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 海津(かいづ)の最後の仕事のための歌詞作り。


(よう)くんのこと、『失恋じゃない歌詞も書ける』て圭くんは言ってたけど」


 額をさすりつつ、(あまね)は言う。


「失恋じゃない歌詞なぁ……」

「あのさ、圭くんだけじゃなくて僕もずっと不思議に思ってたんだけど、普通はダメになったことをネタにする方が嫌じゃない? 葉くんが歌詞にそこまで自分の気持ちを差し出せるのは何でなの」


 恋愛に浮かれている自分を(さら)すのは恥ずかしい。

 他人の幸せを妬むのが人間。


 色々な理由をつけてきたけれど、まだ話していない想いがある。


「寄り添いたいんだよ」


 失って二度と戻って来ないものに。

 相手に渡したが故に、空白になってしまった気持ちに。

 これ以上泣いても何も出てこないような日に。


(えぐ)られるぐらい悲しいことがあって、親でも友達でも埋められない隙間が出来た時って、何の関係もないヒトの言葉が妙に刺さったりするだろ。こっちの事情を知らないからこそ逆に安心できたりする、みたいなさ。俺の歌詞や海津のメロディがそういう存在になれたらいいと思ったんだ。そのためにはまずこちらが気持ちを開いて歩み寄らないと、共感は得られないから」


 自分たちの曲がそんな大層な存在になれるとは思っていない。けれど、そう在りたいと願うことはこちらの自由だ。


「そっか。何か納得した」

「何を」

「僕さ、『YK』の曲って幸せじゃないところがいいなと思ってたんだけど、そういうことだったんだなって。自分の中に『どうして』『なんで』て言いたいのに言えないでもやもやしてる気持ちがある時に、そっと手を当ててくれてるように感じることがあったんだよね。それって根っこに葉くんの優しい想いがあったからなんだ。葉くんはさ、言葉で人の背中を撫でられるヒトなんだよ」


 やっぱり凄いなと、周は笑った。


 欲目が過ぎるよ、お前は。


 俺は周に告げる。


「だから今回も海津には悪いけど、俺は失ったものを抱えてどうしたらいいのかわからなくなっている人の気持ちに寄り添える歌を書きたい。そのためにも俺はきちんと失恋しなきゃいけないんだ」


 あぁ、どうして俺はこうなんだ。

 自分の感情よりも、作りたい気持ちが先に立つ。

 一度思い始めたら書かずにはいられない。

 だって、俺には書くことしか出来ないから。


 でもそのためには必ず誰かが傷を負うことになる。

 犠牲になるのはいつだって目の前にいる人間だ。


 大事にしたいのに。幸せにしたいのに。


 クリエイターの(さが)だなんて、そんな言葉、吐き気がする。

 寄り添いたいという気持ちも、直視出来ないような欲に対する無意識の言い訳なのかもしれない。

 綺麗な言葉で誤魔化して、耳障りのいい響きで覆っているだけ。

 こんなもの、ただの汚いエゴじゃないか。


 だから恋はしないと決めたはずだった。


 ごめんな、周。

 終わらせなければ満たせない。

 こんな身勝手で情けない欲に、お前を巻き込みたくなかったよ。


 周は「そうだよね」と言って立ち上がった。


「恋愛ごっこは別れることが前提で、期間限定だったし」

「今の状態が続くほど別れる時はツラくなるから、恋愛ごっこはもう」

「まだだよ」


 頭上から声が降ってくる。


「まだ8月は終わってない」


 見上げると、太陽の光を背負うようにして、周が俺を見下ろしている。逆光で、うまく表情が見えない。


「周。俺はお前を傷付けたくないんだ」

「罪悪感とか感じなくていいって、前にも言ったでしょ。僕たちさ、お互い好きな気持ちがあるってわかった訳だし、きっと最後の日までにもっといい歌詞のネタが出来るよ。それで僕との毎日のことをいっぱい考えて、いい歌を作って欲しい。僕はそれでもう十分幸せだから」


 そんな訳ないだろう。

 思わず口からこぼれそうになった言葉を、奥歯で嚙んで止める。


 そうさせているのは他らぬ俺なのだから。


「どれだけ好きでも、僕らがリアルで付き合うことは出来ないって分かってるよ」


 静かな周の声。


「だからさ、残りの日だけでも僕に頂戴。それぐらいしてもバチは当たらないし、むしろ神様から褒められるんじゃないかな。葉、お前に歌詞という名の褒美を授けよう……的な」


 へへ、と声がする。その気配は笑っているようにも泣いているようにも感じて、俺は自分のことをとてつもなくひどい人間だなと改めて思った。


 本当に滅びるべきは、俺だ。


「……わかった」

「ありがとね、葉くん」


 夏のぬるい風が吹く。

 太陽を背にして立つ周の後ろを、翼を広げた鳥が横切った。


 あの鳥の色は何色なのだろう。


「そろそろ帰るか」


 俺は腰を上げ、口の中に砂が入らないよう黙って階段を昇る。後ろを歩く周がどんな顔をしているのか、俺にはわからなかった。

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