第5話 僕こそが選ばれし勇者、ユウだ。
ラックがスタードに落ちたのと同じ頃 アンカールド王宮内 王の間
アンカールド王セイル3世が高らかに宣言する。
「よくぞこの世界を救いに来てくれた、フカマド。伝説のレアスキル『聖剣』の持ち主であるお主を勇者と認める。お主のこの世界での名はユウだ。ぜひ魔王からこの世界を救ってくれ」
「はっ」
深窓勇はそう答えながらにやりと笑った。
僕は勇者に選ばれた。やはり僕は異世界に来ても選ばれし人間なんだ。
僕は誰もが知る大企業の社長の息子として生まれ、小学校以外は超のつく一流の学校に通っていた。高校を卒業すれば日本でトップの大学に行く予定だ。まさに僕の人生は順風満帆、思うがままだ。
ただ、現実世界は思う通り行き過ぎて、正直言って面白みがなくなっていた。このまま大学に行って父さんの会社に入って、いずれは社長となる運命だ。きっとそのあとも予想通りの人生が待っている。
そんなときにこの異世界に来て、当然のように悪を倒す勇者に選ばれた。勇者なんて子供じみてはいるが、刺激を欲していた僕にとっては願ってもないことだった。
「勇者の盟友として、ゴウリキを命ずる。お主のこの世界での名前はゴウだ」
僕はゴウを見て言う。
「ゴウ、君がいれば百人力だ。きっと魔王を倒せる」
ゴウは力強く笑った。
「ああ。たのむぞ、勇者。俺がお前を守る。」
僕と剛力友蔵は小学校からの幼なじみだ。中学でも高校でもずっと一緒にいた。うちの会社の顧問弁護士の息子で、本人も弁護士を目指している。冷静かつ情熱的で、勉強はもちろん運動能力も非常に高い。対人関係も抜群にうまく、いつも僕の味方をしてくれる、僕が家族以外で唯一心から信頼する親友だ。
僕とゴウ以外にも2人ここにいる。妹の深窓媛と、今の彼女の従堂冬華だ。正直言って冬華はどうでもいい。もうすぐ別れて次の女を選ぼうと思っていたとこだから。だが、妹の媛はぜひ同じパーティでやりたい。何と言っても妹はこの世で一番かわいいからね。
「魔法使いとして、アンカールド国立大学設立以来の魔法学の天才、マジョを任命する」
王がそう言うと、マジョと呼ばれたグラマラスな超美人が目の前に立った。黒髪に赤みがかかっており、顔もスタイルも抜群だ。魔法学生っぽい変わった服と変な眼鏡をかけているが、外せばもっと良くなるはずだ。本当にいい女だな。次の女はこいつに決まりだ。ただ、何というか、一種マッドサイエンティストのような感じもするが……。
マジョと呼ばれた女は、僕の方を見ると、とてもつまらなそうな顔をしている。
「私が勇者パーティー? 馬鹿なことを言わないでもらいたい、王様。そのような、研究に支障を来すものに私が時間を割くとでも? 断わらせていただく」
マジョと呼ばれた女は、予想通りのマッドサイエンティストな口調で、あろうことか勇者パーティーへの参加を断った。
なんだと、この女。僕のパーティに入らないだと?どういうことだ。
女を兵士が囲んだが、女は平然としている。
「君たち、本当にこんなことしてもいいのかい? 私には、今すぐここにいる全員を無力化することなどごく簡単なことだが?」
王は慌ててまくし立てる。
「くっ。よ、よい。勇者パーティを拒否するものなど必要ない。マジョよ、お前には期待しておったのに……。立ち去れ!」
言われなくても、といいながらマジョという女は去って行った。
実に惜しい。いい女だったのに。まあ、勇者をやっていれば女には困らないだろうから問題はない。しかしいい女だったな。
「ん、んん! 魔法使いは後日選ぶことにしよう。続いて、僧侶を、勇者の妹、ヒメに命ずる。以後、プリンと名乗るが良い。」
媛の異名はプリンか。プリンセスという異名から取ったいい名前だ。世界一かわいい。ぜひ勇者パーティにいてほしい。大事な、たった1人の妹だ。常に僕のそばにいてほしいからね。これで同じ僧侶の冬華とも離れられるし、万々歳だ。
しかし、妹の媛は全く予想外の言葉を発した。
「私、嫌です。いくら特別な力があるからと言って、特別扱いされたくありません。私は自分の力をこの世界の困っている人のために使いたいんです。魔王を倒すために使う気はありません」
心底驚いて媛の方を向く。媛は一度決めたら決して譲らない強い意志の持ち主だ。
「なんと、二人も勇者パーティを拒否するとは! 一体どういうことだ。」
王は心から信じられないといった感じで嘆いている。本当にどうしたんだ、媛。僕とずっと一緒にいるんじゃなかったのか。
「私より有能な僧侶ならここにいます。冬華さんをどうか勇者パーティに入れてください! 王様、お願いします」
ちょっと待った。妹よ、とんでもないことを言ってしまったぞ、君は!
冬華は前に出て、王に向かって言う。
「私は命をかけて勇者様を守ります。どうか、媛ちゃんの代わりに私をお選びください」
「ふむ、お主の能力もなかなかに強力じゃな。魔王討伐で生かせそうだ。では、フユカよ、今後はジュウと名乗るが良い。お主を勇者パーティーのメンバー、僧侶とする」
「やったー!」
と、喜ぶ媛と冬華の声がする。
本当にイライラする。まだ僕についてくるのか、冬華。君とはきまぐれで付き合っただけなんだがな。仕方ない、僕は勇者としてこの世界で伝説を作る。それが終わったら、冬華、君とはおさらばだ。
勇者召喚の儀式の後、僕たち一行はしばらく王宮内の貴賓室で過ごしていた。一人一人にメイドが専属でついて世話をしてくれている。王家からの最大限の待遇らしい。
俺はたまらず媛に話しかけた。
「なあ媛、今後どうするんだ? 君が勇者パーティーに入らない理由は分かった。君らしい、素晴らしい理想だ。だけど、これからこの世界でどうしようって言うんだい?」
すると媛は、固い決意を込めた表情をしている。
「兄さん、兄さんと一緒に勇者パーティーに入らなくてごめんなさい。私は一人でこの世界を回って、現地の人々の助けになります」
「一人で? 危険すぎやしないかい?」
僕は何とか媛を説得しようとした。
しかし、媛はすぐに首を振った。
「私に与えられた力は強力ですからそれは心配ありません。スタードという町には、私たちと同じように地球から来た転生者がたくさんいるそうです。まずはそこで信頼できる人を探して、私の理念に合ったパーティーに入ります。その後は、兄さんとは別の方法でこの世界を救うことにします」
前にも言った通り、媛の意思は本当に固い。僕が何と言っても実行するだろう。しかしやはり不安だ。妹とは離れたくない。
そんな僕の思いを察したのか、媛は穏やかに笑いながら言った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私は自分を守るくらいの力はあるから。心配しないで。お兄ちゃんには冬華ちゃんがついてるし。冬華ちゃんのスキルはお兄ちゃんを守る専用だから。お兄ちゃんとゴウ君ならきっと目的を達成できるよ」
妹が僕を「お兄ちゃん」と言ったのはいつ以来だろう。中学に上がってからお互い恥ずかしくなって使わなくなったはずだ。分かったよ、媛……。
「分かった。分かったよ媛。君の抱く理想は素晴らしい。さすが僕の自慢の妹だ」
「プリン、ユウのことは心配しなくていいぞ。ユウは俺が必ず守る。必ず魔王のところに連れて行くからな」
気がつくと後ろにゴウが立っていた。ゴウの言う通りだ。ゴウと一緒にいればすべてがうまくいく。
「プリンちゃん、私もユウ君のために命をかけるから、ユウ君のことは任せて」
ジュウは僕の横にいた。気に食わないが、確かにジュウのレアスキルは僕を守ることができる。
「2人ともありがとう。じゃあスタードに向けて行ってくるね」
プリンが馬車に乗って行ってしまった。寂しいが、僕は僕の役割を果たさなければならない。
数日後、王からお呼びがあった。いよいよ、勇者パーティーの魔法使いか来るようだ。
「勇者様、新たなる勇者一行の魔法使い候補が参りました。王の間までお願いします」
呼ばれた僕たちは王の間に戻った。すると、1人の魔法使いが立っていた。緑色の髪をおかっぱにしている。そしてこの女も、マジョと同じように、変わった服とか割った眼鏡をしていた。顔は間違いなく美人なのだが、なぜニヤニヤしている女だ。
王は高らかに告げる。
「勇者一行の魔法使いは、このサクに命じる。サクはアンカールド国立大学魔法科一年生のエリートで、あのマジョ以来の天才と言われている」
この魔法使いも天才か。マジョという魔法使いは残念だったが、サクも頼もしそうだ。
「やあ。君がサクかい。僕が勇者のユウだ。よろしく頼むよ」
「ヒヒッ。私は本音を言うとあんまり興味ないんだけどね。マジョ先輩にやれって言われたからにはちゃんとやるよ」
変わった笑い方をする奴だが、サクからは圧倒的な魔力を感じることができる。力は確かなようだ。
僕はようやく定まった勇者パーティーを前にして、高らかに宣言する。
「よし、勇者ハーティーはついに集結した。いいかいみんな。これから準備をして、魔王のいる魔都ハイルランドに攻め込むぞ。そして、僕たちが魔王を倒す!」
「おう!」「うん!」「ヒヒッ」
こうして、僕たち勇者一行の旅は始まりを迎えた。僕たちの旅路はきっと、数多の英雄譚のように、この世界に後世まで残るような栄光に満ちあふれたものになるはずだ。