5 想いは おもてに現れる
つまりこういう事だ、とアランが言う。
「我が王家の森魔導士学校は、魔導界でも一番の歴史と格式を誇っている――」
南魔導士ギルド陣内には他に二校、『傀儡砦魔導士学校』に『惑いの沼魔導士学校』がある。そのどちらも王家の森魔導士学校に位負けしたままだ。さらに、北魔導士ギルド陣内には北部中央魔導士学校がある。十八年前に設立された新しい魔導士学校だ。
北の魔導士学校はギルド長ホヴァセンシルが礼を尽くして教授を集めた。南から渡った者もいる。
北の体勢を整える手段の一つとして後継の育成を考えたホヴァセンシルは賢者の誉れ高い。そのホヴァセンシルの誘いに応じても止む無し、と南のビルセゼルトは北に移った学者たちを容認している。
しかし以前より、北との露わな敵対を回避するビルセゼルトに対する不満分子、また、王家の森魔導士学校に向ける南陣地内の二校のやっかみ、そんなものがある事は知られている。
他の魔導士学校の卒業者が、王家の森魔導士学校の卒業者に劣っているわけではないが、ギルドの要職に就くのは王家の森の出身者が多いし、寮ごとの門閥の存在も否めないのだから、無理もないこととも言える。
「要は、王家の森魔導士学校が不祥事を起こせば、学校の権威が地に落ち、校長ビルセゼルトの失脚を狙える可能性がある」
「なんだい、あくまで『可能性』かい」
アランの説明に文句を付けたのはサウズだ。
「可能性が気に食わないなら、足掛かりでもいいよ」
アランがサラリと躱す。
「本当にそんなに大ごとなのかしら?」
そう言ったのはエンディーだ。
「大ごとだから、校長がギルドに出向いたんじゃ?」
と、デリス、
「デリスに同意」
これはグリン。いくら仲が悪いからと言って、本題に入れば私情を持ち出さない二人だ。
「それで、アランもターゲット候補なのはどこから?」
この質問はシャーンだ。
「言いたかないが、僕は在学中に高位魔導士の地位を得てしまった。今までにない事だ。あのビルセゼルトでさえも高位魔導士になったのは魔導士学校を卒業して二年後、まぁ、彼は今や最高位だけどね――僕が高位を取得したことは、他の魔導士学校にとって甚だ面白くない」
発言者のほうを向いて話すアランが、エンディーのほうに顔を向けたまま答えた。
「アランの実力はギルドだけでなく、どんな魔導士も認めない訳にはいかない。それだけに、王家の森魔導士学校やビルセゼルトに反感を持つ者は、アラン憎しとなるだろうね」
そう言ったのはグリンだ。
ここでカーラが小首を傾げる。
「アランの言う事は判るけど、なんでお花畑? ほかにもいくらだって攻撃できるのに」
「大々的に攻撃してみろ、下手すりゃ自分が捕らえられる」
「偉大な魔導士ビルセゼルトと本気でやり合えるヤツはいない」
ここでもグリンとデリスが口をそろえた。
「ビルセゼルトとサシでやって勝てるのはホヴァセンシルだけだろう、ってダガンネジブ様が言ってたね」
アランの言葉に
「ホヴァセンシルってそんなに凄いの?」
とシャーンが尋ねた。
するとそれには答えず、
「ビルセゼルトとやり合わないにしても、露骨な攻撃を仕掛ければ、仕掛けた方が非難されかねない。そんな面倒は回避して、ちょっとした嫌がらせを繰り返えしてダメージを蓄積しようってことだと思う――カトリス、時刻は?」
と、アランが顔をカトリスに向ける。さっきから発言者のほうを必ず見るアランが、シャーンのほうだけは見ず、今度は質問に答えすらしない。
「うん? 弾琴鳥の刻まではまだまだだぞ」
「そうか――まぁ、花畑になったのは魔導術を仕込んだ種を蒔いたからだと思う」
「魔導術を仕込んだ種?」
アランの言葉を受けて、カーラの質問に答えたのはグリンだ。
「雑草駆除に使う魔導術だ。それを鳥、もしくは鳥の目を使って我らが庭に散蒔いたってところだろう」
アランとデリスが『さすが主席だね』と微笑み、妹のシャーン以外がグリンの知識に軽く驚く。
「グリンの今の知識は主席だからじゃないわ。母が薬草学者で、小さいころから知ってることよ」
シャーンの暴露に、アランがあちらを向いたままクスリと笑った。が、それをデリスとグリンが気づいた途端、笑顔を引っ込めた。
「でも、グリンは知ってて当然だけど、アランが知ってるのは……」
「そこで、だ」
シャーンの言葉をアランが遮る。
「僕たちが今できる事は、王家の森魔導士学校、及びビルセゼルトに恥をかかせないことだ――諸君、こんなところで何をしている?」
最後はビルセゼルトの口真似をした。ドッと笑いが起こる。
「それじゃ、アラン、ここに集まってるのって、すこぶる都合が悪くないか?」
サウズが言えば、
「この結論を出すためには必要だったのよ」
とエンディーが笑う。
「では、解散。良い夜を――」
アランの言葉に順次、姿を消していく。最後にアランとデリス、そしてグリンが残った。
「アラン、それにグリン」
デリスが面白くなさそうに言う。
「シャーンの事だけど……」
「ダグの悪ふざけだろう? でなきゃ早とちりだ」
デリスに最後まで言わせず、アランが言い切る。
「どういう事?」
グリンが疑問を口にする。
「デリスがダガンネジブに頼んだんじゃないってことだよ、グリン」
「え? だってデリスはシャーンを……」
カッとデリスの顔が赤くなる。
「だから早とちり。好きだからって、配偶者にしたいなんてデリスは今んところ思っちゃいない」
アランの言葉にグリンとデリスが顔を見合わせる。
「それでアランは?」
「アランに勝てるとは思えない」
グリンとデリスの声が重なる。
「僕? 僕がどうかした?」
惚けるアランに
「以前、シャーンが好きだって僕に言ったよね」
とグリンが言えば
「やっぱり?」
デリスが承ける。
「そうだね、そんな時もあったね」
アランが薄笑みを浮かべる。
「だけど、人の心は移ろうものさ。今や僕の心はジゼェーラのものだ」
それじゃ帰るよ、アランも姿を消す。
「信じるか、今の言葉」
「真意は別だと思う」
デリスとグリンが頷き交わす。
「アイツ、自分が相手じゃシャーンを泣かせると思ってる。シャーンを泣かせたくないから身を引くんだ、きっと」
「だな。だけどシャーンはアランを諦められないんだろ?」
少し寂しそうにデリスが言う。
「気が付いてた?」
グリンのデリスに向ける眼差しは優しい。
「とっくの昔さ。シャーンが泣きながら僕に打ち明けた」
「そうか……アランの意地っ張り、どうにかできないものかね?」
「どうにかできるなら、したいけどね」
それじゃ、またな、と二人は揃って姿を消した。
黄金寮の無人の談話室に一人、姿を現したアランは誘導術を自分に掛けて自室に戻っている。途中、誰かが出しっ放しにしたクッションを蹴飛ばしたが、構わずそのままにした。
ドアも魔導術で開閉させ、更に部屋に入るなり、積み重ねられた本の山から、施術に関する本を手元にに呼び寄せ、目的のページを本に探させ開かせた――そして掌を開いたページに翳す。
(そうか、朔月が近い)
月影の魔導士……二つ名の由来がアランの身に染みる。滅多にない月の加護を受けた。地上の月、神秘王ジゼェーラがアランに与えたものだ。
それにより得物に光が加わったアランは、光が操れるようになった。だが視力を失った。そして月の満ち欠けによりパワーが推移する。
満月にはビルセゼルトにも劣らぬパワーを得るが、朔月には元の自分のパワーに戻ってしまう。生まれつき体の弱かったアランの弱点はパワー不足だった。
力不足を感じながら、再び開かれたページに手を翳す。だが、脳裏に浮かぶ文字は読み取れないほどぼんやりしている。
魔導術が仕込まれた種、その術に連動できる術の存在を知りたかった。だが、今日は無理そうだ。今日はかなり術を発動している。体力にも集中力にも限界を感じていた。
(朔は三日後……次の攻撃は多分三日後)
メンバーの前ではあんな結論を出したが、このままでは終わらないと確信しているアランだった。
軽い溜息を吐いて本を放りだし、アランはベッドに潜り込む。
(シャーン……)
マグノリアの下のベンチの空き地、あそこに集まる仲間たち、その中で、どうしてもシャーンの気配を探ってしまった。そしてシャーンが自分を見詰めるのをひしひしと感じていた。
シャーンがそこにいるだけで、こんなに心が震える。シャーンが自分を見ていると感じるだけで、こんなに嬉しい自分がいる――このままじゃいけない、とアランは思う。
自分が今、こうして命を繋いでいるのは地上の月の力があってこそ。地上の月の加護を受け、その従者となったからは地上の月こそすべてだ。
暫くアランは見えない目で闇を見詰めていたが、やがて静かに瞼を閉じた。




