《灰色の転校生》
キボトスの片隅、廃校舎の一室にひっそりと暮らす少女・リーナは、かつて世界を揺るがす内戦に従軍した元兵士だった。かつての仲間たちは散り散りになり、彼女の瞳には今も銃火と仲間の叫びが焼き付いている。戦争が終わっても、心に残る傷は癒えず、リーナは人と距離を置いて静かに暮らしていた。だがある日、無邪気に駆け寄る生徒たちとの出会いが、彼女の心を少しずつほぐしていく。もう銃ではなく、言葉と想いで誰かを守りたいと、リーナは新たな道を歩み始めた。
ある日、かつての戦友だった少女・マユがアストレイアに転校してきた。過去を忘れたふりをしていたリーナは、その再会に動揺し、冷たく突き放してしまう。「あんたと私は、もう関係ない」と。マユは戸惑いながらも、リーナの瞳にまだ仲間を想う光が残っていることに気づいていた。しかしリーナは、自分のせいで仲間が傷ついた過去を思い出し、誰かを再び大切にすることを恐れていた。彼女の心には、「もう誰も守れないかもしれない」という深い罪悪感が根を張っていた。
リーナがマユを突き放した夜、彼女は廃校舎の屋上でひとり、古びたドッグタグを手に空を見上げていた。そこには、かつて同じ部隊で行動していた少女・エルの名が刻まれている。エルは、リーナの指揮判断ミスで命を落とした――仲間を守るために最後まで笑って戦い、リーナに「生きて、誰かを守り続けて」と言い残して逝ったのだった。だが、リーナにはその言葉が呪いのように重くのしかかっていた。「私に守る資格なんてない」——それが、リーナが誰にも心を開けない理由だった。
彼女は静かにエルの名を口にし、胸元でドッグタグを強く握りしめる。「ごめん、まだ前に進めないんだ…」と、風に紛れて涙が落ちた。
数週間後、アストレイアでは年に一度の学園祭が近づいていた。全校生徒が班を作って出し物の準備に取りかかる中、リーナのクラスでもグループ分けが始まる。リーナは当然のようにひとりでやるつもりだったが、担任の教師が勝手に「マユと同じ班」に名前を書き込んでいた。
「……冗談、でしょ」とリーナは小さくつぶやいたが、すでにマユはリーナの横に立ち、にこりと微笑んでいた。「リーナと一緒にやるって、ちょっと楽しみにしてたんだよ」と、昔と変わらない調子で。戸惑いと苛立ちを隠せないまま、リーナは「勝手に決めるな」と吐き捨ててその場を離れた。
けれどもその背中に、マユはただ静かに「また逃げるの?」とだけ、届くか届かないかの声で呟いた。
学園祭の準備は進み、リーナのグループは「戦時食堂」というテーマで、非常時でも栄養を取れる食事を再現しようという展示に決まった。皮肉なことに、それはリーナにとって最も苦しい記憶を思い出させるテーマだった。配給食、野営の火、冷たい缶詰、そして仲間たちと囲んだ最後の食卓……。
リーナは最初、無言で作業に加わっていたが、マユが自然に話しかけたり、他のメンバーと冗談を言い合ううちに、少しずつ空気が柔らかくなっていった。ある日、食材の仕込み中、マユがぽつりと言った。「リーナ、あの時のこと、全部じゃなくていいから……誰かに話してみない?」
リーナはしばらく黙っていた。だが、包丁を置き、静かに言葉を紡いだ。「エルって子がいた。あいつは……私の代わりに、前に出た。私の判断が、間違ってたのに」
マユはその言葉をさえぎらず、ただ聞いていた。涙をこらえるように笑ったリーナは、初めてその傷の一端を他人に晒したのだった。
それからリーナは、マユの存在を拒むのをやめた。エルの願いが、「生きて、誰かを守って」という言葉が、ようやく少しだけ心の中で灯をともしたから。
学園祭当日、校舎は生徒たちの笑い声と賑わいで満ちていた。リーナたちの「戦時食堂」は予想外の人気で、見学に訪れた生徒たちは非常食を模した献立に驚きつつも興味を持ち、列が絶えなかった。
リーナは軍服風のエプロンを身に着け、来場者に料理を配る役を引き受けていた。はじめは無表情だったが、子ども連れの教師に「ありがとう、お姉ちゃん」と言われたとき、彼女の中で何かがふっとほぐれた。
ステージでは各クラスのパフォーマンスが始まり、リーナのクラスも演劇を行う時間が近づいていた。ところが主役の生徒が体調不良で急遽出られなくなり、代役が必要になる。場は一瞬混乱したが、マユが提案した。「リーナ、あんたがやってみない?」
「無理だ」と即答しかけたリーナの口が、ふと止まった。マユが、仲間たちが、彼女を信じて待っている目をしていた。
そして舞台の上。リーナは一言一言、心の底から絞り出すように台詞を口にした。それは、まるでかつての自分と、もう会えない仲間への手紙のようだった。照明が彼女を照らす中、客席から拍手が鳴り響き、その中に、確かにエルの笑顔を感じた。
「私は、前を向く。今度こそ、自分の手で守りたい」とリーナは静かに心に誓った。
これが初めての作品となります!どうか暖かい目で見守ってくれたら嬉しいです!