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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄されたいのでしたらどうぞ。その望み叶えて差し上げますわ

作者: 鷹のつめ

 審問会場——玉座の間。

 主だった理由が無い限り、決して開かれることのない、この審問会の渦中に——私はいた。


「——シルフィーナ・グレイヴは伯爵家としての後ろ盾。さらには王子の婚約者という立場を悪用して、ヴェルリアの人たちを誘拐し今も怪しげな研究を繰り返し続けている!」


 私の婚約者——ヴェルリア王国の第一王子であるヴァルムートは、数多くの要人たちの注目を集め、声を荒げ力強く主張する。

 久方ぶりに開かれたこの審問会も、王子としての申し出を無下には出来ず、こうして私は奇異な視線に晒される羽目に。


「ヴァルムートよ。たとえ第一王子であるお前の発言であったとしても、証拠が無ければただの言いがかりに過ぎん。断罪するわけにもいかん」


「——資料はこちらに、証言は隣に座るメリシアが致します」


 ヴァルムートは証拠をまとめた資料を、審問官一人一人へと手渡して行く——もちろん陛下に対しても同様に。

 想定通りの展開のようで、彼の表情からは余裕な感じが滲み出ていた。

 メリシアを証言台に送り届ける際も、紳士ぶったように丁寧で、好青年としての猫を被っていた。


「メリシア。よくもまあ私の前に顔を出せましたわね。ヴァルムート様を取られた負け犬のくせに」


「フフッ! これから、その負け犬になるのは貴女だと言うことを証明致しますわ」


 軽くご挨拶を申し上げたのだけど、相変わらず敵意を向けていた。

 強気な姿勢を崩さぬまま、メリシアが証言台へと立つ。

 私と彼女の間には、バチバチに火花が飛び散っていた。

 子爵家令嬢のメリシア。

 かつてはヴァルムートの婚約者としての席を争った者同士であったが、こんな場所で対面することになるとは——上手いこと彼に取りいってくれたようだ。


「僭越ながら、私——メリシア・アスフィルが証言させていただきます」


「諜報に特化したアスフィル家の娘か、これは興味深い話ではあるな。では聞かせて貰おうか——メリシアはシルフィーナの何を知ったのかを」


 自らの顎に手で触れながら、陛下は不適な笑みを溢した。

 食い入るように陛下に見つめられ、大勢の観衆の注目を引くメリシア——しかし、全く臆することなく「実は——」と証言を始める。


「——事前にお配りした、この資料に目を通していることと存じますが、記載の通りシルフィーナ様と行方不明者たちには深い関わりが存在します」


「ほう? メリシア、それはどういう意味かな?」


「まずどの行方不明者たちも、その直前——シルフィーナ様と話している姿を第三者に目撃されている。そしてその姿を最後に、彼らは消息を絶っているということです」


「偶然——ということは無いのか? それにシルフィーナは研究者としての立場上、敵を作ってしまうことも多々あるだろう。目撃者たちがシルフィーナに対して不利益な証言をしているということもあり得るのではないか?」


「父上。偶然として片付けるには、行方不明者の数があまりにも大き過ぎます。二、三人ならまだしも、その数はすでに五十を超えている——たった数ヶ月の出来事です。これはもう、行方不明者との因果関係を疑う余地は無いかと」


「目撃者も貴族としての権力闘争とは無縁の一般市民の方たちばかり。彼らが嘘をついているとは思えませんわ、陛下——」


 陛下の疑念にもヴァルムートが、最もらしい理由で補足する。

 真実味が増すように、彼らの主張を事実として構築——中々に良いチームプレイだと感心させられる。


 一方で、お二人の主張に対し、陛下も苦心なさっているご様子だった。

 陛下が目を閉じて、何か考え込むような仕草で思い悩まれていると、すかさずメリシアは二の矢を放つ。


「他にも、シルフィーナ様には不可解な点が存在しております」


「——他にも、とは?」


「一部の目撃者の証言にはなりますが、”凶暴な魔獣が数多く生息する森林の奥深くへと、行方不明者たちを連れ出していた“という話も出ています」


「それはつまり——シルフィーナが意図的に危険な森の中へと誘導して、彼らを殺めたと、そういう話かな?」


「王都で頻発している住民の行方不明事件——シルフィーナ様が何らかの関わりになっている可能性は極めて高いと推察致します」


 全ての説明を終え、メリシアは一度頭を下げてヴァルムートの後方へと戻っていった。

 私が行方不明の者たちに対して、何らかの手引きをしている——というのがお二人の主張。

 いろいろと核心を突いた最もらしい話。容疑をかけられている私自身もそう思えた内容だった。


「なるほど、お前たちの話はよく分かった。して、シルウィーナの行いが事実だとして、ヴァルムートはどのような処分が望みか?」


「——はっ、シルフィーナは国外追放処分が妥当かと」


 シルフィーナがやったという、確固たる証拠を提示できたわけではない。

 けれど、だからと言って彼女を見逃すというには、あまりにも怪し過ぎる。

 数多くの魔獣の潜む森の中、その中を突き進むと言うだけでも危険極まりない行為だというのに——ヴァルムートは最後に、私を国外追放処分とする根拠をそう述べた。


「では、シルフィーナ。君は何か言い分はあるかね?」


「いいえ、私からは何も————」


「ほーう、ではヴァルムートたちの言い分全て、認めると言うのだな?」


「いえ、私から申し上げるようなことは何も無い、というだけです。従って陛下によって、いかなる決断が下されようとも、甘んじてお受け致します」


 アスフィル家の名を出しただけの諜報と称した証拠のでっちあげ、とその場しのぎの言い訳は出来るのかもしれないけれど。

 より念入りに調べられれば、いずれは全て明かされてしまう。

 行方不明の前に彼らと接触していた、というメリシアの証言そのものは、嘘偽りのない事実に他ならないのだから。


 陛下は小さく頷き「分かった」と一言告げた後、力強く玉座から立ち上がった。




「——うむ。お前たちの言い分は十分に伝わった。シルフィーナと行方不明者との関係性は確かに怪しいと言えるだろう」


「それでは! シルフィーナは国外追放処分ということで——」


「——否ッ! シルフィーナには引き続き、ヴェルリア王国の職務を全うしてもらう」


「…………えっ……?」


 勢いづくヴァルムートだったが、思わぬ陛下の返答に魂の抜けかかったような声を上げる。

 あらあら。思惑通りとは行かず、力強く握っていた拳は弱々しく引っ込めていた。


「な、なぜですか!? これほどの危険な存在、このヴェルリアに置いておくのは——」


「最早! 彼女無くして、この国は成り立たないのだ。ヴァルムート——お前にシルフィーナの代わりが務まるのか?」


「——そ、それは……」


「結界の維持、魔獣の討伐。そして隣国との争い——彼の聖女に匹敵する魔法使いは、シルフィーナをおいて他にはおらぬ」


 陛下のご判断はごもっともと言わんばかりに、審問会場に集まった人たちは無言で手を叩き、支持を集めていた。

 それでも納得のいかず、ヴァルムートは表情を曇らせる。


「それとも、ヴァルムートはシルフィーナの研究に賛同できぬと申すか?」


「当然です! 何人消されたと思っているんです! シルフィーナに関わった人たち、みんな行方不明になっているのですよ!」


「——シルフィーナが確実にやったという、絶対的な証拠はない」


「だとしても! 状況的に考えて、シルフィーナは限りなくクロッ! このままヴェルリアに置いておくのは危険でッ……!」


 瞬間——

 全てを口にする前に、ヴァルムートは静止していた。

 野生の獣の本能のように咄嗟に、そして強制的と言っても差し支えない。

 言葉を発しようとしても、思うように出ていかない。


「——きけんっ……で…………」


 それ以上を口にすれば——ヴァルムート自身に身の危険が及ぶ。

 そう思わせられるほどの重圧、多方面から浴びせられる敵意の視線にヴァルムートは自我を抑え、萎縮以外は許されなかった。

 はたから見れば、「あぁ、あぁ」と恐怖に怯え、ひょいっと首を摘まれ、借りてきた猫のような状態に陥る。

 シルフィーナを追い込み、自分に酔いしれていたヴァルムートは、今の今まで気が付かなかった。



——初めから自分の味方は誰一人として、この場にはいなかったことに。



「——どうした? 我が子息ヴァルムートよ。シルフィーナの処分について、異議があったのではないのか?」


「——い、いえ……何もございません。陛下の意向に賛同します…………」


「ふむ、よかろう」


 実の子息にも関わらず、無言の圧で簡単に言いくるめてしまわれる、全く容赦の無い陛下もステキッ!

 冷酷な表情を向けていた陛下も、彼の言葉を聞いて納得顔。

 しかし、ヴァルムート様の望みも完全ではないにしろ、一部は叶えさせてあげましょうかね。


「罪の有無はこの際関係ない。シルフィーナはこの国に無くてはならない存在。そしてこれからもヴェルリアの支えとなって——」


「それにつきましてですが、私はヴァルムート様との婚約、破棄させていただきたく存じますわ」


 私からの死の宣告とも取れる言葉に、陛下は目を見開いて驚かれる。ですが——

 なぜ、ヴァルムートが驚くのです?

 それが貴方の望みだったのでしょう? 叶えられて良かったではないですか。

 回りくどく“追放”と称していますが、結局は私との婚約を破棄されたかっただけ。

 メリシアと一生を添い遂げるために。


「——しかし……それだけは看過できぬ。シルフィーナには正式に我が一族の一員になって貰わねば…………」


「でしたら、ヴァルムート様の弟君はいかがでしょう?」


 私は陛下に対して、別の提案を持ちかける。

 ヴァルムートの婚約者となってから、弟君とは何度か面識もあった。

 まだあどけなさは残っているものの、ヴェルリアの行く末を見据えた立派な考えをお持ちである。

 誰に対しても分け隔てなく、周囲からの評判も非常に良い。


 己の欲に塗れた(ヴァルムート)とは違って、私を一途に愛して下さると思いますの。

 少なくとも私を売るような方との、婚約関係を継続していくよりかは何倍もマシですわ。


「——レイナルド。前へ出よ」


「——はっ!」


「ふむ、レイナルドよ。シルフィーナはこう申しておるが、お前の考えを聞かせて欲しい」


 傍聴席でこの審問の行く末を見守っていた弟君こと、レイナルド殿下が陛下に促され起立されていた。


「率直に申し上げて、兄上ではなく自分で本当に、よろしいのでしょうか……? シルフィーナ様ほどのお美しいお方と婚約者になれるなんて…………」


 彼の抱いている不安を少しでも払拭しようと、私はレイナルドの元へと歩み寄る。

 不安そうな面持ちで決断しかねてる彼の手を取り、軽く微笑みながら告げた。


「レイナルド様——ぜひともお願いいたします!」


「——は、はいッ……!」


 震える彼の手を、両手で優しく包み込んだ。

 そして内面をも覗き込んでしまうくらい、彼の瞳を一心に見つめ、私は想いを伝える。

 彼からしてみれば予想外のこれらの攻め手に、緊張気味で声が上擦る可愛らしい一面も見せつつ、最後は力強い返事で応えて見せてくれた。


「話はついたようだな」


 陛下はどこか安堵した様子でそう一言告げると、正式に私とレイナルドとの婚約関係を宣言した。

 ただ、この婚約——若干一名ほどお認めになられない方がいらっしゃるようで、その視線は私たち二人へと向けられていた。


「——レイナルド様がヴァルムート様に対して、気に病む必要はございません。全ては私が望んだことなのです」


 私の発言に理解が及ばず、レイナルドはきょとんとしている中、陛下は話を続ける。


「——今後、このようなことが起きぬようシルフィーナには、新たな特権階級を設ける。これからは何人たりとも彼女に対する断罪は許されない。たとえ王子であるヴァルムートであってもだ」


「——な、何だと…………!」


「何から何までのお気遣い、痛み入りますわ——現国王」


 陛下の寛大なお心遣いに、私は目を細める。

 審問会はこうして終わりを迎えた。私の処遇についても陛下自らが判断を下し、異論のある者は誰もいない。

 陛下に頭を下げて、この会場から立ち去ろうとすると——


「——納得行きません! なぜシルフィーナにこんな甘い措置をッ! おかしいではありませんか!」


 当然のごとく、納得の行かないヴァルムートは陛下を追求し始めていた。

 レイナルドはともかく、仮にも私の婚約者だったヴァルムートはそろそろ理解していてくれてもよろしいのに。

 静まり返っていた場内で、彼一人のみが陛下に対して異論を唱え続けた。


 しかしウンザリするくらい、空気の読めない主張。

 納得の行かない陛下の裁量に、頭に血が昇って周囲の冷ややかな視線も気にならないご様子だった。

 もう埒が開かない。そう判断し一つ息を整える。

 未だ騒ぎ立てるヴァルムートの元へと向かい、小声で耳打ちをした。


「この研究の成果は陛下も心待ちになられていることです。たとえ、何人の国民の命が失われようとも——」


 我ながら地の底から響くような、冷徹な声だった。

 私からの一声に、彼は息を呑む。

 頭の中にまとわりつくような無感情な声質に、背筋を震わせ悍ましいとさえ思わされた。


「——な、なんだと…………」


「その気になれば、この研究の邪魔をする貴方のことも、陛下は簡単に葬り去ることでしょう」


「——あ、あ……あぁぁああッ!!!」


 ヴァルムートの顔が、絶望の色へと染まっていく。

 膝から崩れ落ちて、正気を失いかけていた。

 ようやく気づかれたようですね。私がこのヴェルリアそのものを掌握していることに。


 用意周到に審問会を開いたとしても、意味を成さない。

 いくら悪事の証拠を集め、主張したとしても否定される。

 全ては陛下の意思によって——


「あ、そうそう。メリシアにはお話があります! 今後のことでゆっくりと、お話をしませんといけませんからねぇ」


 退出する前、ふと存在を思い出したかのように、彼女を自室に来るようにと誘う。

 私の矛先は、反逆したヴァルムートのみならず、メリシアにも向けられるのであった。




 自室には焼き菓子の甘い香りが漂っていた。

 白い湯気の立ち昇る、淹れたての紅茶を口に含む。

 彼女の淹れてくれた紅茶は、いつ飲んでもホッとする味だ。


「ご苦労様。貴女がヴァルムート様に取り入ってくれたおかげで、計画はつつがなく成功したわ——メリシア」


「いえ、これもシルフィーナ様が用意して下さった“エサ”がヴァルムート様にとって、非常に有益なものだったからですわ」


「いえいえ。メリシアの演技があってこそ、“エサ”は真価を発揮する。ヴァルムート様の心を射止めた貴女のおかげでもありますわ」


「シルフィーナ様のお褒めに預かれるとは、光栄ですわ」


 私が彼女のことを褒めると謙遜され、逆に褒め返されるループを何度か繰り返す。

 日を改めて公言通り、メリシアを私の自室へと招待し、二人でお茶を楽しんでいた。


「しかし、本当によろしかったのですか? ヴァルムート様との婚約を破棄するためとはいえ、“研究”について明かしてしまわれても」


「構いませんわ。今更、もう抗うこともないでしょう」


 カップに注がれた紅茶を、再び口に含む。

 初めから婚約破棄を望まれていたのは、何もヴァルムートだけではなく、私も同様だった。


「彼の恋心を利用させていただきましたわ。随分と貴女にご執心だったようなのでね」


「あっさりと、私の言葉を鵜呑みにしてくださいましたわ」


 ふふっ、と一連の出来事を思い出したように、メリシアは笑みをこぼす。

 諜報特化のアスフィル家、そして愛する彼女からの研究(エサ)情報の提供。

 私の指示の元、メリシアが動いていただなんて、ヴァルムートは微塵も思わなかったはず。


 私との婚約破棄を模索していたヴァルムートは、表沙汰には出来ない"研究(エサ)"を盾に審問会を開催して、見事に撃沈。

 審問会を利用し、私を追放——そして婚約破棄を目指していたヴァルムートの思惑を、逆に利用した形となった。


「シルフィーナ様は公の場で、堂々と婚約破棄の大義名分を得ることが出来ましたわね」


「ヴェルリアの裏の顔を知ったヴァルムートは再起不能。そして事実上次期ヴェルリア国王の座は、レイナルド様になったというわけです」


 気を利かせたメリシアが、空になったカップに新しい紅茶を注いでくれる。

 計画は完遂した。

 いずれ現陛下が退位された場合、反抗的なヴァルムートが即位していたら、必ず今回のような揉め事を起こしていただろう。

 それだけでも、早めに手を打っておいたのは正解——邪魔をする者はいなくなった。

 これで陛下のお望み通り、研究に専念できる。


「レイナルド様はいかがですか? またヴァルムート様の時のように——」


「いいえ、そうはさせませんよ」


 懸念を示すメリシアに、私は即座に否定して想いを寄せる。

 同じ轍は踏まない。これからじっくりと時間をかけて。

 正式に新たな婚約者になられたレイナルド様には、私の研究に賛同していただけるように、洗脳(あいじょう)を込めて育て上げるのですから。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

最後にブクマや☆☆☆☆☆でポチッと評価していただけると嬉しいです。

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