22 アランの責任
どう解釈してよいか判らないグリンにビルセゼルトが続ける。
「最初はアランが月影となって、そう経たないうちだったそうだ。で、ダグはリリミゾハギに打診した。リリムはシャーンにその気はないと、断った。その時はそれで終わった。が、アランはそれからもダグをせっつく。あげく、リリムではなくビルセゼルト――わたしに話を通してなんとかして欲しい、と言ったそうだ」
「なんでそこまでしてアランはシャーンとデリスをくっ付けたがる?」
グリンの質問にビルセゼルトがクスッと笑った。
「それほどシャーンが好きなんだろうね」
「え?」
「アランはシャーンへの思いを断ち切りたい。でも、目の前にシャーンがいてはそれができない、そんなところだとわたしは考えている」
「なんで断ち切る必要がある? シャーンだってアランが好きだ。諦める必要なんかない」
「アランは……シャーンの重荷になりたくないんだとわたしは思う。キミはどう思う?」
ハッとグリンがビルセゼルトの顔を見る。
「わたしとしては、重荷になる事はないと考えているんだが、今のアランにそれを言ってもムダだ。自分に降りかかった変化に、まだアランは対応しきれていない」
「だとしたら! 変化に慣れたアランは後悔することになるのでは?」
「後悔することは決して悪い事ではない。それに――シャーンがデリスとのことを承諾すると言い出した時、シャーンはわたしにこう言った。婚約しても、婚姻は四年以上先、人の気持ちは変わるもの、そして婚約はいつでも破棄できるものです、ってね」
「それって……」
「グリン、キミの妹はキミやわたしより、ずっと逞しい」
微笑むビルセゼルト、やっとカップに手を伸ばすグリン、
「シャーンは初めから、破棄するつもりで婚約を?」
「それはどうかな? 四年の間にシャーンがデリスの良さに魅かれないとも限らないぞ。ただ、今回の婚約、デリスがどう考えているかの情報がない。たぶんシャーンと〝グル〟だと、わたしは考えているけどね」
シャーンとデリスがグル――そんな発想はなかったグリンだ。だが、そう考えれば、デリスが承諾したのも納得がいく。
デリスだってシャーンの気持ちに気付いているとグリンは思っていた。それなのにシャーンとの婚約を承諾するのはデリスらしくない。ダガンネジブに強要されたと思っていた。
「……そう言えば、父上は母と連絡を取っていらっしゃる?」
「いや、滅多なことでは連絡しないし、あちらからもない。聞いてもいないのにアウトレネルが『咲き誇る花の館』の様子を語るときがある」
「レーネが?」
「うん……グリンは気が付いていないのかい? レーネはリリムに心を寄せているよ。リリムも憎からず思っていると思ったんだが?」
「って……父上は二人をお許しに?」
ビルセゼルトが面白そうな顔でグリンを見る。
「今さらわたしがリリムに何を言える? わたしがキミの母親に言えることは、幸せでいて欲しい、それだけだ――話が終わりなら帰りなさい。リリムとシャーンを頼んだよ」
校長室から寮に戻ったグリンは、談話室にアランを見付ける。今日のアランは一年次生を相手に、魔導理論の話をしていた。
そのアランにグリンが送言した。
(昨日はごめん)
グリンはそのまま自室に戻る。
部屋のドアに手を触れた時、グリンの頭の中でアランの声が聞こえた。
(詳しく話せなくてごめん――)
グリンはそれに答えられなかった。答える言葉が見つけられなかった。
アランが言う、詳しくとは何を指しているのだろう? ビルセゼルトは言っていなかったが、アランは自分が想像する以上の使命と言うか、責任を負っているのではないだろうか? それをギルドの制約で僕たちに話せないし、シャーンへの思いを断ち切る理由にもなっているんじゃないのか?
だがそれを訊いても決してアランは答えない。訊けばアランを苦しめる――そしてグリンは『いいんだ』とも『判っているよ』とも言えない。それもまたアランを苦しめそうで怖かった。
そのあとは何事もなかったように、元通り、グリンとアランは一緒にいる。黄金寮生たちは狐につままれた感じだが、どうせ友だち同士の喧嘩なんて日常茶飯事、すぐ忘れた。少しいつもより派手だっただけだ――
そしておしゃべりオウムの会、ここからが今日の最重要項目、新年度の体勢の決定だ。
「会合を再開するよ」
カーラの声が喫茶室に響くと、ざわざわしながらもそれぞれ着席していく。アランは高椅子から移動術で床に降りると、グリンのあとに続いて席に着いた。
椅子から降りるときアランは、肩に乗ったインコを忘れていたようで、バタバタと羽を広げてバランスを必死でとるインコに『ごめん』と小さい声で謝っていた。
「今日は主宰をどうするか、それだけを決定したい。幹部を誰にするかは主宰の意思一つ、ってのは、今までと同じだ」
議長のカーラに指名された進行役はサウズだった。
「さっきカーラから、現在の主宰アラネルトレーネは辞任の意向と報告があった。まずはアラネルトレーネの辞任を認めるかどうかを検討したい」
するとデリスが『反対する者がいるかを聞くのが早いんじゃないか』と言い、『それもそうだな』とサウズが頷く。二人とも反対されないと見込んでいる。
ところが、サウズが反対者に挙手を求めると、幹部――つまりは卒業年次生、会発足時からのメンバーにグリンを加えたメンバー以外はシャーンを除いて手をあげた。
えぇとっ……とサウズが困惑する。
「つまりなんだ、シャーン以外の在校生は全員アランに主催でいて欲しい、そう言う事?」
「卒業してからもサロンメンバーだって、さっき説明を受けた」
そう言ったのは赤金寮の二年次生だった。
「って、ことはやっぱり主催は卒業生をも統括できる人がいいと思う」
「聴講生なんだから校内にいる訳で、だったらアランでいいと思う」
白金寮の二年次生がそう言うと、
「僕は寮を出て、教職員棟に移る」
とアランが言った。
すると黄金寮生に動揺が走った。もちろん、カトリス・グリン・エンディーはその中に含まれない。伝説の魔導士サリオネルトを輩出し、さらに月影の魔導士も黄金寮と、黄金寮にとってアランは少しばかり英雄扱いになっていた。
だからこそ、ビルセゼルトから寮に留まる事も教職員棟に部屋を用意することもできると言われたとき、迷わず寮を出る事を選択したアランだった。
今のキミには孤独も必要かもしれないね、とビルセゼルトはその時アランに言っている。
教職員棟に移るというアランに、
「だからと言って、校内にいない訳じゃない」
在校生たちはアランを逃がす気はないようだ――グリンとカトリスが顔を見合わせる。
立ちあがったのはデリスだった。
「本人が辞めたいって言ってるんだ。無理に留保するのはどうだろう?」
「僕はアランに勧誘された」
そうデリスに反論したのは黄金寮の一年次生だった。
「いま辞めるって、無責任だ」
「やめると言っても主宰だけで、メンバーでいる事には違いない」
この反論はグリンだ。
「メンバーでいるなら主宰でいたっていいんじゃないのか?」
「それじゃあ、アランの負担が大きすぎる」
このグリンの発言は藪蛇だった。
「負担? どんな負担がアランに?」
「それは……」
アランの目の前で、アランは目が見えない、と言い出せないグリンに助け舟を出したのはデリスだ。
「アランは目が見えない――」
判っていても、つい忘れてしまうアランのハンデを思い出し、皆が押し黙る。
「でも……」
赤金寮の三年次生が、
「見えなくても、アランは平気で校内を行き来してる……ひょっとして、実は見えてるんじゃ?」
「なにっ!?」
いきり立つグリンをカトリスが、落ち着けと押し止める。そのカトリスも落ち着いてはいないようだ。命令口調でこう言った。
「黄金寮生、アランの寮での様子を他の寮のヤツ等に話せ」
えっ? と、黄金寮の在校生たちが顔を見かわした。誰も、アランに気を使っていることをアランの目の前で言いたくはない。
重い腰を上げたのは三年次生のビバ――ビヴァリエンテム――だった。
「アランの目が見えないのは間違いない……黄金寮の談話室って以前はクッションがあっちこっち置きっぱなしで、どこにでも座ったり寝転んだりしてたんだ。今のアランはそんなことないと思うけど、はじめのころは蹴飛ばされる寮生が続出、クッションも飛んで行って誰かにあたる、あげくアランもスッ転ぶ。そこで僕たちはアランに内緒で話し合って、座っていい場所を決め、使わない時はクッションを消すことにした」
アランが誰にというわけでもなく顔を背けた。




