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作詞家『Y』

()ず」


 まだ青かった自分が書いた詩を、青春ど真ん中にいる人間に目の前で読まれることの居心地の悪さたるや。


「これ、どんな気持ちで書いたの」

「あぁ……この時付き合ってたのが違う学校の1コ上の先輩でさ。受験勉強も始まってる高3と呑気な高2じゃ色々とすれ違いもあって。こっちは大丈夫って思ってたんだけど向こうから『別れよう』て言われたんだわ。で、なんとなく気持ちの整理がつかなくてぐちゃぐちゃしてた時に文芸部のヤツにお願いされて、書いた」


 (あまね)は「ふーん」と言い、忌々しそうに呟いた。


「その先輩、(よう)くんが『YK』のYって知ったら『私、Yと付き合ってたんだよ!』とか、めちゃくちゃ自慢しまくってそう」

「や、そんなタイプじゃないと思うけど」

「じゃあアレだ、こんな有名になるんだったらあの時別れなきゃ良かったって後悔する方だ」

「いやー、そんな感じでもないんじゃないかな」

「なんだよ、なんで庇うんだよ」


 部誌に目を向けたまま、頬を膨らませてむくれている。


「大体さ、葉くんみたいに優しい人を振る女なんてロクでもないよ。めっちゃ高いビルの屋上から植木鉢でも降ってきて直撃すればいいんだ」

「具体的だな」

「だって、葉くん怒ってるから」

「そんなことないよ」

「葉くんが書く歌詞には『怒り』の感情が潜んでるって前から思ってたけど、この頃から既にそうだったんだね」

「いやいや。深読みのし過ぎだろ」


 はは、と笑ってみたものの、きちんと笑えているのか自分ではわからない。

 『悲しさ』だったり『寂しさ』だったり、そういった部分を出来るだけ前に押し出していつも書いてきたのに。


「なんて言ったらいいかな、相手に対する『怒り』というよりも、分かり合えない『悔しさ』だったり繋がることの出来ない『もどかしさ』みたいなものに対して物凄く責任を感じてるのに、どうにも出来ない自分に対してとても怒ってるんだろうなって」

「……なるほど」


 そこまでにしときな。


「でもそのことを吐き出せる程の素直さもないし諦めてる自分がいることにも気付いてるから、言葉を重ねたり飾りを付けたりして誤魔化してる。それってとても苦しい作業だったんじゃないかなって、ずっと思ってた」

「……お前さ、将来FBIとかでプロファイラーやったらいいんじゃないか」

「愛する葉くんのことだから、知りたいしわかりたいって思うだけだよ」


 口先だけでもこういうことをサラリと言える性格に俺もなりたかったなと、つくづく思う。


「だからさ」


 周は部誌を閉じ、俺の顔を見た。


「僕とのことを歌詞にする時は、責任感とか罪悪感とか、そういうのを感じる必要はないからね。むしろ葉くんは僕の勝手な想いに巻き込まれたぐらいの感覚でいてよ」


 周はそう言うと「ごめんね」と笑った。


 やめろよ、周。


 俺みたいなヤツは適当にノリで持ち上げたりするぐらいの表面的なやりとりで十分なんだよ。たかが恋愛ごっこで真剣に俺と向き合おうとするな。俺にはお前のような人間にそこまでしてもらう価値などないんだから。


 そう言いかけて、止めた。


 自分を貶める言葉を口にすることは、自分のことを慕ってくれる目の前の人間をも貶めることと同義だ。


 俺は言葉を吐く代わりに右手を伸ばし、周の頭をそっと撫でた。

 細く柔らかい髪は、昔と変わらないのに。


 ぼんやり眺めていたのでは気付けなかったと思いながら視線を髪から顔にずらすと、周は頬を赤くして驚いていた。


「……葉くんって、口よりも手を出すタイプなんだ」

「語弊がある言い方はやめろ。成人してたって高校生には手なんか出さねぇよ」


 わしゃわしゃと、わざと雑に頭を触る。


「さ、とっとと片付け終わらせて晩飯の買い出し行くぞ」

「何にする?」

「キャベツが余ってるからホイコーローにする。汁物はワカメスープ」

「白ごはんが進む系だ。お米、4合炊いていい?」

「何杯食う気だよ」


 初めて周の頭を撫でた時は、確かに子どもだったのに。右手に残る周の髪のふわりとした感触に気持ちが落ち着かず、俺は掌を何度も開いては閉じた。

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