18 地上の月 ジゼェーラ
それで、とアランが続ける。
「ドウカルネスはロハンデルト様の存在には?」
ふふん、とジゼルが笑う。
「伯母から力の移譲を受けて、なんとか統括魔女を任せてもいいか程度の力しかない魔女だ。知識も知恵も足りない――ましてわたしが飼猫にしているなんて思いもよらない。疑う事もなかったし、わたしが掛けた隠姿術を見破れもしなかった」
「負けそうだった割には態度が大きいですね」
ついアランが笑う。
「うん、取り敢えず負けていないから。負けていたら言えなかったかもしれない」
悪びれる事もなくジゼルが言う。そしてカップを覗き込む。
「お替りですか?」
「いや、いい加減お腹がブカブカしてきた」
「ブカブカですか」
「そろそろ帰ろうかな」
「言い残しはないですか?」
「そう言われると不安になる。何しろわたしは忘れっぽい」
自覚があるんだ、と内心感心するアランだ。
「それにしても、このカップ……ティーセットと花瓶か、プンプン匂うな」
「匂う?」
「うん――アラン、シャーンを泣かせたな? わたしの姉を泣かせるとは、いい度胸だ」
「……泣かせたりしませんよ。子どものころなら泣かせたこともあるけど」
「なに? それは聞き捨てならないな。なんで泣かせた?」
「ちょっと悪戯しただけ。トカゲを掌に乗せただけ」
「その程度で泣くシャーンとは思えない」
「シャーンが尻尾を掴んだら、尻尾を切ってトカゲが逃げたんです」
「ほうほう、それで?」
「ジゼル、ときどき〝ジジむさい〟言葉使いになりますね」
「気にせず話を先に進めるが良い」
「わざとですか?――まぁ、それで、トカゲを自分が殺してしまったんじゃないかって泣いたんですよ」
「なるほど……期待するほど面白い話じゃなかった」
「なにを期待してたんだか?」
「で、このティーセットと花瓶、貰って帰っていいの?」
「えっ?」
「えっ?」
「いや、持って帰りたいの?」
「うん。持って帰ってわたしが使う」
「いや……」
「嫌か? ダメか? ダメなのか?」
「僕が使わなければ、きっと魔導術は発動しないかな、って」
「そりゃそうだ。シャーンがアランのために掛けた術だ」
「判ってるんですね」
「さっき言っただろうが。シャーンの匂いがプンプンする。アラン、大好きって匂いだ」
「……ジゼル、意地悪はやめようよ」
とうとうアランが降参する。
するとジゼルがニヤリと笑う。
「人の心理とは面白いと、アラン、あなたを見ているとつくづく思う――まぁ、これはわたしが持っていく。気になって仕方がないんだろう? アラン、このところ気もそぞろだよ。これが原因なんだろう?」
「新年度で落ち着かないだけです」
「ところで……」
まだ何かあるのか? とアランがうんざりする。
「ジュライモニアって知ってる?」
また、素っ頓狂な話しを振ってくる。
「北ギルドの麗しの姫ぎみ……もちろん知ってますよ」
「そんな一般常識じゃなくって――少し前にヘンなところで遭遇した」
アランが顔色を変える。
「なんでそんな重大なことを、忘れるんですか!?」
「忘れてないから話していると思うが? 最後になっただけだ」
「さっき、帰ろうとしたじゃないですか」
「そうだったっけ?」
真面目にジゼルが考え込む。
「帰ろうとした件はもういいですから! ジュライモニアと何があった?」
「うん、道でバッタリ」
「道でバッタリ?」
「そう……そう、そう、ドウカルネスと同じ日に、火事を起こされた街の道端で会った」
「それなのに忘れちゃうんですね……」
頭を抱えるアランに、忘れてないってばと、ジゼルが抗議する。
「なんかね、わたしの顔を見に来たって言ってた」
「それだけ?」
「それだけ。ここにいる事をホヴァセンシルに知られるとまずいんじゃ? って助言したら逃げた」
「ジゼルさん、助言と言うより脅しましたね?」
自分も同じようなことをしたとは噯にも出さないアランだ。
「そンな風にあちらが感じたとしても、わたしとしてはあくまで助言だ」
「そうですか。それでどうなりしたか」
「さっさと消えたよ。本当に顔を見たかっただけなのかも。わたしの足元に火を投げたけどね。あれは挨拶代わりだろうなぁ……」
「……それだけで済んで何よりです」
「誰がそれだけで済んだ、って言った?」
「他にも何かあるんですか?」
胃が痛くなりそうだ、とアランが思う。
「うん、ロハンデルトの顔を見られた」
「はいぃ?」
アランの悲鳴にジゼルが笑う。
「なにを素っ頓狂な声を出す。保護術は掛けたが、隠姿術はその時は掛けていなかった。もっとも、掛けていてもジュライモニアは見抜いたと思うけどね」
「うーーん。ジュライモニアはロハンデルトの正体を見抜きましたかね? まぁ、ジゼルが言う通り、結構、力も知恵もある魔女でした。ただ我儘で自分勝手……憎めないところもあるけど」
「さぁね、ジュライモニアがロハンデルトを見抜いたかなんて興味ない」
「興味持ってください」
「見抜いたとしても、あの魔女は自分の父親に報告したりしない。自分のことしか考えない性格だ」
「あぁ……確かに」
「アラン、やっぱりジュライモニアと知り合いか?」
「知り合いって程じゃあありません」
魔導士学校での出来事と、ジュライモニアが部屋に来たことをかいつまんでアランが話す。
「ふぅん、それでアランはジュライモニアをフッたと」
「そんなんじゃないって」
「顔が赤くなったぞ?」
「嘘吐け」
「嘘を吐けない縛りはわたしにも適用されているよ」
「だって、ジュライモニアは、自分の基準に適合すれば、誰でもいいんだから、フッたフラれたってのとは違うと思う」
「それじゃやっぱりジュライモニアかな」
「やっぱり、って?」
「わたしの街に入り込んだ魔女がいる」
「ジゼル、それって――」
蒼褪めるアランに、ジゼルは大したことじゃない、と笑う。
「ジュライモニアはわたしとやり合おうとは思っていない――いや、厳密には思っているのかな?」
「どっちなんだよ!?」
「アランに聞いた話からすると、ジュライモニアの関心事は、自分の理想にかなう恋人。きっとロハンデルトを手に入れようと思ってるんだろうね。わたしから飼猫を取ろうとして、決闘を申し込んでくる可能性がないわけじゃない」
「って、おい、笑い事じゃない」
「アラン、怒っちゃいや……」
「こらっ!」
つい吹き出すアランに、
「わたしがそう簡単に飼猫を手放すことはないと、ジュライモニアも判っているはずだ。決闘でわたしが簡単に負けないこともね――わたしではなくロファーを攻略することを考えていると思う」
と、これは真面目な顔でジゼルが言う。
「ロファー?」
「ロハンデルトの街人としての名前――ジュライモニアは今のところ、少なくともロハンデルトの正体には気が付いていないはず。あの封印術はたぶんビルセゼルトでも見破れない……んじゃないかな?」
「推測の域を出てませんよ、すべてにおいて」
「うん。全部推測と憶測」
と、ジゼルが立ち上がる。
「アランと話してるのも飽きた。プディングが終わったのに、追加のお菓子を出してくれない……ケチっ!」
「なん杯もお茶を飲んでおいて、そんなこと言いますか」
アランが言い終わらないうちに、ティーセットと花瓶が消える。
「あ……」
「それじゃ、また何かあったら連絡する」
持っていくな、と言おうか言うまいかアランが迷っているうちに、ジゼルは火のルートを使って帰ってしまった。
すっかり疲れてしまったアランは、そのまま寝室に向かった。
シャーンがくれたティーセットと花瓶は没収されてしまった。今日の花はなんだろうと、どこかで楽しみにしていた。失わなくては価値に気が付けない、そんな事もあると知ってはいたが、我が身に降りかかると結構きついものだ。
それでも……
これで良かったんだ……ベッドに横になりながら、そう思おうとする。今さらティーセットも花瓶も取り戻せない。
シャーンの心と同じように――




