13 部屋に ふたりきり
いつもは癒しを齎すインコたちが、今日はアランを責めているように感じる。手を伸ばしたものの口元に運ぶ気には なれず、アランはチョコレートをそのままにして喫茶室パロットを出た。
弾琴鳥の刻が近い。明けの三日月が近い今宵、この時刻に月の姿はない。満天の星が空を飾るが、アランがそれを察知することはない。
黄金寮の入り口でグリンがアランを待っていた。
「校長、なんだって?」
「校長は説教しかしないよ」
歩みを止める事なくアランは寮に入っていく。グリンがそれに続いた。
「自分の短所を言わされた」
談話室に続く階段を昇りながらアランがぽつりと言った。
「フン、ビルセゼルトが好きそうなテーマだな」
グリンが薄く笑う。
「それで、なんて答えたんだい?」
「……答えを急ぐきらいがあるって答えた。でも、否定された」
「否定? ビルセゼルトにしては珍しいね。誰をも否定しないのがアイツのやりかたなのに」
「うん……」
談話室には消灯時間間際なのに、数人の学生がいた。カトリス、エンディー、そしてエンディーの友達の魔女二人、アランを待っていたのだろう。エンディーの友達は、アランが顔を顰めたと黄色い声をあげていた。以前からアランに興味を持っている事は、黄金寮の寮生はみな気付いている。アランも察しているが、知らん顔で相手にしていない。
「反省文は受け取って貰えたか?」
カトリスの問いに、
「なんとかね」
と、笑顔で答え、
「ごめん、エンディー、心配かけたね。グリンとカトリスに話があるんだ。話しは明日するよ。それじゃオヤスミ」
エンディーにも笑顔を向けて、男子棟に向かう。そのアランにグリンが続き、オヤスミと魔女たちに笑顔を向けてカトリスがそれを追う。
アランの部屋にする気か、それともグリンの部屋にするのかと、グリンとカトリスが思っていると、アランは自分の部屋の前で、
「それじゃ、オヤスミ、良い夢を」
自分だけ中に入ろうとした。
「話があるんじゃなかった?」
引き止めるグリンに
「ごめんね、談話室を抜ける口実だ――なんか、疲れちゃった。もう寝るよ。明日話そう」
とアラン、そう言われたらそれぞれ自分の部屋に行くしかないグリンとカトリスだった。
部屋に入り、すぐさまベッドに横になる。が、すぐ上体を起こした。
「窓に張り付いているのか? 浮遊術の使用は感じないんだけど?」
窓の外の気配はアランの問い掛けに、すぐ反応した。
「やっぱりここだったのね。木の枝を梯子に変化させているのよ」
「なるほど、枝がヘンにひん曲がってる気配がある。木が気の毒だ。今、窓の鍵を開ける。部屋の中に入るといいよ」
魔導術でアランが窓の鍵を外した。部屋の権利者、アランにしかできない術だ。
窓が開く音がして、誰かが中に入ってくる。デーツの木の下にいた魔女だ。ベッドに寝転んだ時に感じた窓の外から部屋の中を覗きこむ気配、放っても置けなくて声を掛けてしまった。
「なんでこの部屋だと思った?」
ベッドに座りながらアランが問う。
「そんなの簡単。この部屋だけ明かりが点いてないもん。目が見えないって本当なのね」
アランがムッとした顔をする。すぐ部屋に明かりが灯った。
「あら、暗いままでもよかったのに」
「僕の顔が見たいんだろう? それに、女の子と二人、暗い部屋で何をしてたんだって勘繰られるのはごめんだ。ただでさえ、ここは男子寮で、家族以外の女性は入れない決まりなんだから」
「女の子って意識してくれてるの? えっと、わたし、家族扱い?」
魔女の声は嬉しそうだ。
「意識じゃなく、認識ね。それと緊急避難。枝が折れそうだった――なんで、植栽に悪戯したり、泡だらけにしたり、花火を飛ばしたりしたんだ?」
意識してよ、それにそんなに重くないわよと、ちょっと拗ねた独り言をアランが無視する。
「お花畑、見てくれた? ここの学校、花が少な過ぎだって思ったからよ。綺麗だったでしょう? でも、あれはアランのためじゃないわ」
「ふぅん、誰のため?」
「サウザネーテルダム、あの服のセンス好きだわ。でも、婚約者がいる……残念」
思わずアランがブッと吹き出す。アランの笑い顔にデーツの魔女がホッとした顔をする。
「サウズの服のセンスは、確かに独特だね。婚約者がいるって、なぜ判った?」
「黄金寮の裏手で、魔女と手を握り合って見詰めあってた。で、そのあとキスしてた」
黄金寮の裏手……あのあたりかな、と、つい場所を考えてしまったアランだ。
「それだけで婚約してるって思ったんだ?」
「年が明けたら婚姻の誓いをギルドに申し込むって話してた」
なるほど、気が小さくて慎重なサウズらしい。卒業直後は婚姻の誓いの申し込みが殺到するから、希望が通らないかもしれない。早めに申し込んで、希望日に確実に結婚したいのだろう。
その時期はギルドの神秘契約課の繁忙期だと聞いた事がある。いつも多忙のギルド長ビルセゼルトは眠る間もなくなると言う噂だ。
婚姻の誓いはギルド長が執り行う儀式で、神秘契約にあたる。ギルド長のほかは立会人が列席し、立会人の見守る中、婚姻の誓いをした二人をギルド長が夫婦と認め、立会人が『見届けた』と宣告する。それで〝正式な〟夫婦となり、神秘契約が発動する。どちらかが命を落とすまでの契約で、破棄はできない。
「それで、なんで花畑がサウズのためなの?」
「サウズはお花が好きだと思ったから。あの人、自分がお花になりたいんだわ、きっと」
「――どういう意味?」
「だってあの服、花をイメージしているでしょう?」
「そうなの? 初耳だけど?」
「ひと目見て、青い朝顔だって思った。思わない?」
「うーーん、僕にはよく判らない」
僕がサウズに感じるイメージはキキョウインコだと、つい言いそうなったアランだが、言わずにおいた。
「そう……アランなら判ってくれると思ったのに」
内心、判らなくってよかったとアランが思う。
「それじゃ、花好きだと思ったサウズのために花畑を作った、と。で、泡だらけにしたのは?」
「あぁ、あれはグリンバゼルトのため。さすがに噂に聞く美形、『これほど美しい男はほかにはいない』と言われた父ぎみにそっくりで、しかも今は若い」
「今は若い……いずれ年を取る」
「一緒に年を取っていけるってことよ」
「キミは言い回しも独特だね」
「個性的って言って」
「で、なんでグリンのため?」
「グリンバゼルトがお風呂に入りたいって思ってたから」
「風呂?」
「でも、レポートを書くのに時間が掛かり過ぎて入れなかったって。朝は寝ていたいし、今日は諦めようって。独り言で嘆いてたの。だから気分だけでも味わって貰おうと思ったのよ」
「それで、学校全体にサービスしちゃった?」
この時、アランは笑いを噛殺している。
「だって、彼だけを泡だらけにしたら、グリンバゼルトの事が好きだって、みんなにバレちゃうじゃん」
とうとうアランが笑いだす。
「キミはグリンが好きだけど、それを周囲に知られるのはイヤなんだね。でもさ、キミの存在をこの学校の誰が知っているんだ? キミを知らないのに、キミが誰かを好きだって、誰が思うんだい?」
「笑っちゃダメっ!」
少なからずデーツの魔女は気分を害したようだ。
「自分より劣る人を笑ってはいけない、ってパパが言ってた。一見劣るように見えても、必ず自分よりも優れた部分をどんな人でも持っている。だから見下してはいけないって」
「へぇ、ホヴァセンシルがそんな事を?」
アランが急に真剣な顔つきになった。
「パパを知っているの? ま、名前ぐらいは知っているわよね、魔導士の嗜み」
「最高位魔導士の名前くらい、誰でも知ってるよ」
つまり、この魔女はジュライモニアに間違いないってことだと、アランが思う。
「パパは凄いのよ。ママもパパの言う事には逆らわない。いつもはとっても優しくって穏やかで、みんなに慕われてる。ときどき怒られるけど、その時は雷より怖いわ」
「雷より怖い?」
「うん、『力の発露』がすごいの。この力に逆らってもムダだって一瞬で判る。九日間戦争の時は、瞬時に街を丸ごと従わせたって」
術を使わず、己の威力のみを示して相手を従わせる、か。施術による被害者が出ない方法だ。敵わないと判り切っている相手に、基本、魔導士は逆らわない。無駄だからだ。
なるほど、温厚実直とはこんな面からも言われるのか。ホヴァセンシルは怪我人を出さずに自陣の反対分子を制圧したと聞いている。その時も攻撃術は使わず、力の発露で抑えたのだろう――北ギルド長に関する知識を、頭の中で展開したアランだ。
「花火はアラン、あなたのためよ。綺麗だったでしょう?」
「僕のため?」
「サウザネーテルダムは決まった人がいるからダメ。グリンバゼルトはどう考えてもビルセゼルトが北に来ることを許すわけがない。悲しくって、それでもグリンバゼルトを思い切れなくって、彼を見てたの。そしたら素敵な人が彼と一緒に歩いてた。それがあなたよ、アラン」




