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おしゃべりオウムに ようこそ  作者: 寄賀あける


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3  一位と二位は隠される

 夕食は食堂ではなく、各寮に配布されると通達があった時、チッとアランは舌打ちした。食堂への移動時にサロンメンバーと連絡を取ろうと思っていた。


「仕方あるまい、例の場所に()()()()集合といこうじゃないか」

アランの提案に、グリンがニヤリと笑い、カトリスが『例の場所?』と()げんな顔をする。()がね寮のすぐ横のマグノリアを囲む(やぶ)、あの中に隠された空間がある、と、グリンがカトリスに説明した。


 その(かたわ)らで、アランが送言術を使って、(しろ)がね寮のサウズ、(あか)がね寮のカーラに連絡をしたようだ。アランの瞳が二度、光を放った。


 目は見えなくても、術を使えば瞳は光るものなのだな、グリンはそう思ったが、わざわざ言いもしなかった。

「赤金寮と白金寮の寮長に連絡した。サウズは少し困惑していたが、シャーンと一緒に来ると言っている。カーラはデリスと一緒なら行くと言った。つまり来る」


「まったく……」

ぼやいたのはサウズの婚約者、エンディー、正式にはエンドリッチェルラだ。

「ほんと、サウズの頭でっかち。しかも冒険嫌い。あの大胆な服装は、自分の小心さを隠したいんだわ」

「我が親愛なるコザクラインコちゃんよ、そんなにキキョウインコさんを悪く言う(なか)れ。サウズの長所は堅実さと慎重さだ。僕には望んでも持てないものだ。それにあの大胆な服、あれ、僕は好きだよ。遠くからでもサウズと判る」

言いながら、最後のほうはアランも吹き出した。


 サウズはいつも同じ服を着ている。何着も持っているその服は青い金属光沢の、ちょっと他人とは感覚の違うものだ。それが()えんで『キキョウインコ』とアランに呼ばれるようになったサウズだ。

「もっとも、婚約者のキミは僕よりずっとサウズの良さを知っているだろうけど」

アランの言葉に、エンディーが頬を染めた。


 (からす)(こく)、夕食の時刻になると談話室に食事を乗せたトレーが宙に浮いて現れた。いつもは大皿に盛られ、食堂のテーブルに並べられたものを各自、思い思いに取り分けて食べるが、今日は一人分ずつトレーで配布するようだ。浮かんだトレーを誰かが手に取って場所を()けると新たなトレーが現れる。その繰り返しだった。


「追加を頼む時は受け取った場所でトレーを持って、欲しいものを言うように。そのまま待てば望みのものがトレーに現れる。欲しい料理が残っていれば、の話だ。同じ要領で、ご()(そう)さま、と言えば、トレーは回収される」

魔導士学校の食事は早い者勝ちだが、足りなかったことは少なくともここ四年間なかった。


 アラン・グリン・カトリスの三人はグリンの部屋に集まって食事を摂った。三人の部屋のうち、一番片付いて掃除が行届いている部屋だ。アランの部屋は掃除されいて片付いていると本人は言うけれど、本が山積みでベッド以外は通路と化している。カトリスの部屋は物が散乱していて片づけなければ足の踏み場がない。


 エンディーは談話室で他の魔女と談笑しながら食事しているはずだ。男子寮は女子禁制、女子寮は男子禁制なのだから、仕方ない。そして男子寮と女子寮をつなぐ談話室は、普段であればどこの寮生でも入室できる。今日はさすがに他寮の学生はいないだろうけれど、内緒話ができるはずもない。アランはグリンの部屋に軽く防聴術を掛けた。万が一誰かが部屋の外で聞き耳を立てても、話の内容は聞こえないだろう。


「そこに集まるのはいいけれど、校長と出くわしたりしないか?」

カトリスが心配する。

「校内の保護術を強化すると言っていた。巡回に出くわさないかな?」

するとアランが、

「カトリス、校長が保護術を強化するとして、まずどこから始めると思う?」

と、パンを千切りながら言う。

「え、どこだろう。まずは全体を(おお)う結界の修復か強化か……」

「うん、それから?」

「外部からの侵入を恐れているんだから、庭とか?」


 するとグリンがクスッと笑った。

「ビルセゼルトがこの学校で一番大切にしているのは僕たち学生だとカトリスは気付いていないのかい?」

「あ……」

「そうだね、グリン。校長なら、学校全体を覆う結界を見た後、すぐさま学生寮の保護術を見直すと僕も思う。そのあと庭への侵入者通報術だ」


「侵入()け……ってことはマグノリアの下に出たら、すぐビルセゼルトに知られちゃうってことじゃないか」

その場に誰かが現れれば術者に知られる、それが通報術だ。その場所の権利者にしかかけられない術でもある。


(あせ)るな、カトリス。さっきデリスに送言して、我らが集まる前にマグノリアの下だけ通報術無効の術を仕掛けるよう言ってある」

「へぇ、デリスはそんな事ができるんだ? 校長の術を押さえて? またヘンなところに術をフっ飛ばしたりしないか?」

グリンの心配に、

「デリスのパワーで基礎を作った上に、僕が同種の別の術を上乗せして複雑にする。たぶん校長に見破られる心配はないし、もし知られても、僕とデリスの事だ、またなんの悪戯をしている、と思われるだけだ。デリスがカエデを引っこ抜いたのは、カエデの木の違和感に気が()れたからだって、デリスが言ってた。送言術での会話だけどね」

とアランが答える。


「カエデの木に違和感?」

グリンとカトリスが同時にアランを見る。

「校長には報告したと言っていた。例によって校長は『そうか、判った』と()()答えたそうだ――まぁ、校長がいつまでも保護術に()()るとは考えられない。とっくに終えているだろうね。そして、食事の後はギルドに出かけるはずだ。そうなると、学生の()()()()()()悪戯に構っている暇はない」


 シチューが半分近く残っている皿に、アランがスプーンを置く。グリンが『もういいのか?』と確認し、アランが『ご馳走様』と微笑む。


 小食のアランは好きなものから食べていく。そうしないと、好物を残してしまうことになるからだ。今日のデザートは、好物の第三位とアランが言うカスタードプディングだったが、もちろん最初に食べてしまってもうない。


「もう少し食べたらどうだ? だからそんなに細いんだ」

と、カトリスが説教めいた事を言うが、『よせよ』とグリンに(たしな)められて黙る。


 グリンもカトリスもすでに食事を終えている。グリンがアランのトレーを持ち、カトリスと二人、談話室に下げに行った。

「この後は僕の部屋に……()()()()がある」

アランも一緒に部屋を出ている。


 二人がアランの部屋に行ってみると、ローテーブルが出されていて、カップが三客置かれていた。そこに濃褐色の液体が、宙に浮かんだポットから(そそ)がれているところだ。

「いい匂いだね」

カトリスが(つぶや)く。

珈琲(コーヒー)か、珍しいものを手に入れたね」

と言ったのはグリンだ。


「うん、親父(おやじ)が送ってくれた。ビルセゼルトがグリアランバゼルートの南部農場で(すい)しょうして栽培させた木から、初めて収穫できた豆だそうだ。砂糖とミルクを加えると飲み(やす)くなる」

言うが早いか、ローテーブルに砂糖(つぼ)とミルクの入った()びんが現れる。


 飲み慣れているのか砂糖もミルクも入れないグリンの真似をして、カトリスもそのまま飲んだ。

「うへ……なんだこれ。苦いだけじゃん」

するとアランが笑みを浮かべて砂糖とミルクをカトリスに勧めた。アランは既に自分のカップに入れている。


「こんなもの、わざわざ甘くしてまで飲む価値あるのか?」

カトリスはブツブツ言ったが、アランと同じように砂糖を二杯にミルクを少し加えて、恐る恐る飲んでみる。

「――なにこれ、美味い。なんで?」

アランとグリンが笑った。


「あのビルセゼルトがグリアランバゼルート南部の特産品にと考えてるんだよ。美味いに決まってる」

とアランが言えば、

「ドラゴンから教わったそうだよ」

と、グリンが情報を披露する。


 ビルセゼルトはグリンの父親だが、グリンの母親はビビルセゼルトの〝妻〟ではない。以前は全く接触がなかった。むしろグリンはビルセゼルトを嫌い、あからさまに避けていた。半年前の出来事がきっかけで和解はしたものの、未だ親密とまでは行かない。


 そのグリンがアランに尋ねる

「そろそろギルドに出かけたかな?」

もちろんビルセゼルトの事だ。

「そろそろだろうね。そして弾琴鳥(ピュッルラ)の刻までは、まず戻らない 。戻れない、が正しいか。下手すりゃもっと遅くなる」

弾琴鳥の刻は、学生寮の就寝時刻だ。


「校長、ギルドに行くんだ?」

カトリスの疑問に、

「今日の事件をギルドに報告しないはずもない。緊急の執務会議が取集されたって親父が言ってた」

と答えたのはアランだ。談話室の火のルートで父親と連絡を取ったのだろう。火のルートが開通されていれば、どんなに遠方であろうと送言術が届くようになる。


 各寮の談話室の暖炉――火のルートは一か所だけ開通することが学生に許可されている。たいていは親元だ。認められた使用時間は朝食後から就寝時刻、使用に当たり申告などの義務はない


 校長ビルセゼルトは魔導士ギルドの長を兼任している。そのギルドで、ビルセゼルトの一番の腹心がアランの父アウトレネルだ。


 アウトレネルは一人息子のアランに弱い。アランが七歳の時、妻を亡くしてからというもの、アランだけがアウトレネルの生きる支えとなっていた。


 そのアランが半年ほど前に命を失いかけ、助かったものの代償に視力を失った。アウトレネルが一層アランに甘くなるのも無理はない。


 そして当のアランはそんな父をうまく利用している。本来なら外部が知るはずもない情報を、ついアランに漏らしてしまうアウトレネルだった。それほどアランを息子としても、魔導士としても信用していると、アランも判っている。だから、父親から得た情報を()やみに他者に漏らすことはない。誰が知っても問題ないことのみだ。


「さて……」

アランが立ち上がった。チカリと瞳が緑色に光る。珈琲は三人とも飲み終わっていた。


「エンディーは自室に戻っている。十、(かぞ)えたら飛べ、と送言した。僕たちもマグノリアの木の下に飛ぼう」

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