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おしゃべりオウムに ようこそ  作者: 寄賀あける


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11 わすれ形見

 突然のアランの謝罪にビルセゼルトが『ほぉ』と面白そうな顔をし、グリンとカトリスが驚く。


「アラン、なぜ、謝罪を?」

ビルセゼルトが優しく問いかける。


「学生の分際(ぶんざい)で出過ぎた真似をいたしました。それで僕は落ち込んでしまって、二人はそんな僕を心配して、この部屋に来てくれたんです」


 でも、と声を発したグリンとカトリスをビルセゼルトが制する。そして、

「では、どうすればよかったと思っているのかい?」

さらにアランに問う。


「僕は……火弾の接近に気が付いた時点で、まずそれをレギリンス先生に言うべきでした。レギリンス先生は()かさず僕同様か、それ以上の指示を〝満声術〟で出したはずです。指示を出すのは学生である僕の権限にありません。それに、慌てた僕はつい満声術より施術が簡単な〝拡声術〟を使ってしまいました。満声術は校内各所に同時に声を届けますが拡声術は声が広がっていく分、時間差ができます。緊急時には適しません」


 ふむ、とビルセゼルトが満足そうな顔をする。

「これがレポートなら『(グッド)』を付けて返すところだ――アラン、反省文をレポート紙十枚以上、夕食終了後ただちに提出すること。提出場所は喫茶室パロットにしよう。営業時間外だが、特別に開けておく」

そう言うとビルセゼルトが立ち上がった。


「諸君、今の時間に菓子を食べ過ぎると、せっかくの夕食が堪能できないぞ。ほどほどにしておくことだね。では、邪魔をした。アラン、(コー)ヒーをありがとう」

言い終わった瞬間、ビルセゼルトの姿が消えた。残された三人は思い思いに(ため)いき()く。


「レポート紙、あったかな。十枚、残ってない気がする――補充しておこうと思ってたところだ」

「売店は開いてるんじゃないかな? 閉めるとは聞いてない」

アランのボヤキにカトリスが答える。


「なんだったら一冊、僕のを持ってけ。予備が五冊ある」

と言ったのはグリンだ。なんでそんなに予備があるんだ? 驚くカトリスに、『普通だろ』とグリンとアランが同時に答える。


「なににそんなに使うんだよ?」

とカトリスが問えば、

「僕は自主研究を(まと)めてレポートで提出する」

とアランが答え、グリンは

「僕は毎回、授業内容をレポートにして、理解に間違いがないか教授に確認して貰ってる」

と答える。なるほどね、主席なはずだ、とカトリスが泣きそうな顔で笑った。


 アランはビルセゼルトに謝罪したことで、落ち込みからは解放されたようだ。

「さて、親愛なる我が友よ。僕には緊急のレポート提出の課題ができた。友情の(はつ)として僕の部屋から出ていってくれ(たま)え」

ケロッと二人を追い立てる。

「レポート紙は自分で調達するから心配ご無用。ありがとう、グリン」

いつものアランが出てきたよと、笑いながら、自分の部屋に戻る二人だ。


 二人が退室するとアランは、椅子に変えられた物も含めて本を元通りにし、窓際に置かれた机に向かった。


(反省文、ね。さて、何を反省しようか?)

ビルセゼルトがアランに反省文を出せと言った理由を、アランは政治的思惑と(とら)えていた。


(今日、ビルセゼルトはギルドに呼ばれた。そして校長不在にも(かかわ)らず、保護者が招集された。そこへきて、またこの騒ぎ。しかも、学生の僕が校内を仕切ってしまった。反ビルセゼルトの連中は、必ず僕を材料にビルセゼルトを責める――チッ、けっこう難しいや)


 ビルセゼルトはアランに反省文を書かせ、それをギルドに提出するつもりなのだとアランは思っていた。学生は反省している、(とが)めるな、と言うつもりなのだ。だが、単に反省していると書かれているだけでは駄目だ。


 ビルセゼルトの役にたつ反省文は、反省と見せかけて、アランには落ち度がないと読む人に思わせる内容に仕立てなくてはならない。しかも教職員に恥をかかせてもならない。その上で、ビルセゼルトの責任を追及できない内容に……なんて僕に書けるのか? アランが頭を抱える。


 校長不在時に学生がしゃしゃり出た。まずここを考えよう。これが一番の問題なのだから――校長がいなければ学校に何かあった時、対処できない教職員しかいないとなると大問題だ。アランが暴走したとすれば一件落着に見えるが、そうはいかない。アランを高位魔導士と認めたギルド、()いてはビルセゼルトの責任及び公平性さえも問われかねない。


 それに月影の魔導士として認知させる計画を先送りにしなくてはならなくなり、ジゼルが神秘王だという事も隠さなくてはならなくなる。これは実質無理だ。既にジゼルの情報は漏れているし、アランについても然り。正式発表が終わっていないに過ぎない。


 では、アランの〝責任感〟から出た暴走ではどうだ?

(行けるかもしれない……)

むしろ校長不在を理由に、二日連続で起きた怪事件に神経質になっていたアランが、愛校心から張り切り過ぎた。


(うーーーん。文才が欲しい)

こりゃあ、学術レポートよりよっぽど難しいや。苦笑するアランだった。


 その日の夕食は、()ねた挽肉(ひきにく)を成形して焼いたものと人参のグラッセ、マッシュポテト、グリンピースのポタージュ、トマトとキュウリのサラダ、バターを練り込んで焼いたパン、生クリームを添えたイチゴだった。


「アラン、イチゴしか食べてないよね」

グリンがアランに釘を刺す。

「うん……グリンピースは苦手だし、少し人参を食べようかな」

「肉もダメだったっけ?」

近くにいたカトリスが横から口を出す。

「ダメじゃないけど、その大きさじゃ、一つ食べきれない。残すのが判ってるんだから、なんかね」


 食堂での食事は大皿から好きなものを取り分ける。アランは取り皿に残したくないのだ。


 すると、アランの取り皿にトマトとキュウリのサラダが乗り、大皿に乗っている三分の一程度の大きさの肉、人参、ポテトが勝手に(よそ)われた。


「なんだ? 誰の仕業だろう?」

驚くグリンとカトリスに、

親父(おやじ)が学校に来た――ヤツの仕業だ。僕に(きょう)せいしょくするつもりだ」

アランが今日一番の嫌そうな顔をした。


 グリンが教職員席を見ると、なるほど、アウトレネルの姿がある。ビルセゼルトと何か話し込んでいるようだ。


 アランがニヤニヤ笑いながら言う。

「子どものころから親父は強引でさ。これだけ食えって、勝手に決めちゃうんだ」

「それでどうしてたんだよ?」

トマトを口に放り込みながらカトリスが聞く。

「母は僕を(かば)って、無理やり食べさせるもんじゃない、って言うけど、親父はお構いなし。で、僕は親父が寄越した料理を平らげる」

「なんだ、食べようと思えば食べられるんじゃないか」


「そうしないと母が、自分のせいでアランは身体が小さいし多くを食べられないって泣くからさ」

「じゃあ、僕が泣いてあげるから、もっと食えよ」

グリンがやめろと目配せするのにカトリスはやめない。


「でも実際は親の目を盗んで捨ててた」

アランがニヤッと笑い、カトリスが、なんだぁ、とガッカリし、グリンが安心して微笑んだ。


 食事が終わる間際、アウトレネルがアランの(そば)にやってきた。いくつか言葉を交わして帰ったが、自分を軽く見上げる息子の顔を食い入るように見詰めていた。


 アウトレネルは背が高く、がっしりした体格だったが、アランは魔導士学校の同学年の同性の中では一番背が低いし、身体も細い。病弱だった母親の体質を受け継いでしまった。

「また母さんに似てきたな」

アランを一目見てそう言ったアウトレネルの声はグリンにも聞こえていた。


 髪の色と瞳の色こそ違え、アランの顔立ちは母親そっくりだった。アウトレネルはそんなアランを溺愛していた。


 父親から解放され、食堂を離れたアランだが、次にはビルセゼルトに拘束される約束が待っていた。

「で、反省文、書けたの?」

と、グリンが心配する。


「とりあえずね」

「アランなら、(かた)で書き上げそうだな」

カトリスが(おだ)てる。が、

「いや、()しんさんたんさ」

答えるアランの顔はいたって真面目だ。


 嘘つけ、とカトリスが笑い、グリンは『そりゃそうだよね』と同情する。そんな二人と途中で別れ、喫茶室パロットへ向かう。喫茶室の営業は朝食後から夕食前までだ。すでに閉店している。周囲には誰もいない。


 校内の道なら地図が頭に入っている。障害物の気配を検知しながらだが、一人でどこにでも行ける。まして他に誰もいなければ余計に通りやすい。それなのに、アランの足が何もない場所で突然止まった。


 アランが闇に問いかける。

「誰? そこに誰か隠れているね」

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