかとした苔が生えていた。

 その端に作ったベンチで、陽の光を浴びながら寄り添っている時間がセレスは好きだった。


 その時だけは残された時間を考えなくて済む、私も、そしてきっとセレスもそう考えていた。




 しかし、穏やかで優しい時間は長く続かなかった。

 2人で暮らし始めてから8ヶ月後、セレスが吐血した。私はきっとセレスよりも動揺した。

 もう?

 こんなに早く?


 ベッドに横たわったセレスは

「少し前から…だんだんと力が入りにくかった。早かったな…」

 全てを受け入れて覚悟した声。

 私は、私は悔しかった。


 声に出して逝きたくないと、そう叫んでる暴れて欲しかった。もっと貪欲に生に執着して欲しかった。

 でもそれはとても残酷なこと。望んでも叶えられない希みほど残酷なものはない。

 私は安心させる為に、笑顔を作ることすら出来なかった。


「ファル、私は幸せだった。なぁ、幸せとは年数ではないと思うのだ。濃さとでも言うのか…短くとも、私はファルがそばにいてくれた時間を宝物だと思っている」

 聖女にならなければもっと生きられた。しかしそれではファルに会えなかった。

 ならば、この愛の形は正しい。


 そう続けるセレスをただ、抱きしめることしか出来なかった。

「私は罪深い。こうなると分かっていても尚、ファルの手を取ってしまった。許してくれ…」

「違う、私が離れたくなかったのだ。セレスのそばにいたかったのは私だ。手を掴んだのは私の方だ。こんな最愛に出会えて、私こそ望外の幸せだ」




 それからのセレスは起きたり寝たりを繰り返した。それでも毎日、あのベンチで寄り添った。


 夜、私の服を掴んで無意識に寝るセレス。死にたくないと、そう訴えているようで切なくなった。

 私に出来ることは、笑顔で見送ることなのだろう。



 徐々に起きている時間が減り、寝込むようになった。

 それでも私はセレスを抱えて散歩をする。

「重いだろう?」

 確かに背は伸びて、私と同じくらいある。それでもその細さは相変わらずでとても軽い。

「いや、とても軽い」


 いつもの通りの会話、いつもの通りの笑顔。

 あと何日、こんな日を続けられるのだろう。そして私はある決心をした。



 その日は朝から少し忙しかった。

 客間はあるが、人を招くのは初めてだ。セレスを抱えて階下に降りると、ソファに降ろす。

「少し待っていて」

 軽く頷くと体をソファの背に預けた。


 私は客を迎えに行く。


 部屋に入って来た人を見てセレスが驚いた。そんな顔も愛おしい。

「お久しぶりです。セレスティア様」

 穏やかな声で言ったのは神官長だ。

「えっ…」

 ふふっ大成功、だな。神官長の隣にはマリウスもいる。


「ファルス、用意は?」

「はい、後はベールだけです」

 私はセレスにふわりとベールを掛けた。驚いたまま私を見上げるセレスは頬を染める。

「式はしていなかったからな」


 そう、今日は私たちの結婚式だ。婚姻の届出はしていたが、式をしていなかった。だから今日、ここの客間に簡易な祭壇を設けて…神官長に執り行って貰うのだ。

 見届け人はマリウスだ。


 私はセレスを抱き上げて客間の扉をくぐる。

 中は白い布で装飾された美麗な空間になっている。

「きれい…」

 陽の光がさして明るいその部屋は輝いているように見えた。


「ふふっセレスの方がきれいだ」

 頬を染めて可愛く睨むセレスは本当にきれいだった。淡い金色の髪は陽に照らされて煌めいている。色白の頬は透けるようで、その透明な瞳は夜空の星のように揺らいでいた。


 おでこにキスをすると祭壇に向かって進む。

 その後はお決まりの

 汝は…の誓い文句が神官長から問われ

「「誓います」」

 揃って答えた。

 ベールを避けてそっと口付けをする。冷たくて柔らかい唇は何かを堪えるように震えていた。


 セレスの頬を涙が伝う。まるで宝石のように澄んだそれを指で拭うと

「素敵な思い出をありがとう…」

 セレスは儚く微笑んだ。


 いつも穏やかな神官長と、表情を崩さないマリウスの目に光るものがあったのは気のせいでは無いだろう。




 結婚式の後、緩やかに体調を崩したセレスは遂に起き上がれなくなった。

 それでも私は毎日セレスを抱えて散歩に行く。


 その日、散歩に行く前に

「ファル、私の部屋にある刺繍箱。持っていて欲しい」

 唐突に言われた言葉に心臓がズキンとした。

 いつもと変わらない朝、なのにいつもと違う言葉。


 私は気が付かないフリをして

「もちろん」

 そう答えた。

 私が気が付かないフリをしていることを、セレスが知っていても尚、私は知らないフリをする。

 セレスは満足そうに笑った。


 いつものベンチに腰掛ける。少し肌寒くなって来た。

「寒くないか?」

「ファルのそばはいつでも暖かい」

 そっと頭を私の肩にもたせて私を見上げる。そして気が付いてしまった。


「ファル、最後までそばにいてくれてありがとう。私は…幸せだった」

 何故過去形なのだ?


 私は突きつけられた現実に泣きそうになった。

「セレス、愛してる。いつまでも、いつまでも…ずっと」

 見つめ合い唇を重ねる。何度も、何度も。


 セレスの手が毛布の中で動く。握りしめると私の頬に手を伸ばした。その手の上から手を重ね、私は精一杯の笑みを浮かべた。

「あぁ、あったかいな。ファルのそばはいつだって暖かい。ファル…愛して……」


 手から力が抜ける。

 その青い瞳の虹彩が縮んでいくのが見えた。

「セレスティア…愛してる、これからもずっと、君だけを…」


 もういいかい?

 私はちゃんと君を笑顔で送れたかい?

 もう泣いてもいいかい?


 セレス、君の最後に見た私はちゃんと笑顔でいれたろうか?

 セレス、セレス…早過ぎる。

 セレス、セレス、何故こんなに早く逝ってしまったんだ?

 何故私を置いて…


 この日、森の中には私の泣き声が響き渡った。




 刺繍箱を開けたのは、セレスを見送ってから7日後のことだ。

 かねてからの希望通り、その体はあのベンチの近くに葬った。

 セレスは野に返り、自然と一つになることを望んだから。

「いつでもファルそばにいたいから」

 それは私も同じ気持ちだったから…ベンチから見える場所に埋葬した。


 そこには青い花を植えた。

 花言葉は生涯を共に。

 そしてその青い花の内側は紫。私の目の色だ。二人の目の色をした花。セレスは花の中に二人の愛を見たのだろうか。


 そして魂が現世を離れるという7日後の今日、あの刺繍箱を開けたのだ。

 私がセレスのそばに植えた花。それはセレスが最後に刺した刺繍の花と同じだった。

 生涯を共に。

 同じ気持ちでいたことが分かって、私は嬉しかった。


 しかし、まだ涙は枯れることはない。

 この喪失感と痛みは一生続くのだ。それでも、生きる時間は全て、あの世でセレスに会える時間と繋がっているのだから…私は精一杯生きなければならない。


 セレスティア…愛するセレスティア。

 どうかこれからの私を見守っておくれ。そしてまた、あちらで会おう。

 また会えたらたくさん話をしよう。離れている時間は、苦しいけれど君の残した愛は消えることはないのだから。



 私は刺繍箱を抱えてベンチに座る。

 冷たい風が吹き抜けるが、寒くはない。そばにセレスがいない寂しさはまだまだ拭えないが、それでも私の心には確かな愛がある。



 だからまた会う日まで…さようなら、愛おしいセレスティア。



 ふと声が聞こえた気がした。セレスティア、君が最後に言った言葉は…?








「あぁ、あったかいな。ファルのそばはいつだって暖かい。ファル…愛して…る」



お読みくださりありがとうございました…

セレスティアの最後の言葉、過去形ではなく現在形でした。ファルスが知りたかったのはそれです


不器用な2人の愛の物語 


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