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おしゃべりオウムに ようこそ  作者: 寄賀あける


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15 トカゲのしっぽ

 椅子に腰かけ、腕を組み、どうしたものかと考える。何もしないでいると、睡魔(すいま)に引きずり込まれそうだ。

「そろそろ泣き止みませんか?」

とうとう根負けして、ジュライモニアに声をかける。


「泣き止ませたいなら、わたしが泣き止むようなことを()()か言ってよ」

「うーーーん、ここで泣かれるの、迷惑なんだけど?」

「もっと泣くわよっ!?」

「いやっ! それは待って――判った、明日、話を聞く。時間を決めて待ち合わせよう」

「デート?」

「それは違います」

「泣こうかな……」


 内心、勝手に泣けよっ! と叫びたいが、

「泣くのはやめてください」

とアランが(つぶや)く。そして、あれ? なんで敬語になってる? と、ぼんやり思う。


「ねぇねぇ、アラン」

「うん?」

「わたしね、デートってしたことないの」

「僕もだよ」

「どうして? わたしは北の魔女と北ギルド長の娘だからみんな怖がっちゃって、だから誘う勇気が出ないみたいなんだけど、アランは?」


 それだけじゃないだろうなぁ、と思いながら、

「デートするほど仲良くなった女の子がいないからだよ」

と答える。

「じゃあさ、わたしと仲良くしよう」

ダメだ、このままじゃ堂々巡りだ。


「あのね、ジュライモニア」

「ジュリ!」

「……ジュリ、聞いて欲しいんだけど」

「うん、なにを? アランの話しならなんでも聞く」

言質(げんち)を取った、なんでも聞くんだな? アランがそっと(こころ)うち(ほく)む。これで話の主導権は握った。でも、ここからどう運べばいい?


 ジュライモニアの関心事の一番は、今は恋愛か――

「僕が七歳の時、母が亡くなった」

「あら、お気の毒。寂しかった? 泣いた?」

「……母が亡くなってすぐは泣く(ひま)がなかったかな。父が泣き続けるものだから、僕は必死で(なぐさ)めてた。だから泣く暇がなかった」

「お父様、よっぽどお母様を愛してらしたのね」


「うん……母はもともと身体が弱くてね。僕らの中にはよくいるだろ、神秘力や魔導力は強いけど、身体が極端に弱い。長生きできないタイプ。母はそれだった」

「そうね、よく聞くわね……そう言うのって癒術魔導士でもどうにもならないって。生命力の問題だから――生命力の消耗が原因の死なんですってね」

「うん。で、僕はその母の体質を受け継いでしまった」

「でも、月の加護を得てから、体力的に問題なくなったって聞いてる」

なんだ、知ってたか……でもいいや、この話の終着点は別のところだ。


「で、僕の髪の色だけど」

「うん、綺麗なエメラルドグリーン」

「これ、生まれた時は透明だったんだって」

「透明?」

「そう、無色透明。母は自分のせいだって泣いたらしいよ」

「珍し過ぎる……髪があるのにツルッ禿(ぱげ)?」

「あ……」

ジュライモニアの表現に呆気(あっけ)にとられたアラン、つい吹き出しそうになるがギリギリ耐える。


「いや、髪は生えてるから禿ではないかと……禿なのかな? 何しろ、無色透明だった!」

「うん、それで?」

「まぁ、そのうち髪も色付いて、透明ではなくなったけど、でも不思議な色ってよく言われる。エメラルドグリーンで透明感があるだろう? 向こう側が見えないから、透明ではないんだけどね」

「そうね、とっても綺麗」


「キミみたいに綺麗って言ってくれる人もいる。でも、僕にしてみれば珍し過ぎちゃって、人とは違うってことを思い知らされるだけなんだ。それに、やはり体力がない事に関係しているんじゃないかって考えてしまう」

「うん……」

「長く生きられないかもしれない、そんな不安はいつもあった。実は、今でも不安なんだ」

「大丈夫、わたしが死なせない」


 あ……当てが外れた、今日の僕の読みはなんだか次々に外れる。長く生きられない僕ではキミを幸せに出来ない、(てき)な話に(まと)めようと思ってたのに! もう、こうなったら――


「さっき、片思いしてるって言ったよね」

「あぁ、忘れてた。言ってたわね、そんな事」

「母が亡くなる少し前、その頃、父は街の魔導士をしてた。その街には僕の幼馴染が住んでいる。いや、そこに住んでいる子と幼馴染になった、が正しいかな」


「アウトレネルが街の魔導士? 今はギルドの中心メンバーのひとりなのに?」

「病弱な母のために、静かな街暮らしを選んだんだよ。母が亡くなったら、すぐギルドに勤めを変えた」

「なるほど……やっぱりアランのパパはアランのママを凄く愛してたのね」

「うん、もっとも十年経って、ようやく傷も()えたみたいだけどね」

「傷も癒えた?」

「多分、今、父は別の人を愛し始めてる。本人がそう言ったわけじゃないけど、恋をしていると思う。見ていて判る」

「あら、素敵ね」

「うん」


 このジュライモニアってコは、子どもっぽくって我儘だけど、いいコでもあるのかな、と感じたアランだ。〝人一倍〟素直なだけかもしれない


「で、その幼馴染なんだけどね。勝気なコで、女の子なのに虫を怖がらなくって。その子の兄さんと面白がっていろんな虫をその子の手に乗せて遊んでた。僕が七つのころ、彼女は四歳だった」

「女の子は虫が苦手って、アラン、それ偏見よ――子どもの頃のアラン、案外、悪戯?」

今でも僕は悪戯さ。でもよかった、完全に泣き止んでる。第一関門は突破だ。


「で、僕たちはトカゲを捕まえた。キラキラした金属光沢、エメラルドグリーンの背中、そんなトカゲを捕まえて、彼女の手に乗せた」

「トカゲ? そのコ、驚いたんじゃ?」

「いいや、綺麗って言ってトカゲの尻尾を摘まんで持ちあげた。近くでよく見たかったんだろうね」

「うんうん」


「そしたらさ、トカゲのヤツ、尻尾を切って逃げだした。彼女の指先にはクネクネ動く尻尾が残った。びっくりした彼女は一瞬、キョトンとした顔をして、そして次には火が付いたように泣きだした」

「尻尾クネクネじゃあ、泣くわね」


「あまりの泣き声に、僕はさすがにまずいと思って慌てて謝った。なんとか泣き止んで欲しかった。彼女の兄さんは面白がって笑うだけ。でさ、よくよく聞くと彼女は、『トカゲが死んじゃった』って泣きじゃくってる。だから僕は、トカゲは尻尾を自分で切って逃げた、だから死なないって彼女を(なだ)めた」


「尻尾が切れても死なないって、トカゲは魔導術でも使って尻尾を切るの?」

「いや、それはないと思う」

「ふぅん……アランはそう思ってるかもしれないけど、きっとそれは魔導術よ」

「そうか、今度調べてみるよ」

調べるまでもないけれど、ここは話を合わせたアランだ。


「僕は尻尾を切って逃げたトカゲを探したけれど、見つからない。生きているのを見れば彼女が納得すると思ったんだ。でもダメで、彼女は泣きながら近くにいた彼女の母親のところに戻っていく。彼女の母上は僕の父とお茶を楽しんでいたんだ。彼女を泣かせたのがバレれば、僕は父に怒られる。行きたくなかったけれど、彼女を放っておけなくて、僕は彼女について行った――」


咲き誇る花の(グリン兄妹の母所有)(の館)』の庭の片隅、(うら)らかな日差しの中、時おり木々を揺らす風、どこからか漂う花の香り……幼い頃の思い出が、アランの脳裏に鮮やかに浮かび上がる。


「父に(しか)りつけられる僕の横で、彼女は母親から『トカゲは尻尾が切れても死なない』って教わっていた。そして急に僕に走り寄り、抱きついてきた」

「……」

「そして『トカゲ、死なないって。アランの髪と同じ色のトカゲ、死なないって』と言った。『トカゲが死んだら、二度とアランに会えなくなるような気がして、それがイヤだったの。だから泣いたの』って言った」

「初恋?」

「彼女は『ずっと一緒にいてね』って言った。僕は一生このコを守っていこうと、その時、自分に誓った……そうだね、初恋だよ」


「素敵なお話しだけど、まさか今でもそのコの事を?」

「どうやら僕はしつこい性格らしい――そのことがあっていくらも経たないうちに母が他界し、父はギルドの管轄地に移った。もちろん僕も一緒にだ。彼女には会えなくなった。でも僕は、ずっと彼女に会える日が来ることを信じて待っていた。そして僕はこの学校に入学し、彼女は今年入学してきた」


「感動の再会ね」

「……彼女は僕を忘れてた」

アランが薄く笑った――

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