14 魔女の誘惑
「なんで花火が僕のためになるんだ?」
さっぱり訳が判らない。が、ジュライモニアには彼女なりの理由があるのだろう。
「あなた、なんだか落ち込んでるように見えたから。元気づけてあげようと思ったのよ――友だちと揉めていたよね? なんだったら、あの友達、虐めてあげる。わたしね、蝶々になって覗いてたの」
「元気づけるどころか、余計に落ち込まされたんだけど? 僕の友達に手出ししちゃダメ、大事な友達なんだ。それにしても蝶々? すごい変身術……」
アランが褒めるとニッコリ嬉しそうな顔をする。なるほど、そうやって笑むと大輪のバラみたいだ……花のような『麗しの姫ぎみ』、美しいと評判だけはあると、研ぎ澄ました神経がアランに教える。
「うん、わたし、変身術が得意なの。ママよりずっと上手よ。ママは滅多にしないから、ひょっとしたら施術法を忘れてるかも。パパは変身術なんか必要ないからしないけど、おまえの変身術は素晴らしいって褒めてくれる」
変化術――何かを別の何かに変える術、例えば本を椅子に変えたり――ができる魔導士は多い。だけど、自分自身を変化させる変身術は術者が少ない。変化したあとの姿のときに施術できず、元の自分に戻れなくなる危険が高いことから、敢えて変身術を取得しようと言う魔導士が少ない事もある。
「アランは何かに変身できる?」
「いや、僕は変化術がせいぜい」
「そうなんだ? できると便利よ」
「へぇ、どんなふうに?」
「蝶々が飛んできても気にする人はあまりいないもの。不見術だと気配が駄々漏れになる。ま、結界を張られちゃったら、結界を破らない限り、なにをやっても無意味よね」
「そう言えば、リスになった?」
「あぁ、あれはリスの目を借りたの。で、アランを見てきてって、お願いしたの」
「そっか、動物の使役も得意なんだね」
ジュライモニアが得意そうな顔をする。この魔女、力も強いし器用だけど、性格が丸きり子どもなんだ……アランが心の中で笑う。
「それで、僕になんの用?」
「えっ? ええ、そりゃあ、あなた」
「そりゃあ?」
揶揄うか、〝いなす〟か? 少し迷って『いなす』を選択したアラン、でも僕の性格じゃあ、揶揄っちゃいそうだけど……
「言わなくっても判るでしょ?」
「言わなきゃ判らないよ? それとも覗心術を使ってもいいの?」
「まっ! そんな無礼は許せないわ」
「まだ、使ってませんよ?」
「うん……ねぇ、アラン?」
「なんだい? ジュライモニア」
「ジュリって呼んで」
「うん? では、なんでしょう、ジュリ」
「あなた、決まった人はいるの? 特に仲がよさそうな女の子は見てないけど」
校長の言う通り、目的は恋人探しみたいだな、再びアランが心の中で笑う。
「婚約者ならいないよ」
「え……婚約はしていないけど、いるって言うこと?」
「片思いならいるかな」
「まぁ!」
大げさにジュライモニアが驚く。本人は大げさなつもりはないのかな? とアランが思う。
「まだ十六歳でしょう?」
「もうすぐ十七になる」
「それで高位魔導士で、しかもこんなに綺麗な顔してて、なんで片思い?」
「おや、見た目や才能に恋するわけじゃないと思うけど?」
「そんなの詭弁よ。魔導士なら一に才能、二に見た目」
「そうですか……」
笑いだしたいのを必死に抑えるアランだ。
「で、三や四はあるの?」
揶揄っちゃダメだと思いつつ、つい訊いてしまった。
「三……見合う年齢? オジさんなら北の魔女の城にもいるけど、ちょっとね」
「四は?」
「四はわたしを大事にしてくれる事、五は優しい事」
「それだと、見た目が良くて才能があれば、年取っててもいいし、大事にしてくれなくてもいいし、優しくなくてもいいってこと?」
「アラン、あなた思ったよりも馬鹿? 全部そろってなきゃダメよ」
「あぁ、なるほど……」
笑いたい、でも、ここで笑っちゃいけない。
「アラン、あなた、笑うの必死で堪えてない? ほっぺたが引きつってるわよ?」
「いやいやいや……」
と、なにを思ったのかジュライモニアが近づく気配がある。慌てて立ちあがったアラン、距離を取ろうとして、積み上げた本に蹴躓き、本の山を倒した。アランがチッと舌打ちすると、本が別の場所に積み上げ直される。
「あら、無詠唱なのね」
「自分の部屋の中くらい、考えただけで動かせる――日常的な施術は大抵無詠唱。キミもだろう?」
「まぁね。それよりなんで、遠ざかるのよ?」
「キミはなんで近づくのさ?」
ジュライモニアがアランを睨み付ける。
「判らない?」
「だから、覗心術でも使わなきゃ、他人の気持ちなんか判らないよ」
「ふーーーん、アラン、あなた、割と嘘吐きね」
割と、なのか? どうもジュライモニアの言う事は、アランの笑いを誘うようだ。
「魔女・魔導士は嘘を吐けない。常識だと思ったけど?」
「そうね。だけどアラン、あなたさっきから、否定してないわよ? 肯定もしてないけど。言葉の置き換えばかり」
へぇ、間抜けかと思ったらそうでもない。アランがジュライモニアを少し見直す。
「うーーん、でも、正直判らないな。キミが僕に興味を持っているのはなんとなく判るけど」
「そこまで判ってるなら、答えはすぐそこ」
「え、答えですか? キミは僕と付き合いたい、とか?」
それはごめんだ、いろいろ面倒くさすぎる。
「違うっ!」
「違いましたか、それは失礼。だったらなんだろう?」
「もうっ!」
ジュライモニアは焦れているようだ。
「女の子から誘わせるつもり? あなた男でしょ?」
つまり、僕から誘えって言いたいのか。僕が誘うと思っているのか。コイツ、やっぱ、どこか抜けてる。てーか、笑いたい。でも、うん、ここは我慢だ。
「あー、まー、男だね、一応。我が校で、一番頼りにならない男だ」
「なにそれ?」
アランの発言はジュライモニアを面白がらせたようだ。いつもの調子で言い過ぎた、とアランが後悔する。
「えっと、なんだ。僕はいざというとき頼りにならないって、そう言う事」
「なんで?」
「なんで、って……」
チッ、言葉に詰まっちゃった。案外手ごわい。正攻法で行くか。
「どっちにしろ、僕にその気はない」
「嘘吐かないで」
「嘘は言えないって確認したばかり。そして今、僕は言葉を置き換えていない」
悔しそうな顔でジュライモニアがアランを見詰める。そして……
「なんでみんな、わたしを虐めるのよっ!」
ジュライモニアが大声で怒鳴り、大音量で泣き出した。
慌てて結界を張るアラン、ひょっとしたら少しは部屋の外に音が漏れたかと、ついでに軽く防聴術を掛ける。どうか、今の叫びを耳にした誰か、派手な寝言と思ってくれ。それにしても、声に拡大術を使っていないか? 耳鳴りがしそうだ。だけど、耳を塞いだら拍車を掛けそうな気がする。
アランの困惑もお構いなしに、ジュライモニアは手放しで泣き続ける。だからって、ここで宥めたりしたら、きっとまた無理難題を言い出すと、アランは何もできずにいる。
それでも、つい、山積みの本を宙に消して片付け、椅子を二脚と、その椅子の間にテーブルを出してしまった。
「まぁ、お座りよ。お茶でも淹れようか?」
アランがそう言うより早く、椅子を見た途端、座ったジュライモニアはテーブルに突っ伏して泣き続ける。アランも椅子に腰かけて、困り顔のまま腕を組む。
(いったいいつまで泣いてるんだろう? 羨ましい体力だ。僕はそろそろ限界なのに)
ジュライモニアの様子を窺いながら、アランが心の中で頭を抱える。朔月を控え、アランの体力は月影となる以前にほぼ近い。
疲労の感じ方を考えるとそろそろ限界、下手をすれば明日、寝込むかもしれない。
(そうか、朝のシャボン、それに続く花火騒動と、そのあとの反省文、そして校長の説教。ここに来て、訳の判らないお嬢さんのお相手――今日は疲れる事てんこ盛りだった。一日中、緊張していた気がする)
月影となった今も、月の満ち欠けに影響されて僕は頼りにならないままだ――小さくアランが溜息を吐いた。
さて、この高慢ちきで自分勝手なお嬢さんをどうやって追い出すかな、アランが真剣に考え始める。
出て行けと言っても出て行かないだろう。かと言って捕らえて校長に引き渡すのも気が引ける。もう悪戯をしないと約束させるだけでいい。
この我儘な魔女は自分が僕たちにどれほど迷惑をかけたかなんて、きっと自覚がないはずだ。このまま帰せば必ずまた、何かしでかす――




