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提案

 電話を切ってリビングに戻ると、(あまね)はイヤホンを耳にはめ、タブレットをじっと見詰めていた。


 画面を見なくとも、俺には分かる。

 周が開いているのは、2年間全く更新されていない『YK』のチャンネルだ。


「おかえり」


 液晶画面に目を向けたまま、言う。

 平静を装っているが、『YK』の作曲担当である海津(かいづ)と電話でどのようなやりとりがあったのか気になっていない訳がない。復帰の件を伝えたら、こいつはどんな顔をするのだろうか。少し興味が湧いた。


「周」


 周がイヤホンを外して、こちらを見る。


 驚き。

 喜び。

 あるいは戸惑い。


 なぜ書くことになったのか、理由を訊かれるかもしれない。海津が仕事を辞めようとしていることについて周に話しても問題はないのか、さっき確認しておけば良かったと思いつつ俺は告げる。


「歌詞、書くことになった」


 さぁ、どんな反応を見せる?


「……そうなんだ」


 言うと周は、目線をタブレットに戻す。思っていたよりもリアクションが薄くて、少し拍子抜けした。が、続けて周は言った。


「それ、僕は聞いても大丈夫な話なの?」


 言われて俺は、周と交わした昔の約束を思い出した。


 好奇心にまかせて俺の仕事に踏み入らない。


 こちらから振った話なのだから気にせず聞けば良いのに。

 律儀に守ろうとする様子が好ましく、結果として試すようなことをした自分が恥ずかしく思えた。


「いいよ。むしろ『YK』のことを好きでいてくれている周だからこそ、率直な意見を聞きたい」

「わかった」


 タブレットを閉じて座り直した周に、俺は訊ねる。


「そもそも、『YK』はまだ世の中に求められているものなのか」


 需要がなければ話にならない。でないと、映画に起用されたとしてもただ海津が立場を利用したようにしか映らないだろう。その問いに対して周は再びタブレットを立ち上げ、俺たちのチャンネルを開いた。


(よう)くん、書かなくなってから自分たちの動画、見てないでしょ」

「見てない」

「コメント欄読んでみてよ」

「えぇ……」


 今更チェックしたところで何がわかるんだ。


「例えばこれ。『残雪』のコメント欄」


 俺が最後に書いた曲だ。


『最近似たような感じの曲が増えたな』

『売れ線狙ってる感じがよくわかる』

『悪くないけどあんまり響かない』


 批判的なものばかりが目に付く。当時の俺はこれらを拾いながら「分かってるよ、そんなことは」と苛つきながらも、聴いてくれる人たちのことを裏切っているような罪悪感でいっぱいだった。


「なぁ、こんなコメント読ませるってことは俺たちはもういらないってことが言いたいのか」

「違う違う。葉くんは基本的にネガティブだからどうしてもそういうコメントに目が行きがちだけど、ここ見て」


 周が指差す箇所を読む。

 コメントがつけられたのは3ヵ月前。



『春になると、この曲が聴きたくて戻ってきてる』


 次のコメントは1ヵ月前。


『色々他アーの曲も聴いてるけど、こういうテイストはYKじゃないと堪能できない』


 他にも『KのメロがいいのかYのリリックがいいのか。あぁ、2人だからいいのか』『YKこの曲以降アップしてないけど、もう出さないのかな』『新曲出たら俺歓喜』などのコメントが入り混じっていて、そのどれもがここ数カ月の間につけられたものだった。


「これ、お前がアカウント変えて入力してるってことないよな?」

「ないよ」

「そうか」


 正直、驚いた。まさか、こんな風に待ってくれている人がいたとは。


「『YK』の新曲を聴きたい人は、僕以外にもたくさんいるんだよ。だから、世の中に求められているのかという質問の答えは『はい』だね」

「……なるほど」


 これで次に進めることが出来ると安心したものの、歌詞作りに関して俺の場合、避けて通れない問題がある。


「一体誰と恋愛をすればいいんだ……」


 失恋するためにはまず恋愛を始めなければならないが、今の俺にはその相手がいない。


「昔の彼女とヨリを戻す? いやでも、歌詞を作るためとはいえ、それは流石に相手に失礼過ぎる。かと言って全く知らない子と出会いから始めて関係を作っていくには時間が足りないしな」


 第一、曲作りを前提に別れるために付き合うなんて、それじゃあ辞める前の俺と同じじゃないか。相手を騙して傷付けるような恋愛はもうやりたくない。

 どうしたものかと思っていたら、目の前で周が手を挙げた。


「僕と恋愛すればいいじゃん」

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