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恋愛ごっこ

「ん?」


 今、何て言った。


(あまね)くんよ、『僕と恋愛すればいいじゃん』て言った?」

「言った」


 こいつ、こんなことを言い出すようなヤツだったっけ。


「あれか、ファンゆえの自己犠牲精神てヤツだな。ありがとよ……でも冷静に考えてくれ。俺は男だからまずその時点で周との恋愛は」

(よう)くん」


 周はニッと笑う。


「“ごっこ”だよ。恋愛ごっこ」

「ごっこ……?」

「自己犠牲精神じゃなくて、単純に力になりたいって言ってる。『YK』のYのことも、目の前にいる葉くんのことも僕は好きだし、別れの歌だったとしても僕たちが過ごした日々のことを葉くんが歌詞にしてくれるなんて、傷付くどころか逆に嬉しいぐらいだよ」


 その気持ちは大変ありがたい。でも、ちょっと待ってくれ。


「“ごっこ”にしたってよく考えろ。俺はお前より一回り以上年が上だし、なんといっても義理の母の弟だぞ」

「それのどこに問題が?」

「いや、そういう距離感の大人と恋愛ごっこってどうなんだよ……」

「何を今更常識人みたいなこと言ってんの。今までの楽曲で、僕は葉くんがどんな恋愛をしてきたか知ってるんだから。人でなしなことだっていっぱいやってきた癖に」


 18歳から過去の恋愛について指摘を受ける32歳。ダメ過ぎるな、俺。

 歌詞のためとはいえ、表に出さなくてもいい感情を全部引きずり出して言語化してきたことが今になってこんな形で返って来るとは。


「葉くんの方こそよく考えてみて。僕は既に葉くんとの関係性がある程度出来てるし、葉くんがどういう人でどんな恋愛をこれまでに経験してるのかもわかってる。どこか遊びに連れて行けとか、我儘も言わない。僕となら家で過ごすだけで歌詞のネタになるような想い出を作ることだって出来るんだよ」

「出会いの手間もイチから関係を築く面倒臭さも、自分なら全て省けると言いたいのか。だからって『じゃあよろしく』とはならないぞ。第一、お前のことをそんな風に見たことなんて一度もないし」


 むしろあったら切腹モンだわ。


 何がなんでも断ろう。この話はさっさと終わりにして、叔父と甥という関係性を改めてきっちりさせる。それが正しい大人の収め方だ。


 そう思っていたら、「じゃあ聞くけどさ」と周は更に言葉を重ねてきた。

 ズイと顔を覗き込まれる。


「葉くん、今まで恋愛は女の人ばっかりで、男としたことないよね。知らないことがあれば知りたくなるのがクリエイターの(さが)でしょ。その欲に逆らえるの?」


 そこを突くのか。お前、何ということをするんだ。


「そうやって体感したことを作品に還元するのが葉くんのやり方だって分かってるよ。だからさ」


 ――僕と恋愛ごっこ、やろうよ。


 子どもだからと侮っていたら、俺の急所を的確に刺してきやがって。


 ……あぁ、そうだよ。認める。


 頭では「マズい」と思っていることも、「創作の(かて)になるなら何でも体験するべきだろう」と考えてしまう貪欲な俺がいるのは事実だ。法に引っ掛からない範囲でその誘惑にあっさり乗っかったのは、一度や二度じゃない。


「……こんなおっさんと恋愛ごっこをしようだなんて、お前も大概なヤツだな」

「僕の心と身体がお役に立つのであれば、いくらでもどうぞ」

「そういうこと、悪い大人には絶対言うなよ」


 て、こんなとんでもない提案に揺れている俺も、十分悪い大人なのだが。

 恋愛ごっこをすることで、俺は未知の感情を知ることが出来るかもしれない。それが歌詞を作ることに対してプラスになるのも間違いないだろう。だが。


「これ、お前に何の得があるんだ」


 周は楽しそうな目をして「僕にとっては得しかないよ」と笑った。


 本当、姉ちゃんごめん。

 大事な預かりモノと、こんな訳のわからないことを始めようとしている弟を許してください。

 真っ当な人間じゃなくて、申し訳ない。


 今までそんな目で見たことのなかった年の離れた甥っ子と恋愛ごっこなど果たして出来るのか、不安はある。というか不安200%だ。


 しかし、考えたところであまり意味はない。


「まぁ、どんな感情も無駄にはならないか」


 喜怒哀楽。

 心を揺さぶられることがひとつでもあれば丁寧に摘み取り、ふるいにかけ、紡いで歌詞を織り上げる。それが俺の仕事だ。


 疑似恋愛の末に得られるモノが何なのかなんて、やってみないとわからない。

 腹を括った俺は、周に言った。


「期間を定めよう」

「期間?」

「そう。海津(かいづ)から来年3月には曲を完成させておきたいと言われてるんだ。今まで散々迷惑を掛けた分、あいつには時間を多めに渡してやりたい」

「そっか。でも2、3日とか1週間じゃ、恋人気分を楽しむ前に終わっちゃうよ」


 俺はしばし考えてから、周に提案する。


「……夏が終わるまではどうだ」

「夏が終わるまで」

「そう。たとえば8月の終わりまでとか。今から2カ月ちょっとあれば色々ネタも出来る気がする」

「海とか花火とかバーベキューとか?」

「インドア人間にその手のことを期待するな」

「恋人のためだったら頑張れちゃうのが愛だったりするんじゃないの?」

「さっき我儘言わないって言ったよな」

「我儘じゃなくて、ネタ案を出しただけだよ」

「くそ、歌詞作りのためなら何でも許されると思うなよ」

「あれ、バレちゃった」


 くくっと笑ったかと思うと、周は気持ちを切り替えるように俺を見る。


「葉くん」


 伸ばされた周の左手が、テーブルの上に置いていた俺の右手の小指を包み込むようにきゅっと握った。


「僕の話にのってくれてありがとう。別れることが決まってる期間限定の恋人だけど、いい歌詞が作れるように頑張るね」


 そう言った周の顔があまりにも嬉しそうで、胸が痛んだ。

 俺はお前を仕事のために利用しようとしているのに。


「周」

「何、葉くん」

「ないとは思うけど、本気になるなよ」

「それ、俺のことを好きになるなって言ってる? すごい自信だなぁ」

「というよりも、俺は大人だから。何気なくやったことでもお前にとっちゃ大人フィルターがかかって無駄に良く映りすぎることがあるかもしれない。お前は『YK』のことが好きだから余計に」


 周の左手から逃れるように右手をスッと引き抜く。


「もしそんなことになったら、そこで恋愛ごっこは終わりにする」


 終わりも何も、始まりの時点から正しさなど微塵もないのだが。本人了承済みとはいえ、将来ある18歳を俺の都合で振り回すのは本来望むところではない。


「大丈夫」


 周はクイと口角を上げて微笑む。


「僕は葉くんのこと、必要以上に好きになったりしないから」


 雨脚の強い、6月終わりのある日。

 歌詞作りを目的に、別れることを前提にした夏の間だけの“恋愛ごっこ”が始まった。

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