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おしゃべりオウムに ようこそ  作者: 寄賀あける


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20 月影の魔導師

 (しばら)くしてカトリスが(むつか)しい顔をして言った。

「あいにくだがアラン、僕はどっちが悪いかなんて訊いちゃいない」

アランは天井を向いたままだ。


「談話室にいたエンディーに送言術を使って訊いてみたが、すぐそこにいたのに判らなかったって言ってる――二年次生三人を相手にアランが属性の融合について解説していた。そこにグリンが来て話があるからと二年次生を追い払った。アランがグリンの部屋にもアランの部屋にも行きたくないと言ったからだ。そしてアランとグリンは小声で何か話し始めた――ここまで、間違いないな?」


 アランもグリンも答えない。気まずさを感じたカトリスが、コホンと一つ咳払いした。


「内緒話を盗み聞きしたヤツはなかったようだ。エンディーが談話室にいた連中に訊いてくれたが、おまえたちが何を話していたかは誰も知らない。急に立ち上がったアランを、『逃げるのか』とグリンが引き留めた。それに対しアランが『魚になって逃げたヤツに言われたくない』と怒鳴った――んー、魚ってなんの事だ? まぁ、いいか……で、怒ったグリンがアランに風弾を投げつけ、アランは応戦せずにまともに食らって(のう)しんとうを起こした」


 ここでグリンがグッと顔を(しか)めた。言われたくない事柄が含まれていた。が、言葉を発したのはアランだ。


「僕が悪かったって言ってるじゃないか。カトリス、お願いだから追及しないでくれよ」

アランが繰り返す。プライドが高いアランが『お願いだから』なんて口にした。アランを追い詰めていいのか、カトリスが迷い、困り果て、頭を()いた。


 そのまま三人とも押し黙っていたが、最初に口を開いたのはグリンだった。

「……シャーンが、デリスとの婚約を承諾したんだ」

えっ? と、カトリスがグリンを見、すぐにアランを見る。アランは表情を動かさない。


「それで、その話をアランにした。自分には関係ない事だ、ってアランが言った。誰が誰と婚約しようが恋愛しようが僕の知ったこっちゃない、って言った。で、口論になった」


 うーーーん、とカトリスが(うな)る。アランがシャーンを好きなのは、本人に聞かなくても判る。


 女の子には誰かれ構わず、『僕と付き合ってみる?』と軽口を叩いて笑わせていたアランだったが、実質、今まで誰とも付き合っていない。それが、シャーンを最後にその『冗談』を言わなくなった。シャーンはアランの『冗談』を拒絶したが、笑わなかった。相手を笑わせるために言っているはずなのに、アランは()えてシャーンを笑わせなかったのだ。冗談めかしていたものの、今回ばかりは本気だった。


 この事に気が付いていたのはアランとごく親しいカトリスと、寮は違うがアランの親友、赤金寮のデリスの二人くらいだった。


 グリンはアランから直接、話を聞いている。アランは『子どもの頃からずっとシャーンが好きだった』とグリンに打ち明けた。シャーンと会えるのを待っていたんだ、と。アランとグリン・シャーン兄妹は(おさな)じみだった。


 ところが事態は変わっていく。おしゃべりオウムの会に入会したシャーンが急激にアランに()かれていった。(はた)から見ていて判るほどなのだから、鋭い観察眼を持つと言われ、しかも繊細なアランが気付かないはずがない。なのにアランは気付かないふりをしている。周囲から見れば、判り易い二人が、判り難い恋をしているとしか思えなかった。


 冷やかせばますます(こじ)れるだろうし、仲を取り持とうにもアランはその気はないと言い張ってますます()になる。世話が焼けると思いながら、世話を焼くこともできずにいた。


 そして、そうこうするうちにあの事件が起きる。神秘王の成立だ。


 アランがどのように神秘王の成立に関わっているかはギルドの機密とされて、カトリスもグリンも詳しい事は知らない。ただ、命を落としかけたアランに神秘王が月の加護を与え、それによりアランは一命をとりとめた。が、代償として、瞳が光りを映すことがなくなった、と聞かされている。


 十日ほど自宅で静養したのち、学校に戻ってきたアランへの好意をシャーンは隠さなかった。さすがに誰もがシャーンの想いに気がつくことになる。


 実はそれ以前、アランの瞳が光りを完全に失う前に、シャーンはアランの自宅に見舞いに訪れているが、その事を知っているのは、同行したシャーンの母親と、迎え入れたアランの父親だけだ。そしてそれはアランの父親からシャーンに頼んだ事でもあった。


 アランの目はもうすぐ見えなくなる。きっとその前にシャーンの顔を、もう一度見たいとアイツは思っているんじゃないか……


 その時、アウトレネルにシャーンは(たず)ねている。ずっと傍にいたいと言ったら、アランは許してくれるかしら? アウトレネルの答えはシャーンにとって悲しいものだったが、きっとそうだとシャーンも思った。


 すまんな、アランは意地っ張りだ。俺にはそうとしか言えない――


 もちろんグリンはこの辺りについては何一つ知らない。知っていれば、アランに向ける感情も少しは変わっていただろうか?


 アランが学校に戻ってきてから、シャーンは時間があればアランを探し、アランが校長から与えられたレッスン室や、黄金寮の談話室に顔を見せるようになる。そのうち、アランとシャーンは付き合っていると、校内に噂が流れるようになった。


 アランの態度が豹変したのはその頃だ。あからさまにシャーンを()けた。そしてとうとう、黄金寮の談話室、他の黄金寮生がいる前で、『迷惑だ』と言い放った。シャーンがアランにフラれたと、黄金寮から全校に知れ渡っていく。


 お陰で白金寮生の中にはアランを敵対視する者も出たが、たいていはフったフラれたはよくある話、と気にもされない。黄金寮でも赤金寮でも、気にしたのは、アランがシャーンに〝落ちる〟か〝落ちない〟かを()けていた連中だけだろう。


 アラン・シャーンに、これで自分も近づくチャンスが生まれたと、内心喜ぶ者もいたかもしれない。実際、なになに寮の誰々がシャーンに申し込んで断られた、なんて話はいくつもあった。


 一方アランのほうは、人当たりの良さが僕の売りだよ、なんて言っていたのがすっかり変わって、近寄りがたさを漂わせ、常にグリン・カトリス・デリスが、まるで守りを固めるかのごとく付き添い、女の子が近寄る(すき)もなくなった。


 もちろん、アランにもアランの友人にもそんな積もりは全くない。目が不自由になったアランを気に掛けていただけだ。


 カトリスとデリス、エンディーはアランのシャーンに向ける気持ちを確認したことがある。てっきりアランもシャーンを好いてると思っていた、と聞いた時、アランの答えは一言だけだった――僕ではダメなんだよ……


 何がダメなんだ? そう訊きたかったがアランの目の事を考えると、何も言えない友人たちだった。


 だが、グリンは違っていた。シャーンの気持ちも、シャーンの涙も、グリンは知っている。そしてアランの目が見えなくなった責任の一端が自分にあると、グリンは感じていた。


 神秘王の成立――それが起きた場所は、『(きり)()白鷲(しろわし)の森』で、それはアランの街屋敷に程近(ほどちか)かった。なぜ、そんな場所にジゼルはいたのか、それを考えた時、グリンには一つしか答えが浮かばない。


 神秘王ジゼェールシラ、グリンは彼女と王家の森魔導士学校に隣接する、立ち入り禁止の『王家の森』の沼の(ほとり)で出会っていた。そして名も知らぬまま、グリンはジゼルに恋心を抱いていった。


 そんなグリンに『彼女はジゼル』だと告げたのはシャーンだった。ジゼルならビルセゼルトの娘、自分にとっては腹違いの妹……混乱がグリンを襲い、とうとうグリンは自分の姿を魚に変えて、王家の森の緑深き沼に逃げ込んでしまった――


 そのあとの事は、グリンは知らない。魚の姿のまま沼に何日いたのかもよく判らない。だから推測でしかない。


 グリンが魚となって沼に消えたのをジゼルは目撃していた。きっとジゼルはシャーンを頼り、シャーンはアランを頼ったのだと思った。そして頼られたアランはジゼルを自分の街屋敷に(かくま)った。


 父親アウトレネルがギルドの管轄地に移ってから、街屋敷には誰も住んでいなかったはずだ。だが生活する設備は整っていたに違いない。


 そして神秘王成立のあの日、なにを考えての事か判らないが、ジゼルはアランの屋敷を出、アランはジゼルを探した。そう考えれば『霧降る白鷲の森』に二人がいた事に説明がつく。


 そしてそして約束の夏至が訪れ、ジゼルは神秘王、地上の月となり、アランはその影、月影の魔導士となった――

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