23 魔導士を縛るもの
多分アランは薄々気が付いていたのではないか? 自分のために黄金寮生たちがなんらかの話し合いを持ち、何かしらの配慮をした。敏感なアランが気づいていないはずはない。
だが、それを面と向かって言われれば、アランはなんと言うだろう。『そんな事するなよ』アランならそう言うと、グリンたちは思っていた。そしてアランを深く傷付ける、そう思っていた。
だけど今さら思う。こんなタイミングで暴露するくらいなら、さっさと言っておけば良かった――
黄金寮生の発言で、喫茶室がシンとする。これでアランの主宰辞任は認められるだろうと、卒業年次生は誰もが思った。だが、彼らが思う以上にアランに対する支持は強かったようだ。
「判った。目が見えないことを疑いはしない」
そう言ったのは白金寮の三年次生だった。
「だけど、それをカバーして余りある魔導力をアランは持っているはずだ。施術や知識に関しても校長を唸らせるものがあると聞いている。校長が用意してくれたレッスン室も、魔導術でものを見る練習のためだって聞いている。はっきり言って、目が見えないのは事実でも、ハンデと言い切れない」
この発言が終わった時、クスッと吹き出し、大笑いし始める者がいた。アランだ。グリンとカトリスが驚き、デリスが肩を竦めた。
デリスは『アランのヤツ、悪い癖が始まった』と、思っていた。舌先三寸で言い包めるのはアランの十八番だ。それをデリスは感心できることじゃないと考えていた。誤魔化さずに話せ、とアランによく意見する。もちろん、アランは、『なんのことだい?』と惚ける事が多かった。
「笑う場面じゃないぞ、アラン」
「だって、だって」
腹を抱えて笑うアランに、周囲は戸惑い、アランの笑いが収まるのを待つばかりだ。
「さっきから聞いてれば、なんで誰も、僕に訊かないんだ?」
「……だからって、そんなに大笑いすることか?」
デリスがアランに呆れる。
「おまえらしいと言えばそうだけど……」
「だいたい、なにをどう訊けって言うんだ? どうしたって気を使っちゃうじゃないか。僕たちがアランに気を使っちゃ、いけないのかよ?」
そう言ったのはカトリスだった。
「うん……みんな、ありがとう」
アランが真面目な顔でそう言い、そして微笑んだ。
「判ってたんだ、黄金寮の事も。でも、素直になれなくて……みんなの好意を受け取れば、自分が惨めになると思った。でも、やっと判った。素直になれない僕は、自分で自分をどんどん惨めにしてた」
「アラン……」
「いま僕が笑ったのは、自分の馬鹿さ加減に呆れたからさ――なぜ、僕が主宰を降りるのか、正直に話そう」
アランがグリンの肩をポンポンと二回叩くと、心配そうな顔のままグリンが着席した。
アランは少し考え込んでから、話し始めた。
「三ヶ月後、卒業が確定してからになるが、南ギルドは神秘王――地上の月と、その従者月影の魔導士について、いくつか公にしようと考えている。一部、既に漏れていることから、公表前に〝信用できる〟相手になら話していいと、ギルド長の許可を得ている。だから、その範囲での説明になる」
そこでアランが俯いて目を閉じた。すぐ傍にいたグリンはアランの瞳が閉じられる寸前、僅かに光を帯びたのを見逃さなかった。が、他の者からは、何かを考えるか、何かに堪えているように見えただろう。
やがてアランが面をあげる。
「僕は常に神秘王に監視されている――」
卒業年次生を含め、部屋に動揺が走る。
「監視という言葉は適切じゃないかもしれない。常に連絡を取っている、というのが正しい。今もいきなり神秘王から送言があった」
あぁ、それで今、アランの瞳は光ったのか、とグリンが思う。
「送言の内容は、まぁ、大したことじゃない。僕の感情の動きを察知した神秘王が事の次第を尋ねてきただけだ」
さらに部屋が騒めく。
「それって、アランが神秘王に逐一伝えてるってこと?」
誰かが疑問を投げた。するとアランは苦笑する。
「いや、僕のほうからは向こうがどこにいるのかさえ察知できない。でも、向こうは意識しなくても僕の事が手に取るように判るそうだ」
それは嫌だな、と誰かが呟いた。
アランの立場が嫌なのか、神秘王の立場が嫌なのか。見られたくないのに見られる者と、見たくもないのに見える者。きっと呟いたヤツは前者しか考えていない、とアランは思った。望まぬ情報がどんどん送り込まれる負担など、予想もしていないだろう。
「僕からは送言もできない。かなり遠くにいるようだ。でも、向こうは言葉を僕に送り、僕の心を読める。たぶんビルセゼルトより、強力な魔導術を使い、神秘力を扱えるのだろう」
騒がしかった部屋が、今度は静まり返る。ビルセゼルトより強力、その言葉に震撼する。
魔導術とは、基本的には火・水・土・風・雷・光・影の七種と言われる神秘力に働きかけて、思った通りの仕事をさせる術を言う。術を発現させる力が強ければ、魔導力が強いとなる。
神秘力とは、世界を満たす理と言ってもいい。春に花が咲き、秋に実る、寒さが厳しければ雨が雪へと変わる、そんな力が神秘力だ。この神秘力を集める力が強ければ、神秘力が強いと言われる。
それとは別に『得手』と呼ばれているものは、どの神秘力に働きかけられるかを言う。神秘王はオールマイティーと言われるうえに『月』を、得手としている。
そしてアランは、火・水・土・風・雷の五種をもともと得手とし、魔導士としては申し分ないと言われるものだったが、月影となるとき『光』が加えられている。
アランが月の加護を受け、一命をとりとめた時、ビルセゼルトは『月の加護によって得手に光が加えられた。だか皮肉だな。その代わり、瞳が光りを失った』と呟き、アランの父親アウトレネルは喜ぶべきか悲しむべきか判断できず、大きく動揺した。
静まり返った喫茶室で、アランが説明を続ける。
「僕はいろいろと制約されている。みんなと同じように魔導士ギルドの制約、そして王家の森魔導士学校の聴講生とは言え学生としての制約、一年後には教職につくために課せられた制約、そして地上の月の影としての制約。その制約ひとつひとつを説明するには時間が掛かり過ぎるし、差し障りもある。だから、割愛することを許して欲しい」
魔導士に制約はつきものだ。まず、魔導士になるためにはギルドに対して誓約しなくてはならない。そして誓約は、ギルドの制約に反すれば命を奪われても構わない、と誓うものだ。
実際、制約の中には、違反と同時に術が発動するものがいくつもある。発動される術は、記憶喪失術であったり、魔導力封印術であったり、その誓約によってまちまちだったが、魔導士にとっての制約の重要性は学生であろうとも、みな熟知している。そしてその制約の内容を口外しないと誓う事もよくある事だった。
発言がない事を確認するように黙っていたアランがさらに続けた。
「僕に掛けられた制約の中で一番強いものは『地上の月の影』としての制約だ。たとえギルドに呼び出されても、神秘王に呼び出されれば、僕は神秘王の許に行かなくてはならない。それは――生涯に渡る」
それじゃアランは神秘王の奴隷か、と、誰かが言った。
「幸い神秘王は、理不尽な要求をしてくるような人物じゃない」
ジゼルを思い出してアランがこっそり笑う。あの、どこか間抜けなお嬢さんは、到底悪人になんかなれないだろう。アランの言葉にグリンが何かを懐かしむ目をした。
妹とも知らず思いを寄せた日々を思い出したのだとアランは感じた――でもグリン、あの頃のジゼルはもういない。あの縋るような、涙をいっぱい溜めた瞳も、か弱い心も、今のジゼルには遠いものだ。
「重要なのは、神秘王がビルセゼルトと必ずしも同じ意思を持って動くものではないという事だ――おしゃべりオウムがビルセゼルトの親衛隊であるならば、我々の動きが神秘王に筒抜けなのは差し障りがあると僕は考える」
再び喫茶室がどよめきに満たされる。
誰かが叫んだ。
「神秘王は、ビルセゼルトの敵なのか?」




